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首輪

なつのあつさがぼくからしっぴついよくをうばっていく………………………

「……で、結局こうなるのか……」


「ん?緋彩何か言った?」


「いや、別に……」



 いや、下がショッピングモールになっている以上、こうなることは予想して然るべきだったのかもしれない。僕はそう思いながら項垂れつつ、うきうきで買い物かごを腕にかけた鈴に追従する。


 向かうのは当然のように、服やらアクセサリーやらのお店である。僕としてはやはり服なんて、着まわせる分だけあれば十分だと思うのだけれど、同担者二人はそうではないらしい。



「というか服なら、この前買ったばっかりじゃん……なんでわざわざ……」


「この前の時買ったのは生活用の最低限でしょ?今日はおしゃれの分。折角緋彩もおしゃれに興味を持ってくれたことだしね」


「ま、まあ、そうなんだけど……」


「緋彩、貴方もそんな頑固にならないでいいじゃないですか。存外、こういうのも慣れると楽しいものですよ」



 渋る僕に、刀香からもそんな援護が飛んでくる。というか自分で招いたことなのだが、僕が元男であったということを知っている人間と知らない人間とに挟まれているこの状況は、とても精神に来るものがある。


 けれどまあ、慣れてしまうのが一番良いことも理解している。現状を鑑みると、一番いい結果が得られたとしてもこの身体とは一生ものの付き合いになるのだ。何かしら男性に戻れる方法もあるかもしれないけれど、それはつまり、鈴との決別にもなるわけで。


 男性の身体にそこまでの価値を感じているかというと、正直そうでもない。けどそれはそれとして羞恥心だとかの基準は男性な訳で……こればっかりは多分、慣れれたとしても変われはしないのだろう。



「うーん、やっぱり緋彩はシンプルで透明感のあるデザインが似合うと思うのよねぇ」


「私としては、多少パンクなデザインの暗い色合いが良いと思いますね。と言っても、ただの私の趣味ですが」



 目が痛くなるほど様々な種類の服でカラフルに染め上げられた光景を背に、二人がさっきまでより幾分軽い口調でそう話し合う。ファッションなんてさっぱりな僕には、その会話内容がいまいち掴めない。


 多分、無難だから黒で、みたいな選び方をしたら叱責が飛んでくるんだろうなぁと思いながら、そんな二人を眺める。立ち並ぶ服をじっと睨む二人とは、暫く目が合わなさそうだ。



「あ」



 相変わらず容赦のないペースで服を買い物かごに放り込んでいた鈴が、何かを見つけたようでそう声を漏らした。項垂れて床と見つめ合っていた僕は、それが気になって顔を上げる。


 するとそこには、服ではなく、なにかアクセサリーのようなものを手に取っている姿があった。身体の陰に隠れていまいち全容を把握できないが、もしかしてそれも僕に付属させる気なのか。


 今度はどんなシロモノを出してくるのかと、隣に並び立って覗き込む。そうして全貌を掴んだソレは、なんとも言い難い存在だった。



「……なに、それ」


「なにって、チョーカー」



 言うなれば、革製の輪っかだろうか。当然であるかのようにそう返されるが、僕にはそれだけではどう使うものなのかが全く伝わってこない。場所的にアクセサリーなのは間違いないのだろうけれど。



「へぇ、確かに緋彩には、とても似合いそうですね」


「あ、刀香ちゃんもそう思うでしょ?ほら、ちょっと付けてみてよ」



 僕が頭にはてなマークを浮かべている間に、流れるようにしてそんな会話がなされた。そして目の前に差し出されて思わず開いた両手にぽんっと載せられる、布製の輪。


 手に持ってみるとその輪の大きさが正確に把握できたのだけれど、何処につけるのかが全く想像できなかった。深く考察するようなことでもないと思い、直接聞いてみる。



「えーと、どうすればいいの、これ……?」


「……あー、そう言えばそうだったわね。ちょっと貸して」



 鈴が何か、思い出して欲しくないことを思い出していそうなようにそう言ってきたので、渡された時と同じように返した。すると間髪入れずに、僕の顔の左右を通過するようにして鈴の両腕が伸びてくる。



「わっ!」


「少し動かないでね~……っと」



 首に突然当たった冷たい感触に驚いている間に、首の後ろでカチっという音がした。



「───────────は?は????」


「よしっと」



 鈴がとても満足そうな顔で離れていく。それは非常に腹立たしいのだけれど、それよりも問題なのは首元に残り続ける感覚だ。離れていく鈴の手には既にチョーカーとやらは無い。


 あまりの出来事に僕が停止していると、如何にも面白そうな薄い笑みを浮かべた刀香が、鈴に並んでこちらを正面から覗き込んできた。そして何かに納得したかのように首を縦に振ると、言った。



「やはり、似合ってますね───飼い猫みたいで」


「うーん、刀香ちゃんとは気が合うなぁ。緋彩って、猫みたいだものねぇ」


「いや、あの……」



 僕はそこでようやく、一連の流れを正しく理解した。そうして今日の合流してからの流れを振り返ってから一言、大きく深呼吸をしてから言った。



「お前ら、今日は調子に乗り過ぎだろ!!!!!!」



 怒りに任せて飛び出した僕の蹴りは、それぞれの脛を正確に撃ち抜いた。激情に駆られたそれは上手く手加減できなかったらしく、鈴はともかく刀香までもが悶絶した。











「うぅ……まだ痛い……」


「自業自得」



 ショッピングモールの通路。片足を庇うようにして涙目で歩く鈴の言葉に、突き放す様に短くそう返す。反して鍛え方の違いなのかもうケロッとしている刀香が、仲間意識でも芽生えたのか歩くのを軽く手助けしていた。



「結局買っているし……」


「い、いいじゃん私のお金なんだし……」


「買っていい理由にはなってるからそこは好きにしていいけど、僕につけていい理由にはなってないから」



 ぐうぅぅっと悔しそうに歯嚙みながら唸る鈴を、「はいはい人が見てますよ」と刀香が宥める。青崎所長に聞いた通り、隙あらば世話を焼こうとするなぁとその光景を白い目で見ていると、あちらも気付いて誤魔化す様に咳払いした。



「ともあれ、何処かに腰を落ち着けましょうか」


「そうねぇ。晩御飯を食べてから帰ろうと思ってたんだけど、まだちょっと早いしね」



 両手に抱えた荷物と脛に抱えた傷を見合わせてそういう鈴。僕も一応手加減が出来なかった負い目があるし、ここで休憩を挟むのは賛成だ。



「この辺りなら確か……あぁ、カラオケがありますね。あそこなら一息つけるかと」


「カラオケ!」



 そこで刀香から出てきたのは久しぶりに聞く言葉。思いがけず飛び込んできた懐かしい響きに目を輝かせる。ゲームセンターを知らなかった僕がそこに反応を示したのが意外だったのか、提案した側が目を丸くした。



「……こっちは知っているんですね。娯楽としては、ゲームセンターよりマイナーだと思いますが」


「そうかもだけど、小説読みながら音楽聞くのが好きだから」


「あれ、そうなの?うちでは全然聞いてなさそうだったけど……」


「あー、そう言えば。イヤホンが無かったから」


「───遠慮しないでって、あれほど」


「ひっ」



 特に深く考えずにそう返答すると、ぶわりと鈴の背中から闇のオーラが湧きだした。前から度々遠慮しないでと言われてはいたけれど、それほどまでに僕に遠慮されるのが嫌なのか。


 というか、無いものを無いから仕方ないで済ませるのは僕にとって普通のことなのだけれど……鈴にとっては遠慮と映るらしい。ここまでくればもはや遠慮するなと脅迫されてるみたいだと思いながら、僕は何とか話を逸らそうとする。



「ととと刀香、は、好きなアーティストさんとか居る!?」


「えー……まあ、はい」



 非常に露骨な話題逸らしだったけれど、刀香は乗ることにしてくれたらしい。それに内心で礼を述べながら、汗の止まらない額を鈴から隠すようにして音楽の話を始めた。

暴力系ヒロイン……

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