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話題

 ふわふわと意識が揺蕩う。水面に力を抜いて浮かんでいるようなこの感覚を覚えたのは、何度目だろうか。


 自分が眠っているのだということは分かっているから、眠気に誘われてそのまま意識も沈めようとする。瞼を閉じて、そのまま──────



「……え?」



 気付いたら、視界の端まで白一面の光景が広がっていた。どこまでも終わりのない、白の地平線。それにどこか既視感を覚えて眉をひそめて考えようとし、



「無視は酷いんじゃない?」


「うわぁ!」



 背後から突然話しかけられて、思いっきり飛びずさる。爆発しそうな心臓を押さえていると、思い出した。ここは夢の世界で、話しかけてきたこの澄んだ声の持ち主は。



「ほんのちょっとぶりね」


「……アンセスター」



 今の僕と同じ姿をした、恐ろしい吸血鬼が目の前に立っていた。そこでようやく思考が追い付いて、首筋がぞわっとする。以前ここに来た時は意識が乗っ取られかけた時で、じゃあ僕がここにいるってことは───



「残念だけど違うわ。でも、夢に出るくらいは好きに出来るわよ。だって私は貴方で、貴方は私。そうでしょ?」



 思考を先回りされて、答えを言われた。この思考を完全に読まれているのは以前と全く同じで、酷い嫌悪感を感じる。けれどアンセスターの言う通り、寝る前の記憶を辿っても、身体を奪われたような覚えは一切なかった。


 一人胸を撫でおろして、違和感に気付く。そう、前にここに来た時は、僕はそもそも自分の身体というものが無くて、声すら出せなかったはずだ。世界もこんなに明るくなくて、もっと不気味な暗闇だったはず。



「細かいことはいいじゃない。それより、貴方……」



 ただ変わらず思考を読み悍ましい雰囲気を纏った少女はすくっと目を細めると、対照的にどこか人間味のある、不機嫌さを隠しもしない声で言った。



「何も覚えてないの?」


「……覚えて、ない?」



 恐る恐る復唱する。でも、そんなことを言われたって、何を覚えていないのかも、いつの話をしているのかも教えてくれないのなら、分からないとしか言いようがない。



「別に、ならいいの。貴方には嫌われちゃったみたいだし、お望み通りとっとと引っ込むわよ」



 初対面の印象とは全く違う言動のままに、まるで拗ねたような事をぼやくと、アンセスターはそっぽを向いた。その違和感に僕が声を掛けようとした瞬間、意識は浮上して───


















「……………………………なんだったんだ」



 鈴がすやすやと寝息を立てるその横で、僕はごく普通に目を覚ました。
















 それから朝ごはんを作って、鈴と一緒にそれを食べて、支度して家を出た。いつも通り昼までは鈴の会社で働いて午後から刀香と調査だ。そしてちょっとだけ上達してきたお茶入れ技術を遺憾なく発揮していると、パソコンと睨み合っていた鈴が突然叫んだ。



「煮詰まった!ちょっと外の空気吸ってくる!!!」



 びっくりして運んでいたお茶を溢しかけ、慌てて体勢を立て直し水面が落ち着くまで身体を硬直させる。そして危機は去ったと判断し文句を言おうと顔を上げると、既に鈴は外へ飛び出していった後だった。


 こんなこと僕にとっては初めてだったのだけれど、他のお三方は平然と机に向かい合っていて、そこはかとない慣れを感じる。流石に外まで追いかけて怒るほどの気はなく、憮然とした気持ちを抱えながらお茶の配達に戻った。



「はい、どうぞ……あれ、どうしたんですか?」


「どうも……ああ、あれはまぁ、良くあるっちゃよくあることさ。初めて見たかい?」



 褐色のお姉さんこと渚さんが、呆れたようなそんな顔で鈴が飛び出ていった扉を見ながらそう言った。僕が頷くと、今度は意外そうな顔を浮かべて「へぇ」と声を漏らした。



「うちの社長さん、結構あんな感じなんだがねぇ。家じゃそうでもないのかい?」


「あ、私も知りたいです! 社長さんの家での様子!」



 鈴が出て行ったことで休憩の雰囲気になったからか、隣で机にへばりついていた元気なお姉さんこと真帆さんもこの話題に飛びついてきた。視界の端でチラリと確認すると、眼鏡のお姉さんこと千早さんも無言でこちらに意識を向けているのが分かる。


 軽い気持ちで聞いたら突然話題の中心になってしまったなと、少し冷汗を流しながら思う。けれどあまりこういう話をこの人たちと出来る機会がないから、丁度良いかなと記憶を辿った。



「鈴は……家だと大体、のんびりしてる、かな。一緒に晩御飯作ったり、本とか、適当な動画とか一緒に見たりして……あとたまに、一緒にゲームしたり───」



 指折りして数えながら家での記憶を羅列していくと、不意にみんなの表情がおかしいことに気付いてぴたりと言葉を止める。みんな僕を射殺すような視線を向けてきていて、喉の奥で変な音が鳴った。


 慌てて自分の言動を見直すが特におかしなことを言った覚えもなく、なんでそんな視線を向けられているのかさっぱり分からない。脳内に逃走の二文字がよぎった時、渚さんが抑えきれないとばかりの大声を上げた。



「あんのずぼらが、料理ぃ!?」


「のんびりしてる……?あのワーカーホリックが?」


「ほ、本当に……?誰か他人の話と間違えてるんじゃ……」



 続いて千早さんと真帆さんも、信じられないというのがまるまる伝わってくる口調でそう言った。僕はさっぱり覚えのない言葉の数々に困惑して、細々とした声で返す。



「う、嘘じゃないです……」


「へぇ……そりゃまた。人間って変わるもんなんだなぁ……」



 感慨深いと言わんばかりにそうぼやいた渚さん。ここで僕は初めて、自分の知る鈴像と、この人たちが知る鈴像に隔たりがあることを理解する。断然興味が湧いてきた僕は、さっきまでの委縮もよそに言った。



「えっと、皆さんは鈴とは、どういう関係だったんですか……?」

誤字と言うのはいつもそうだ……潰したって潰したって湧いてきやがる……というわけで誤字報告感謝です。次は鈴の過去話を少し。

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