聴取
小さい不審者……
「やはり、落ち着きませんか?」
ぶんぶんぶん
首を振って必死にそれを伝えると、困ったような顔をされた。そりゃまあ困るしかないだろうけれど、僕もいっぱいいっぱいだからどうか許してほしい。
きっと今素顔を晒していたら、患者としてここに来たのだと勘違いされるほど酷い顔色をしているのだろう。ぐらつく足元を支えているのは、ひとえに刀香に迷惑を掛けまいという根性だ。
そうでもなければ……ずっと自分を縛っていたあの病気の痛みにまた、囚われてしまいそうだという錯覚に縛られ、一歩たりとも動けていないと思う。正直手を繋いでほしいくらいだったけれど、この一目の中ではそれも出来ない。
見慣れたエントランスには大きい病院ということもあり、かなりの人数が集まっていた。そしてその中心を横断する異分子殲滅隊の制服を纏った二人。目立たない筈がない。
刺さる視線に追撃のストレスをくらいながら、病院独特の白磁の床を通り過ぎ、業務員用のエレベーターが見える通路に向かう。そして手前に立っていた警備に、刀香が隊員証を取り出しながら話しかけた。
「異分子殲滅隊所属、刀香です。アポイントメントを取ってあるはずです」
「はい、確認致します……確かに、予定にありますね。ご案内します」
警備の人が懐から板状端末を見て、丁寧に礼をしながらそう言った。半分反射でこちらもぺこりと礼を返すと、警備の人はその鋭い視線を僕の方に移してくる。喉に迫った声を何とかそこで飲み込んだ。
「失礼ですが……こちらの方は?」
「私の部下です。一人随伴させると事前に連絡しておきましたが?」
「は、ですが、マスクというのは───」
「聞こえませんでしたか?『私の部下』です。信用に値しませんか?」
何やら僕関連のことで険悪な空気になってきて、ただでさえ限界に近かったメンタル追撃に拍車がかかる。というか顔を隠しているのはあくまで念のためなのだから、今から人気の少ない所に移動するなら外してもいいんじゃないかと思う。
アイコンタクトでなんとかそれを伝えようとすると、有無を言わせぬ『大人しくしていなさい』オーラで返されてサッと視線を逸らした。そんなやり取りをつゆ知らず、警備の人は僅かに沈黙した後に恭しく頭を下げた。
「これは、大変失礼致しました。どうぞ、こちらへ」
「ええ」
刀香は鷹揚に頷くと、警備の人に続きエレベーターに乗り込む。申し訳なさから恐る恐るその後に続くと、他の人には見えない角度で刀香に腕を掴まれて引きずり込まれた。
エレベーターが動く。階層表示から見るに、どんどん上へと向かっているようだった。お願いだからあの病室の階には止まるなと祈っていると、エレベーターはその階を通り過ぎて更に先、最上階で止まった。
扉が開き、警備の人が一歩外に出る。僕もついて行こうとして、刀香が動いていないことに気付いた。あれっと思って見上げると、どこか一点を見据えている姿が目に入る。
その視線の先を追ってみると、階層選択のスイッチだった。どうかしたんだろうかと声を掛けようとした瞬間、何事もなかったかのように足を進め始める。僕は一度吸った空気をそのまま吐くと、首を傾げて後に続いた。
「こちらです」
そう言って案内された部屋は、いうなれば校長室のような、綺麗な家具達で調和の取られた応接室だった。異分子殲滅隊の社会地位の高さを肌で感じながら、喉にこみあげてくる嗚咽を嚙み殺して入室する。
刀香の背中から中の様子を伺うと、部屋の中心に用意された、机を挟んで置いてある二つのソファーにはまだどちらにも人は着いていなかった。刀香は迷いなく足を進め、片側に座る。
一方僕は、このまま刀香の隣に座ってもいいのかが分からずにソファーの隣でフリーズした。コンマ三秒でそれに気付いた刀香にまた目で促され、僕も席に着く。椅子の柔らかさに落ち着かなさを感じたのは、初めての経験だった。
するとすぐに、廊下から焦ったような足音が聞こえ始める。一気にこの部屋の前まで接近してきたそれに僕が背筋を伸ばすと、僕達が入室した時よりもやや乱暴に扉が開かれた。
「も、申し訳ございません、待たせてしまい」
「急な訪問でしたし、お気になさらず」
姿を見せたのは、一人の女性看護師さんだった。もう少し何と言うか、立場の高い人とかが出てくるのかと思っていた僕は、心の中で一人首を傾げる。そうしている間に警備の人も退室していき、部屋の中にはこの三人だけが残った。
失礼しますと一礼して着席する看護師さんの顔に視線を向ける。相手にばれない範囲でじっと見つめるけれど、記憶に引っかかるものはなく、多分初対面……の筈。
ここまで考えたところで、隣からテーブルの下の袖を引かれる。顔を向けずに意識を向けると、僕にだけ聞こえる声量で刀香が言った。
(車内でも言いましたが、黙って聞いていればいいです。おかしなところがあれば、後で教えてください)
僕はほんの少しだけの動きで頷き返す。すると向かい合って背筋を伸ばした看護師さんが、僕に目を向けて緊張した声付きで口を開く。
「その、お隣の方は……」
「私の部下です。話を聞かれても問題ないので同席させましたが、今回の聞き取りには関係無いので、お気になさらず」
「そうですか……お初にお目にかかります、片桐と申します」
丁寧に一礼を交わし、刀香が「さて、」と一拍挟んでから話に入る。その手にはいつの間にか取りだしたメモ帳が握られていた。
「まずこの聴取についてですが、規則に基づき話した内容については守秘義務が発生するため、他言無用でお願いします」
「はい……」
「では質問に移らして貰います……まず、この病院に貴女が転勤する前に前任者が居た筈です。その方について、退職された理由などはご存じですか?」
「えぇと……私が知っていることは何も。顔を合わせたこともありませんし、業務の引継ぎも、資料で……」
「そのような引継ぎ方はここではよくあることですか?」
「いえ、珍しいと思います。先輩方も慣れない様子でしたので」
なるほど、と刀香が頷きながら素早くメモ帳に書き込む。聞かれた片桐さんは僕と同じく質問の意図が掴めなかったからか、やや困惑しているようだった。
それもそうで、異分子殲滅隊の調査と言えばもっぱら都市群レベルでの大事件などが対象だ。一病院の勤務形態など、それとは程遠い話題だろう。
「話は変わりますが、直近でこの病院の入院者に一名亡くなられた方がいらっしゃいますよね。ご存じですか?」
「あ、それなら。貴族の方ですよね?確か、桐生家のご子息だったかと」
「ええ、その方で間違いありません」
ああ、そこで僕の話に繋がるのかと心の中で手を叩く。片桐さんも貴族関連の話なのかと納得したようで、やや怯えの取れた様子で答えていた。
以前教えてもらったおすすめ小説ストックが切れてしまいました……よければおすすめどんどん教えていただきたいです。出来ればダークファンタジーでお願いします……




