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尻尾

百合小説でチャージしてきた語彙力振り回すの楽しい……

 翌日の朝。結局あまり寝付けなかったのだけれど、吸血鬼故に体調面は全く問題ない。元の赤目が祟って、鈴には目が充血しているのではと言われた時は、自分の体調を少し疑ったけれど。


 なんだかんだ集合時間は昼からになっていたので、鈴は眠ければもう少し眠っていて大丈夫と言ってくれたけど、鈴が起きているのに僕が寝ているのもなんだか癪だったので起きることにした。


 ぐぐっと、これまた無意味な伸びをしたりしてみた後ベットから起き上がり、朝食を作るべくキッチンに立つ。同じ時間に起きていた鈴も自然と手伝ってくれた。


 問題が起きたのは、朝食を食べ終わった後。自分の声色が段々こわばっていくのを感じながらも、僕は目の前の光景に対して言及する。



「その……やっぱり僕、いつも通りの恰好でいいって言うか……」


「え~。折角のお出かけなんだから、これくらいおしゃれしてもいいと思うのだけれど」



 口論のお題は、僕の着ていく服装について。僕自身としてはやっぱり可愛い服装などには興味がなく、いつも通りのショートパンツにパーカーという、緩い服装にしようとしていた。これらも女性らしいデザインではあったけれど、鈴と一緒に買った服の中では、一番拒否感の薄い服装なのだ。


 けれど鈴は前々からそれに不満を持っていたらしい。あちらとしてはおそらく、部屋着程度の認識で買ってくれた組み合わせだったのだろう。他にも買っていた大量の服を見る限り、その認識は間違いではないと思う。


 それでも鈴は僕の意思を優先して、口出しはしていなかったようなのだけれど……その溜まった不満が今、欲望としていかんなく発揮されようとしていた。



「そもそも緋彩は、全然おしゃれしようとしないでしょう?こういう機会にまでその服なら、一体いつおしゃれするの?」


「それは……」



 おしゃれなんてするつもりはないと言ってしまえばその通りなんだけれど、それは服を買ってくれた鈴に対してあまりにも不義理に感じて、目を逸らし言いよどむ。だけれどこれはどうなんだ、と横目に鈴が僕に着させようとしてる服を見た。


 いたるところにフリルの着いた、純白のワンピース。少女にこそ映えそうなそれは、幼さを残した風貌をしている今の身体からすると、確かにすごぶる似合うのだろう。


 つまり、言うまでもなく究極的に女性的な服装である。ひらひらとしたその布地は、見れば見るほど僕から着る意思を奪い去ってきた。拒否感の程度でいうなら、最大級である。


 問題は、言い訳の言葉が全く浮かんでこないことだ。昨日あれほどお出かけに対して熱意を見せてしまっているのに、服装は適当。道理が通っていないのはこちらで、鈴の言葉ももっともと言えた。



「そ、その、僕いつもの服の方が慣れてるし、気に入っているというか……」


「そりゃ緋彩は何着ても似合うと思うけど……今更だけど、あれは部屋着でしょ?」



 うっ、と呻き声をあげる。想像していた通りの致命的な指摘をされ、遂に這う這うの体で捻りだした言い訳すらも潰されてしまった。僕は恨み節を吐くように、低い声を出す。



「というかその服、いつ買ってたの……?僕と買いに行った時は、そんな服選んだ覚えがないんだけど」


「緋彩が意地でも外着を選ぼうとしなかったから、自分の分に混ぜて買ったの。こっそり緋彩の服棚に入れておいたんだけど、全然着てくれなかったのよね」



 いじけたようにそう返してくる鈴。当然気づいてはいたけれど、なぜそれで僕が着ると思ったのか。棚の一番下にそっとしまった時を思い出しながら、僕はキッと目に力を込めて、視線を正面に戻す。



「とにかく、僕はいつもの恰好で───」



 勇ましく言い切ろうとした刹那、ガシッと前腕が力強く握られた。そのあまりの力強さは、一瞬だけ眼前の女性が人ならざる者に見えるほど。


 目が合った鈴は、かつてないほどその色を狂気に染めていた。そんじょそこらの吸血鬼よりも禍々しく感じるほどのオーラを背後に滲ませ、悲鳴を上げかけた僕に詰め寄る。



「ここで私に着替えさせられるか、自分で着てくるか、どっちか選んで?」



 優しい声なのだったけれども、隠し切れない圧が籠っていた。有無を言わせぬその言葉に、咄嗟にあてのない逃走を図ろうとした僕は、そこで前腕が振りほどけないことに気付く。


 絶望し怯え切った僕の膝に、そっと純白のワンピースが添えられた。そのまま無言の圧を視線でかけられ、僕は目の縁から僅かに涙を滲ませて脱衣所に飛び込んだ。











「似合ってる!すっごく似合ってる!」


「……あ、そう」



 出来る限り自分の身体を視界に入れないようにしながら、僕は死んだ眼でそう返事した。この元凶たる女性は、対照的に先ほどの般若の面から一転して、目をキラキラさせる。


 何度も絶賛を繰り返しながら、僕の周りをくるくると回る鈴。沈み切っていた感情の奥底から、じわりじわりと羞恥心が湧いてきた。それに呼応して、肌が紅色に染まる。


 鈴はそれすら楽しそうに喜色を表すと、随分と綺麗な白色になってしまった僕の腕を引き、自分の傍に引き寄せてくる。昨日の反省がなければ、そのまま抱きしめて頬擦りされそうな勢いだった。



「これなら、ポニーテールでもいいかもね!ほら、私のだけど、このシュシュとか合ってると思うの!」


「や、やっぱりいつもの服にする!」


「どうして?本当に似合っているわよ」



 いよいよ隠し切れない程紅潮してきた顔を隠す様にそう言うと、鈴は不思議そうに首を傾げる。そういうことじゃないと叫びだくなるのを必死に抑え、再び涙目になってしまうのを感じながら訴える。



「すっごく恥ずかしい……!」



 肩だとか、首筋だとか、足だとか、とにかくすーすーして仕方ない。ショートパンツを履いているから下着を見られる心配はないのだけれど、そんなの関係無く心許なさがはんぱじゃない。


 世の中の女性達はこんな服装で外に出ることができるなんて、正気とは思えなかった。慣れの問題だと分かっていても、そう思わずにはいられない。



「やっぱり、私には緋彩の羞恥心の基準がいまいち分からないのだけれど……?」


「ぼ、僕も分からないけど、これはなんだか恥ずかしいの!」


「うーん……でも、今までこういう服を着たこと無かったの?服を買いに行った時もそうだったけど、貴族令嬢ってもっとほら、おしゃれさせられるものじゃない?」



 服を買いに行った時というと、僕が女性ものの服を試着させられる時、着方が分からなかった事件のことだろう。そこを突かれると、僕は欠片も言い返せないのだ。


 実際は貴族令嬢ではなくて貴族令息なのだと言い返せればどれほど良かったことか。けれど現実はそれを許さず、故に僕は口をもにゅもにゅさせるしかない。



「色々と、その、変だったというか、あはは……」


「なら今からでも、おしゃれに慣れてみたら?きっと緋彩も楽しめるようになると思うし、私も全力で手伝うから」



 まっすぐに、その綺麗な瞳で射貫かれながら、優しくも真剣な声色でそう言われる。恥ずかしくてずっと俯いていた顔を上げると、するりと頬に手を添えられて、親指で目尻を拭われた。


 

「……ずるい」


「……えっと、私?」


「うん。鈴はずるい」



 どこか冗談めかした行動と話し方をする癖に、向けてくる感情だとか、僕のことを考えてくれている時には、しっかり真剣さを織り交ぜてくるのだ。そのせいで、どうしても無理矢理突っぱねることが出来ない。


 落ち着いて、自分の服装を見下ろした。客観的に見れば、似合わないなんて言葉は口が裂けても出てこないくらい、僕の肢体と純白のワンピースは調和していた。


 着るときも全力で目を逸らしていたから、まじまじと視界に収めるのはこれが初めて。恥ずかしさは依然として残っているけれど、これくらいの羞恥で鈴が喜んでくれるなら、悪くないのではないかとも思えてくる。


 ひらひらの部分をぎゅっと握った。さらさらの布地が太ももと擦れて、少しくすぐったい。けれど丈は充分にあって、露出面積だけでいうと普段と同じくらいだと、自分を納得させた。



「今日は、こ、この服で行ってみる……けど、本当に嫌だったら次からはやめる……」


「ええ、そうしましょ。大丈夫、お友達も可愛いって言ってくれるから」



 そう言いながら、頬に添えられていた手でゆっくりと頭を撫でられた。どうしても嫌いになれないその感触に身を任せていると、頭の後ろでしゅるりと音が鳴る。


 鈴の両腕が僕を経由して後頭部に伸びていた。軽く髪が引かれて、首筋辺りにふわりと空気が入る。そのまま頭を委ねていると、ぱちんという音と共に、完成を告げる言葉が聞こえた。



「できた」



 鈴が一歩後ろに下がって、お互いの身体に距離が開く。いつの間にか片手には櫛が握られていて、僕の後頭部にされた結果を、左右から覗き込んで確認する。


 その出来栄えには満足したようで、うんうんとしきりに頷いていた。それからこれまたいつの間にかテーブルの上に用意されていた手鏡を持ち上げると、僕に向けてくる。



「どう?」


「その、よく分からないけど、多分良いんだと思う」



 曖昧に答えた僕の頭には、すらっとしたポニーテールが出来上がっていた。根本はさっき話していたものだろう赤色のシュシュで留められていて、なんだか幼さがより強化されたような気もする。


 頭を左右に振ってみると、不思議な抵抗感が伝わってきた。すると抵抗感の先端をきゅっと掴まれて、首の動きに制動が掛けられる。捕まえていた指先が毛先を弄ぶ。



「尻尾が生えちゃったみたいね、ふふっ」


「また人を、動物みたいに……」


「すぐいじけないの……うん、可愛いわよ」



 いつも猫かなにかみたいな扱いをしてくることに苦言を呈すると、指先で頬をつつかれてそう返された。追い打ちで子ども扱いまでされて、余計につつかれた頬に空気が溜まる。


 そんな僕を見ながら鈴は、繰り返し何度か可愛いと口にした。まったくもって不本意ではあったけれど、今日一日だけは、可愛いという言葉を拒否できなさそうだった。

ちょっとづつ女の子にしていく

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