合流
低気圧で……頭が……
「み、見られてる……」
「そりゃまあ、緋彩は美人だから、ある程度はねぇ」
周囲の視線が自分に突き刺さっているのを、否応なしに感じる。これだけ視線を集めながらも気付かないのは、底なしの鈍感でも不可能だろう。それほどまでに、僕たち二人は目立っていた。
普段のいもったい服装とマスクが、どれだけ自分を守ってくれていたのを実感する。むしろそれでもある程度視線を集めていたのだから、これは自然な帰結なのだけれど。
というか、他人事のような返事をしてくる鈴だけれど、間違いなくそちらも視線を集めていると思う。本人曰く気合を入れたらしいその恰好は、贔屓目無しにも美人だ。
詳しい名称は知らないけれど、ふんわりとした袖などが特徴の白いシャツに、すらりとしたスカートを組み合わせている。高身長なモデル体型の鈴と合わさって、まさに可愛い、というよりは美しい、といった風貌だった。
僕とは対照的と言える雰囲気を纏った鈴は、間違いなく周囲の視線を集めるのに一役買っている。本人も気付いていないわけではないと思うのだけれど、それでも堂々としているのはやはり、慣れの違いだろうか。
ともあれ、集合場所に先に着いたのは僕たちの方だった。指定したのは、以前も鈴と入ったことのあるカフェの前。刀香も訪れたことがあるらしく、共通で知っている場所且つ甘味を取りながら交流出来るからということで、満場一致で決まった。
そんな前夜の出来事を思い出していると、ぴこんっとスマホが鳴る。ポケットから取り出してみると、刀香から「もう少しで着きます」とのメッセージが届いていた。
「ぐえっ……」
「変な声出さないの。お友達から連絡?」
「……うん。もうちょっとで着くって」
「じゃあなんで私に隠れようとするの?」
しれっと背中に回ろうとしていたのは普通にばれ、首根っこを掴まれて横に並ばされた。鈴の至極当然な質問に乾いた笑いが出て、なんとか曖昧な笑みで返しておく。
だって、刀香は僕の中身が男性なことを知っているのだ。それなのにこんな如何にも女の子です!みたいな状態で会わなければいけないなんて。多分、あっちはそんなこと気にしてないと思うけど。
うぅ、と僕が項垂れていると、鈴が何かに気付いた様子で視線を動かした。
「あ……緋彩、あの子じゃないの?」
そう聞かれて、僕も鈴が見ていた方向へ視線を向ける。それなりに人通りが多い歩道の中、僕を見ていた人たちと目が合った。その人たちが気まずそうに目を逸らす中、一人の少女だけとはしっかりと目が合う。
ジーパンに、黒のTシャツと、白のレース。以前着ていた私服と同じ装いだった。あちらもこっちに気付いたのか、キリっとしていた表情が少し緩む。
次に、僕の服装に気づいたのか少し困惑したような表情になった。僕が恥ずかしさに背を丸めると、何かを察したかのように苦笑する。そして僕たちの目の前で足を止めると、綺麗に一礼した。
「初めまして、刀香と言います。貴族ではありますが、諸事情あって家名は名乗っていません。そこのは今は、緋彩と名乗っているのでしたか。緋彩はまぁ、手間のかかる妹のようなものですね。今日はよろしくお願いします」
「あ、これはご丁寧にありがとうございます。柊鈴です。えっと……」
「あまり固くならなくて結構ですよ。私は貴族と言っても若輩ですし、気にせねばならない面子もないので。お二人の関係は、緋彩から聞いています。ところで……」
少し間を開けて、顔の向きはそのままに僕の方へ一瞬目線が来た。自己紹介という空気が変わり、刀香は訝しむようにこう言った。
「柊鈴というと……あの、魔導具開発者の?」
「確かに、私は魔導具の開発者ですけど……」
「え、刀香は鈴のこと知ってたの?」
「知ってるも何も、私が使っている魔導具の中の幾つかはこの人が開発の中心だったものですから」
「えぇ!?」
思わず大きい声を出してしまいながら、鈴の顔を見上げる。会社で見る鈴の開発品達は日用品ばかりだったから、そんなことは全く考えたことが無かった。予想外の繋がりに、心底びっくりする。
その鈴はというと、最初は驚いたような表情をしていたけれど、刀香の話を聞くと納得したようで、なるほどと手を叩いた。自分が作ったものを使ってくれている人だと分かったからか、口調が少し緩む。
「刀香さんって、異分子殲滅隊の隊員さんなのね。もしかして、衝撃波術式かしら?」
「いえ、浮遊破邪符のほうですね。あと、『さん』なんて付けなくて大丈夫ですよ。私の方が年下ですので」
「じゃあ、刀香ちゃんって呼ばせてもらおうかしら。ふふ、緋彩の友達って聞くと遠慮したくなくなっちゃうわね」
「それは同感ですね」
それはどういう意味だろうか。あっという間に仲良くなってしまったらしい二人が、柔らかな笑みを浮かべる。というか、会話の内容がなんだか怖いと感じるのは、僕がその浮遊破邪符とかいうのを喰らった覚えがあるからなのだろうか。
いまいちどうやって会話に入ればいいのか分からない僕が逡巡していると、示し合わせたかのように二人の視線が同時に僕へ向けられた。言い表せぬ圧を感じ、びくっと身体を揺らす。
「で、今日は随分と可愛い恰好をしているんですね、緋彩ちゃん」
「そうなのよ!でもこの子、何故かおしゃれを嫌がってね……貴族の女の子って、着飾る印象があったのだけれど、私が間違っているのかしら?」
「ふ、ふふっ……いえ、間違っていませんよ。貴族令嬢は、教育的にもファッションを学ばされたりしますし。貴族令嬢なら……ふふっ」
「と、刀香……?分かって言っているよね?僕そろそろ怒っても良いかな……?」
令嬢というところに含みを持たせて、明らかに笑いを押し殺しながら語る刀香。わざとらしいちゃん付け然り、どう考えてもからかわれていた。僕は湧き上がってくる羞恥心を怒りだとかでなんとか抑えつつ、精一杯の圧を視線に込める。
けれどそれを刀香は鼻で笑って受け流す。まったく効いていないその姿に、僕は歯軋りした。ここ二人の間に流れる空気が変になり、その理由が分からない鈴は不思議そうに首を傾げる。
「緋彩は何をそんなに膨れてるの。まぁ取り敢えず、お店に入りましょう。お話は、甘いものでも食べながらね」
鼻息荒く刀香に突っかかろうとしたところで、とんでもなくスムーズに首根っこを掴まれた。この姿になってから、色んな人にやたらとそこを掴まれている気がする。そんなに掴みやすいのか。身長のせいか。
「ええ、そうしましょうか、鈴さん」
身動きが取れなくなった僕を尻目に、刀香が悪びれる様子もなく賛同する。鈴が首根っこを掴んだままお店に向かっていき、必然僕もリードを付けられたかのようにそれについて行った。
店員さんに促されるままに席に着く。四人用の席らしく、自然に僕と鈴が並んで座り、対面に刀香が腰を下ろした。以前はなにを頼んだんだっけなと考えながら、メニュー表を開くと、一番最初に目に入ったのはパンケーキ。
これは確か、以前の鈴が食べていたものだったか。その時の美味しそうに食べていた姿を思い出し、特に深く考えることもなくそれにする。二人も特に迷った様子はなく、注文内容はすぐ決まった。
率先して鈴が店員さんに話しかけ、まとめて注文をしてくれる。そこまで時間が空くこともなく、全員分の飲み物とスイーツ達がテーブルに並んだ。それぞれに手を合わせ、頂きますという。
「しかし、こういう美味しいものを食べられるという点で言うと、東京はやはり良いものですね」
「他の結界都市だと、襲撃も多くて切羽詰まってるって聞くわねぇ。私としては、研究をゆっくり出来る土台が整っていたことが助かったかな」
刀香がパフェを、鈴がショートケーキをそれぞれ摘まみながら、そんな会話をする。僕も口に含んでいたパンケーキをごくんと嚥下すると、コーヒーを一口飲んでから会話に参加する。
「鈴の研究、大変そうだもんね」
「へぇ……鈴さんは今何を研究なさっているのか、聞いてもよろしいですか?」
「ええ、勿論。今はね、一般人でも扱えるような魔導具を開発しているの。それも戦闘向けというより、生活に便利な物をね」
「あぁ、記録だと突然研究部を退任なさっていて、どうしてと思っていたのですが……その内容だと、殲滅隊では予算が下ろしてもらえなさそうですね」
口を挟んだは良いものの、自分に分からない話が始まってしまった。けど初対面の二人が仲良くなってくれるのは良いことだと思い、暫く食べる方に集中することにする。
「まぁ、そうだったわねぇ……と言っても、今の研究も自費でやっているのだけどね」
さっきまでと比べると少し暗い声で、鈴がそう返す。その変化に、今日が初めましての刀香は気付いていない様子だった。それとなく鈴の方を見上げてみるけれど、表情はあくまで普段通りで……もしかしたら、僕の方が聞き間違えたのかもしれない。
「なんにせよ、素晴らしい研究だと思います。しかし……聞くだけで、頭が痛くなりそうな内容ですね」
「ふふ、みんなそう言うわ。けど、これでも結構上手くいってるのよ?まだ、ライター替わりくらいにしかならないけどね」
「一般レベルの魔力でそれが出来るなら、相当でしょう」
「確かに従来で考えるならそうなのだけれど、それだと魔導具である必要が無いからねぇ……実用的なレベルで考えると、まだまだだわ」
一息つきながら、コーヒーを口にする。聞けば聞くほど、なんだか、研究を放り出させて連れまわしていることに罪悪感が湧いてきた。鈴の時間というのは、どうやら僕の想像している何倍も貴重なものらしい。
そんな僕の考えを読んだかのように、脈絡もなく鈴に頭を撫でられた。なんでやねんとツッコミを入れようとして、口の中にパンケーキを詰め込んでいるのを思い出し、断念する。
「そう言えば、刀香ちゃんはどうやって緋彩と仲良くなったのか、聞いてもいいかしら?」
「簡単ですよ。緋彩はつい、最近青崎家に養子に出されたんです。で、私もその青崎家の養子だったのですよ。そういう繋がりがあったというだけで、特別仲良くなるような事があったかというと、少し返答に困りますが」
「……もしかして、養子に出されたのって、家出したのが原因だったりするのかしら?」
「えっと……」
刀香からアイコンタクトが飛んでくる。意味は話の流れからして、「そういうことにしておいて大丈夫ですか」だろう。僕は鈴に見えないくらいの角度で、頷いて見せた。
「そのようですね。尤も、詳しいことは緋彩も私も知りませんが」
「そうなんだ……あ、ごめんなさい。内部事情を探られるのは貴族としては嫌でしょう」
「いえ、これくらいなら。それに青崎家は貴族家ではありますが、今となっては形だけですからね」
「……あ、そっか、青崎家って」
変に襤褸が出ないよう沈黙を継続していたのだけれど、自分にも関係ありそうな知らない話が出てきて首を傾げる。刀香が若干呆れたような表情を浮かべた後に、鈴に向かって頷いて見せた。
「あの、刀香……?」
「また今度緋彩にも話してあげますよ。じゃあ、そろそろ出ましょうか」
話し込みながらもみんなしっかり手は動かしていたらしく、食べることに集中していた僕と同じように、お皿もコップも空になっていた。
今更だけど、女性三人でデートって何するんだろ……




