友達
おすすめ作品いっぱいありがとうございます。本当にたくさん貰えて作者は嬉しい限りです。片っ端から読み漁って自分の作品の糧にしていこうと思っています。
「休日、かぁ……」
必死に頭を捻っている間には実感の無かったものが、帰宅したことでだんだんと飲み込めてきた。それが自分の口から、ぽろりと零れだす。
思えば休日なんて概念は、酷く久しぶりだ。病院での闘病生活に休日も何もあるわけがなく、僕は毎日毎日リハビリだとかに追われていたし、そうじゃない日は勉強漬けだった。
そうなると休みなんてあるはずもなく、義務感くらいしかモチベーションのないそれらが生活の全てだった。歪な生活ではあったけれど、日常として受け入れていたのを覚えている。
宣告された年が近くなり、それに応じて悪化していく身体に絶望して、リハビリと勉強の全てを拒絶するまでは。
「休日?もしかして、貴族のお勤めにお休み貰ったの?」
嫌なことを思い出して顔を顰めていた僕に、自身の髪を乾かしていた鈴が、僕の呟きを聞いて近寄ってきた。ベットに腰掛けていた僕のすぐ隣に腰を下ろす。一人分の重みが加わって、沈みが少しだけ深くなった。
「うん、実はそうなんだ……」
「良いことだと思うのだけれど……なんだか、浮かない顔ね?」
自然に伸びてきた白い細指が、僕の頬をくすぐった。む~っと抗議の声を出しながら頭を振ると、ふふっと楽しそうに微笑まれる。
最近、鈴のスキンシップがちょっとずつ多くなってきている気がする。本気で嫌なことをされたら迷わず振り払えるのだけれど、やっぱりされても不快に感じない程度に抑えられているから、なんだかむずかゆい気持ちだ。
もしかしたら、ぎりぎりのラインを保ち続けながら触れることで、僕のボーダーラインを下げているのではなかろうか。そう思うくらい、鈴の手を当たり前に受け入れている自分がいる。
「その、変だと思うんだけど……休日って、どう過ごせばいいのか分からなくって」
僕の言葉を境に、何度払っても迫ってきていた指がぴたっと止まった。顔に触れられていたから細めていた目を開くと、鈴が狐につままれたような顔をしている。そして徐々に頬を紅潮させると、いつもより高い声で言った。
「緋彩が貴族のご令嬢っぽいことを言ったの、初めて聞いた……!」
「そ、そんなにかなぁ……?」
目をキラキラさせてやたら大袈裟に感動している鈴に、僕は若干引き気味にそう答えた。確かに僕は貴族らしくない貴族だとは思うけど。それはともかく、貴族らしいことを言っただけで感動されるとは思わなかった。
あとさっきの言葉も多分、鈴が想像しているような生活だとかから出てきた台詞ではないんだろうなぁ……と僕自身が思ったのもあり、どうしても互いの熱に差が出てしまう。
「とにかく、そういうことなら私に任せて!休日っていつ?」
「え、明日だけど……」
「それは、随分と急ねぇ」
同感である。だからこそ予定を立てれるような間もなくて、休日の過ごし方が分からないなんて不思議な質問をすることになったのだし。
「とう───えっと、友達に今日いきなり言われたから」
「友達!?!?」
すぐ隣から不意打ちで大音量を喰らい、五センチほど飛び上がる。そして着地する暇もなく、隣からふわりと暖かくて柔らかい感触に包まれる。ひゅっと喉が鳴って、僕は瞬く間に身動きが取れなくなった。
混乱する脳では事態を瞬時に理解できず、部屋にスタングレネードでも放り込まれて身体が硬直したのかと思った。けれど実際はもっと優しくて、厄介だと理解する。
「ちゃんと友達出来たんだね~偉いね~~~!」
「いいいいままでは居なかった前提で話してない!?」
「え、違うの?」
あってるやいこんちくしょう!!!!
心の中で思いっきり罵声を飛ばす。腹いせに暴れてやろうと身じろぎをしたら、先回りするようにして鈴の腕が回ってきた。碌に抵抗も出来ずに、僕の小さな体は同居人の大きな懐に抱え込まれる。
そこまでされてようやく、自分が混乱している間にとんでもない体勢へ持ち込まれていると気付いた。僕の頭は完全に鈴の胸元へ引き付けられていて、もがけばもがくほど否応なしに甘い感触に晒されてしまう。
しかも逃がさないと言わんばかりに頭と体へ腕ごと捕らえられている。そのうち頭を捕らえている方の手は僕の髪を優しく撫でてきいて、湧き出てきた羞恥心とは裏腹に、落ち着かされてきている自分がいる。
これはまずい。飲み込まれたら返ってこれないタイプの誘惑だ。そう直感で察した僕は足の力で脱出しようとして、帰ってきた太ももの感触にそれすらも不可能だと悟った。
「ちょ、あ、そ、だめっ、だめだって!りんってば!」
「え……あっごめん!」
なんとか絞り出せた訴えの声に、鈴は一拍間をおいてから正気に戻ってくれた。全身の拘束が解かれて、やはりちゃんと嫌がったらやめてくれることに幾らかの安堵感を覚えながら、身体を起こす。
咄嗟のこととはいえ、あんなに甘い声が自分から出てしまったのが恥ずかしい。自分の顔が真っ赤なのは考えるまでもなく分かった。全速力で太ももの上から飛びのいて、掛布団の下に潜り込む。
しんっ、と部屋の中に沈黙が訪れた。視線は切れているはずなのに、耐えきれない衝動に背を押されて自分の腕で顔を隠す。すぐそばに鈴が居るのは変わらないからか、なかなか心臓は落ち着こうとしてくれなかった。
「……えっと、明日のことだったよね」
「……うん」
先に沈黙を破ったのは、鈴だった。おずおずとした話し出しからは、気まずい空気を転換しようとしているのが伝わってきて、僕もこの空気は辛かったから、乗っかかることにした。
と言っても、隠れてしまった手前出て行きづらくて、布団の中から返答する。鈴が少し身じろぎしたのがマットレス越しに伝わってきて、キュッと体に力が入る。
「その、ちょっと、言いづらくなっちゃったんだけど……もし良かったら、私にエスコートさせてくれない?」
その言葉に、胸がきゅっとなった。いつまでも慣れることが出来なさそうな、その得体のしれない感覚に身体を震わせる。無性に鈴の顔が見たくなって、布団の隙間から覗いた。
僕がもぞもぞと出てきたのは勿論あちらも分かっていて、顔を上げたら目が合った。鈴も僅かに頬を紅潮させて微笑んでいて、釣られてせっかく治ってきていた僕も赤くなってくる。
「エスコートって、鈴も明日休みなの?」
「休みって決めてたわけじゃないけど、ほら、そこら辺の采配は自由が利くってこの前言ってたでしょ?突然にはなっちゃうけど……みんな、緋彩の為なら許してくれるわ」
「そ、そっか……じゃあ、その……」
お願いします、と言おうとして、異様な緊張に喉がこわばってしまう。中途半端な区切りに、鈴が首を傾げる。自分でも自分のその反応が理解できなくて、困惑した。
おかしい。鈴と二人で出かけることは初めてのことじゃない。というか、出社の時も二人で街を歩くから、二人で出かけるだけであればそれこそもう何度もこなしたことなのに。なんでこんなに緊張するんだろう。
完全に言葉をのどに詰まらせてしまい、あうっと情けない吐息だけが残った。けど、だからといって断りたいわけでも断れるわけでもない。不思議な感情に板挟みにされた僕は、焦って思い付きのままに折衷案を口にした。
「友達も、呼んでみて良いかな……?」
口に出してみてから、自分が突拍子もないことを言っていると理解した。そもそも刀香は刀香で用事があるだろうし、鈴とは立場が違い過ぎる二人組だし、当然面識もないだろうし、とにかく無茶苦茶だ。
「ご、ごめん、やっぱり───」
「良いじゃない!すっごく良い!私も、緋彩の友達に会ってみたいなぁ」
反射的に出た撤回の言葉はしかし、今日一番嬉しそうな声によって遮られてしまった。意に反して好意的な反応を見せてきた鈴に、更に動揺は強くなる。
「あ、でもやっぱ忙しいと思うし、その、来れないかも……」
「あ、そうなんだ。でも、誘うだけ誘ってみましょう?」
それに気後れしながら、やんわりと無理な可能性が高いことを伝えてみても、鈴は連れて行く気満々だった。自分の軽率な口に、胃がキリキリと痛み出す。
刀香を困らせてしまうだろうか。けれど鈴が乗り気な以上、撤回しきれるほどの説明材料も無くて、僕は意を決する。動かずとも手の届く範囲に、落としていたスマホがあった。
思いっきり身体を伸ばして、指先で摘まむように回収すると、布団の中に引きずり込んだ。そのまま自分ごと深淵へひきこもると、両手でスマホを保持する。
ロックを解除しLINEを開いた。異分子殲滅隊に入隊した初日に交換していた連絡先は、友達欄がすっからかんだからすぐに目につく。いまだ一度もメッセージのやり取りをしたことのないそれに、恐る恐る文字を打ち込んだ。
緋彩 『いきなりごめんなさい。友達が出来たって同居人に伝えたら、凄く喜んで、明日三人で遊びに行こうって話になってて』
すぐに既読が付いて、返事が返ってくる。
刀香 『友達というのは、私のことですか?』
緋彩 『うん。駄目だった?』
少し間が開く。
刀香 『いえ、好きになさい』
刀香 『しかしその同居人は、どれくらい知っているのですか?』
緋彩 『僕のことは家出してる貴族令嬢だと思ってる。僕が異分子殲滅隊だってことは秘密にしたい』
刀香 『なるほど』
刀香 『まぁ、問題ないでしょう』
その返事に、僕はつい目をキラキラさせてしまう。
緋彩 『来てくれるの!?』
刀香 『それが貴方の羽休めになるのなら。実は私も、やることがなくて困っていましたので』
緋彩 『ありがとう!集合時間とか場所が決まったらまた連絡するね!』
刀香 『分かりました』
そこで一旦、メッセージのやり取りは終わった。駄目元だった無茶苦茶がすんなり通って、どんどんワクワクが溢れて止まらない。自分の口元が緩んできているのがはっきりと分かった。
人生初?の休日をこの三人と一緒に過ごせる。どう思うと、悶えそうなくらいの興奮に見舞われた。僕はその興奮のままに布団をぼすぼすと蹴って、上半身を出した。
「これるってさ!」
「本当?それじゃあ、精一杯おもてなししなきゃね」
声も抑えられずに勢いのままそう言うと、鈴が一層笑みを強くして僕の頭を撫でる。感触に流されるままうぷっとマットレスに顔を埋めると、遂に鈴が声を出して笑った。
さっきまでの僕なら子供っぽいからとやらなかっただろう仕草だけれど、この興奮を前にしては、そんなことはもう頭になかった。嬉しさのあまり、身体を捩る。
「どうしよう!?凄く嬉しい!」
「本当に仲が良いのね。じゃあ、明日寝坊しないためにも、予定を決めたら今日はすぐ寝ないと」
「うん!」
鈴がベットの上で転がりまわる僕に寄り添うように、自身も身体を横にした。
こんなに嬉しいという感情だけで胸の中が溢れたのは、人生で初めてかもしれない。鈴の話も殆ど頭に入ってこないまま、僕は明日の光景を妄想し続けた。
というわけで、次はデート




