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帰郷

自分が前書きにどんなことを書いていたのかも忘れるお年頃。

「おーい」


「……………」


「おーい、お嬢ちゃん?」


「あ、はい!!」



 物思いに耽っていた僕の意識は、初老の気配を匂わせる声によって引き戻される。慌てて声の方に視線を向けると、いつの間にか身体は異分子殲滅隊基地の前まで運ばれていた。


 声を掛けてきたのはいつもの門番さん。顔を覚えて貰っている相手じゃなかったら、不審者としてしょっ引かれるところだった。恥ずかしさに頬を赤くしながら、隊員証を取り出す。



「はい、どうも……悩み事かい?」


「えっと、はい。少しだけ」


「そうか。まあお嬢ちゃんくらいの年だと、特に色々あるだろう。月並みの言葉ではあるけれど、あまり貯めこまず、ちゃんと頼れる人に相談するようにね」


「はい……あの、ありがとうございます」



 度々気遣ってくれるし良い人だなと思いながら、ぺこりと頭を下げる。門番さんは朗らかな笑顔を浮かべながら、「いいんだよ」と言ってくれた。隊員証を返してもらって、敷地の中に進む。



「相談、かぁ……」



 秘密が多いとなかなか難しいなと、広々とした敷地を横断しながらそう呟いた。







「えと、昨日ぶり」


「ええ、昨日ぶりですね」



 集合場所はいつも通りということで会議室の扉を開くと、何やらテーブルと向かい合って沢山のファイルを整頓しているらしい刀香と目が合った。適当に挨拶を済ませて、部屋の中に身体を滑り込ませる。


 僕が来るくらいの時間に合わせて作業していたのかファイル整理はもう大方終わっていたらしく、テーブルの上に視線を戻した刀香は手早く全てを畳んでしまうと背後の棚に放り込んだ。


 刀香の隣まで歩み寄ると、そのファイルの背表紙が目に入る。恐らく魔術学の何かだろうと分かるモノが幾つかと、紫原と書かれたもの、桐生と書かれたものがあった。



「これは……?」


「今日の調査に関して少し、貴方が桐生へ養子に出された理由に引っかかるものがありまして」



 見覚えのある家名にそう呟くと、刀香が椅子から立ち上がりながら答える。しかしいまいち僕はピンと来なくて首を傾げた。



「今日って、その、今の僕の出自に関する調査、なんだよね?」


「ええ、そうですね」


「こうなる直前の僕ならともかく……こんな前のこと、本当に関係あるのかな、って」



 刀香がふむ、と顎に手を当てて少し考え込んだ。



「正直、勘と言っても差し支えないような程度のことかもしれませんが……貴方が知っている養子に出された理由、もう一度聞いても?」


「う、うん……僕が知っていることだと、長男だけど家を任せれる程身体が強くないし、生まれつきの病気で魔力が殆ど扱えなかったし、そもそも成人まで生きられないって分かってたから」


「それを貴方に教えたのは?」


「えと、紫原の時のお父さんと、その時僕に付いてたメイドさん、かな」


「なるほど。ところで桐生家には、貴方以外にも子供がいたのは間違いありませんね?」


「あ、居た気がする。と言っても全然会ってなかったし、桐生家の子供って聞いたわけでもないけど」


「ふーん」



 刀香、ふーんとか言うんだ。じゃなくて、やはりこの話が、僕が吸血鬼として転生することとなんの関係があるのかいまいち分からなかったけれど、それでも刀香は引っかかったままらしい。

 

 尚も同じ体勢のまま刀香は思案を続けていたけれど、溜息を一つ付くと顔を上げた。



「まぁそれを今から調べに行くんですから、幾ら考えても仕方ありませんね。ほら、行きますよ」


「う、うん」


「あ、先に着替えですね。今日は異分子殲滅隊として街に出るので、貴方も制服です」


「制服……あれかぁ……」



 そうぼやきながら、あの青崎所長の悪戯が仕込まれた制服の姿を思い浮かべる。以前血塗れにしてしまったあれも今は綺麗サッパリにされて返してもらったけれど、正直、あれを着た時に良い思い出が一つもない。



「私のお下がりがそんなに嫌ですか?」


「ちちち違いますそういうことじゃないです」


「では早く着替えてきてください。更衣室の貴方のロッカーにもう入れてありますから……更衣室の場所は分かりますね?分からないならついて行きますが」


「それもだいじょぶです行ってきます!」



 普通に更衣室の中まで付いてくるであろう刀香の申し出をひやひやしながら断ると、足早に会議室を出る。ふう、と一息ついて、顔を上げ長い廊下の先を見た。


 あまりこの辺りは使われることがないのか、一面人影の見えない空間だ。がらんとしたそれを眺めつつ、僕はぽつりと呟いた。



「えっと……どっちだっけ」








「それにしても……随分遅かったですね?」


「えと、ちょっと慣れない服に手こずっちゃったっていうか……」


「以前も着たことがあるはずですが。大人しく案内されていれば良かったでしょうに」


「ごめんなさい……」



 この前は結界端まで送ってもらった装甲車の中で、小声でそんな話をする。ただでさえ制服とガスマスクの組み合わせで顔を隠しているのに、更にフードの奥へ顔を埋めた。


 下手な嘘は付くものじゃないなあと、自嘲的な笑みを浮かべてなんとか自分を誤魔化そうとしていると、目の前ににゅっと刀香の手が伸びてきた。



「マスク、ちょっとずれてますよ」


「うぶぶぶ……ありがと」


「しっかりしてくださいね。今回は人と会うので、異分子殲滅隊のイメージに傷を付けることになりかねません……まぁ、貴方は黙って、ちゃんと背筋を立てて立っているだけで良いですが」



 そのまま制服の着付けも幾つか直してもらって、ふむ、と少し身体を引いて僕の全容を確認した刀香が頷いた。そして「あぁ」と声を漏らすと、自分のポーチから何か取り出した。



「鏡、貴方も一つ持っておきなさい」


「……か、鏡」


「……?嫌いですか?」



 首を傾げる刀香。刀香の言う通り、鏡は嫌いだ。これはもう下手したら生前から染みついているものかもしれないというくらい、自分を見るという行為が苦手で。


 けれどあったら便利というのも事実で、少し躊躇ったのち、僕はそれを受け取った。






 そして少し経ち、装甲車が止まる。そういえば行先をまだ聞いてなかったなと思った僕が窓から外を覗き、ひゅっと空気を吸った。その様子を横から見ていた刀香が、あ、という声を漏らす。



「先に言っておけばよかったですね」


「………………………………それはそう」



 窓の外にあったのはとてもよく知る場所─────自分が入院していた病院だった。

帰宅。

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[一言] 深い謎ができてゆく
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