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心底

作者のいぶそうぱわーを喰らえ!(連日投稿)

「……で、話しなんだが」



 何とか空気感と威厳を取り戻した青崎所長が、改まってそう言った。デスク上のコップは空になっている。こうして本腰を入れて青崎所長と二人で話すのはなんだかんだ初めてで、僕も緊張してきた。


 正直、内緒事をしている身としてはすごぶる居心地が悪い。現状としては青崎所長は悪い人だと思えないのだけれど、やはりあの事を、この立場の人間に話してしまうのは怖かった。


 変な表情になっていないかが怖くて表情筋をむにむに動かしていると、怪訝な目を向けられたが、そのまま話題を切り出される。



「取り敢えず、刀香とは仲良くやっているみたいだな?これに関してはまあ、意外とも思っているし、順当とも思っているんだが……」


「うん。刀香は凄く仲良くしてくれてるけど……意外だし、順当?」


「ああ。意外な部分で言えば、あいつの吸血鬼嫌いのことだな。だが口ではなんだかんだ言いつつも、お前のことを人間と捉えているらしい。でなければ、あんな真面目にお前の方針を考えないさ」


「……刀香が吸血鬼嫌いっていうのは本人から聞いたけど、あんまりそうは見えないんだよね」


「それは、ここに入隊した直後のあいつを知らないからだな」



 僕を見ていた青崎所長が、どこか遠い目になる。ここに入隊した直後の刀香を思い出しているんだろう。記憶を順に追うように、ぽつりぽつりと話す。



「今でこそヴァルキリーだとかの異名が先に来るが……最初は、狂犬だとか呼ばれていたな。私以外の話はおろか、私の話しすらもまともに聞きやしない。なまじなんでもできるから一人で異分子を殺して回るわ、同年代の奴どころか同性の奴すら異分子殲滅隊に居ないわで、ずっと孤立してた」


「へぇ……」



 割と今でも改善されてない部分があるのではと思わなくもない。



「あいつの名誉のために言っておくと、余裕が出来てからはちゃんとしてるんだぞ?友達とは言えないにしても、仲間意識のある隊員も増えたみたいだしな。だが、余裕がない時は本当に酷かった。必要ない時まで血眼で吸血鬼を探して回って、止めを刺した後も死体が消えるまで攻撃してたからな」


「……想像出来るような、出来ないような。確か刀香って、家族が……」


「なんだ、そこまで知っているのか。やはりあいつ、相当お前を気に入っているみたいだな」


「嫌われるならともかく、なんで好かれているのかは正直わかんない」



 内心ずっと思ってしまっていたことを吐露すると、青崎所長はふふっと軽く笑った。



「それこそ簡単な話さ。順当と言った理由にもなるな。刀香はな、世話焼きなんだ。特にお前みたいな、不安定なタイプは大好物だ」


「不安定……」



 自分の手を見下ろしながら、その言葉の意味を反芻する。言われてみると、この身体と精神の性別が分かれ、拠り所すらも覚束ない自分は、不安定と評するのがピッタリだ。


 刀香が世話焼きというのも、さっきまでの一連の流れを見るに間違いないと思うから、すんなりと納得できた。大好物という表現は、ちょっと怖いのだけれど。



「てことは、あれだけ世話を焼かれてる青崎所長も不安定ってこと?」


「……お前は、たまにぐいぐいくるな。いや、私に限っては違うと思うがな。あいつは普通に、私に恩義を感じているから、私の世話を出来るところを探しては、世話を焼きに来ているんだろう。そんな気がするが」



 そう言って、さっきとは違う意味で遠い目になる青崎所長。それは、行き過ぎた忠義からくるものなのだと言い換えれば、確かに、刀香の印象にピッタリ収まるように思える。


 

「というかお前はいい加減、今の自分の容姿と向き合った方が良い。お前の前だと性別問わず、誰でも世話を焼きたくなるだろうさ。それに加えて内面も完全に不安定。しかも元男だからか知らんが、仕草も無防備。お前の同居人がたぶらかされたのも察して余るな」


「……やめて。反論できないから」



 その同居人との出会い方を思い浮かべて、名誉を守ってあげる気も失せた僕は全面降参した。それを見て、青崎所長は嬉しそうに笑う。厄介な性分を抱えているのは、どうもこの人物も同じらしい。


 そう言えば、こうなってからまじまじと鏡をみることは、あまりなかったかもしれない。何となく忌避しているのだということも、その理由も、自分で分かってはいる。しかし実感だけはどうしても湧いてこない。


 ぶっちゃけ生前に女性と……いや、そもそも人と関わることが少なかったのもあって、仕草が云々とか言われても分からないし、自分みたいなタイプに世話を焼きたくなるなどの感情も、あまり理解できない。


 まあ、世話を焼かれていたかどうかで言えば、僕は一生病人だった分随分と世話を焼かれていたのだけれど。



「なんの表情なんだ、それは……」


「顔?」



 相変わらず、僕は表情豊富らしい。けれどやっぱり自分では全くどんな表情をしているのか察せられず、直接触れて確認する。


 数度触れて確認してみるけれど、今回ばかりはそこまでしても普段との違いが無いように感じる。諦めて手を離そうとした瞬間、目の前に手鏡が差し出された。


 驚きに身を引くと、綺麗に自分の顔が映る。その虚像と至近距離で目が合った。頬に手を当てて、悩ましげな表情を浮かべているそれは、如何にも女性的で───



「おっと、危ないじゃないか」


「……二度と、それしないで」



 自分でも驚くくらいとげとげしい声が出る。身体は突発的に動き、青崎所長の腕を押し返していた。


 睨みつける僕と、変わらず勝ち気な微笑を張り付けた青崎所長の視線がぶつかる。自分の呼吸が、僅かに乱れているのが分かった。


 凍り付いたような時間の中、僕が呼吸を整える音だけが響く。先に動いたのは、青崎所長だった。冗談だろう?という意味を言外に込め、ふっと鼻で笑って見せる。



「我が弱いな、吸血鬼」


「……は、何を」



 突然吸血鬼呼ばわりされ、流石にイラっと来た僕が身を乗り出そうとした時、同時にあちらもデスクから身を乗り出していた。


 想像の数倍近い距離で、青崎所長の蒼の眼光に晒される。驚いて身を引いた僕が怯えた表情をしていたのが、蒼い瞳の反射で伝わってきた。



「いやなに、本題に入ろうってことさ」


「ま、まだ、入ってなかったんだ」


「どう考えても世間話だろう?尤も、刀香が居るとやりにくい話は、さっきので終わりだがな」



 虚勢はあまりにも脆く、声は明確に震えてしまっていた。もしかしたら僕の秘密事というのは、とっくにばれてしまっているのではないかと錯覚してしまう。


 青崎所長は身を引き、元通りに席に着いた。僕もそれに倣って、恐る恐る席に着く。騒がしい心臓を必死に宥めながら、次にかけられる言葉を待った。



「と言っても、これからする話も、世間話の域を出ない程度だ。受け取り方は、そっちで決めて良い」



 そう大仰に、回りくどいことを言ってのけると、青崎所長は爆弾発言を投げつけてきた。



「もし……仮にだ。吸血鬼と人間の戦争が、都市結界などまるで役に立たない程激化した時、君はどちら側に付くんだ?」


「……え?」



 本当にそれは突拍子もなく、僕には理解不能の二択を迫ってきた。前置きの『もしも』という言葉がまるで話を軽くしてくれない程の、重い重い言葉。解答自体は、すぐに出る。


 けれど、そんなことを言われたって、僕の答えがどうなるかは、青崎所長なら察していそうで。それをなぞるのに僅かな不快感を感じながら、僕は答えた。



「僕は、戦争になんて関わらない。そうなったら多分、安全なところまで逃げるよ」


「へぇ……それは、あの同居人を連れてか?」


「っ!?」



 まるで鈴を戦争に巻き込むかのような発言に、僕はさっきとは比にならないくらい強く、青崎所長を睨みつける。牙まで剥き出しにしようとして、しかしそれだけはぎりぎりで避けた。



「なんだ、やろうと思えばできるじゃないか。自分の話になると、へらへら逃げてばかりなのにな」


「鈴は、関係ない……!」


「分かっているさ。お前を試しただけだ」



 心底面白そうな顔を向けてくる青崎所長に、挑発を完全に無視して、そう言い切った。最後の言葉を区切りにあちらも、身に纏う空気をぱっと緩める。


 結局、青崎所長の意図は全く読めない。へらへら話を逸らしているのは本当はそっちなんじゃないかと、思わず言ってしまいそうになる。けれどそんな僕の勢いをくじくように、青崎所長は次の句へ繋げた。



「だがな、逃げるのにも限度があるだろう?もしお前が戦争にどうしても身を投じなければならなくなったとして……その時に悩まれると、こちらとしても困るんだよ」


「そ、その言い方だと、まるで……決めてさえいれば、どっちでも良いみたいに、聞こえる」


「そんなことはないさ。出来れば、私の側について貰いたいと思っているよ。心の底からな」



 息を吐くように青崎所長はそう言い放って、話は強引に纏められてしまった。これ以上話をする気はないという意思表示だろう、青崎所長は灰皿から拾い上げたタバコを咥える。


 僕も、これ以上この話を続けたくなかった。だから席を立とうとして、ふと、一つの疑問に行き着く。一気に内心が伺えなくなってしまったこの人の本音を暴こうと、思いついたままに口に出した。



「もし、そうなった時……刀香は、どうすると思う?」



 外された視線が戻ってくる。青崎所長は少し驚いたような顔をしたが、すぐに答えは返ってきた。



「私の側に……いや、違うな。私にとって、一番良い選択をしてくれるだろう。私は、刀香を信頼している」



 そう言い切った瞬間に、青崎所長は少し苦しそうな表情を浮かべた。それが何を意味するかは分からないけれど、心の底から出た本音の色のような気がして、僕も幾らか溜飲が下がる。


 だから僕も、本音を一つ漏らした。



「僕は多分、土壇場まで決めきれないと思う。だから、青崎所長の希望には添えない」


「……そうか。まぁ、いい」



 それで話が本当に終わったのを感じたから、僕は席を立った。ドアに向かう途中何度も振り返りたくなったけれど、結局僕は振り返らなかった。

な、なんか、書いてたら勝手に喧嘩始めたんだけどこの二人……怖い……

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ふと思ったけど吸血鬼は鏡に映らないはずじゃ? [一言] いや、この世界の吸血鬼は鏡に映るんだな!帰宅した時にも鏡見てたし、そういうタイプの吸血鬼なんかな!全部が全部史実通りとも限らない…
[良い点] 連日投稿助かる。緋彩が妹属性高過ぎて、相対的に周りのママみと姉適正が上がっている…そんな気がする… [一言] いぶそうパワー助かる。守護者ルートのアイド気持ち悪いけど無限に共感しかない……
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