喫煙
ちょっといぶそう全部読んで創作エネルギー貯めてた。良すぎて胃の内容物が全て消えた。特に守護者ルート学園編。
今日も同じ門番さんに挨拶して、一緒に出迎えを待つ。この初老に差し掛かるほどの容姿の門番さんは、どうやら可愛い娘さんが要るらしく、僕の仕草がその娘さんの若い頃を思い出させるらしい。外見はともかく仕草と言われ、少し複雑な気持ちになった。
もしかしたら、鈴や刀香にもそういう風に見られているのだろうか。中身の性別を知られている刀香にすらそう思われているんだったら、ちょっと立ち直れなくなってしまうかもしれない。
そんな益体もないことを考えていると、正門から刀香が出てきた。ぶんぶんと手を振って所在を知らせると、あちらも小さく振り返してくれる。
「昨日ぶりです。宿題は進みましたか?」
「うん!」
「結構です。それに、幾らか元気も戻ったようですね」
「刀香のおかげ。ありがと」
そう感謝を伝えると、刀香は少し目を丸くして、こほんと一つわざとらしい咳ばらいをした。
「まあ、気持ちは受け取っておきます。では、行きましょうか。今日は所長が最初に少しお話があるそうなので、まずは所長室です」
「失礼します」
「ノックを……いや、もういい。忘れてくれ」
以前と変わらない室内で、いつものデスク前に座った青崎所長が、どこか遠い目をしてそう言った。目元などには隠し切れない疲労感がにじみ出ており、その度合いは前にあった時よりも悪化している風にさえ感じられた。
同じことを感じたらしい刀香が、むっと頬を膨らませる。そしてどすどすと重い足音を立てそうな圧を纏って、デスクの対面に進み出た。
「ちゃんと休憩をなさると、そう仰っていましたよね……?」
「とったさ。ちゃんとな」
「っ目の下にクマが浮かんでいるうちは、休憩を取れたとは言わないんです!」
「ああ、分かったから。どうにも、やらねばならんことが山積みでな。だがこの後は至急の用がないから、そこで休むことにするよ」
なんだか、だらしないお母さんに説教するしっかりとした娘みたいだなぁと思っていると、刀香がキリっとした表情でこっちに振り返った。思わずビシっと背筋を立てる。
「聞こえていたでしょう?早く済ませますよ、スカーレット」
「りょ、了解です!」
声に含まれた圧に思わず敬語で返答しつつ、素早く刀香の隣に並ぶ。すると刀香が壁際に設置されたコーヒーバリスタに向かっていき、顔を上げた青崎所長と僕は目が合った。
「……えっと、刀香って、いつもあんな感じ?」
「……ああ。そのうち、一日の喫煙量まで制限されそうでな」
「何の話でしょうか?」
戻ってきた刀香がテーブルにコーヒーカップを置きながら、そう首を傾げる。「何でもない」と返す青崎所長の声が、普段からは想像できないくらいの人間味を滲ませていた。
青崎所長が置かれたコーヒーカップを持ち上げ、傾けた。そして一息つくと、本題に入る。
「で、そうだな。すぐに終わる話からしよう。まずスカーレットに届け物だ」
その言葉と共にぽんっと差し出されたものは、一枚のカードだった。クレジットカードあたりと似たような感触で、受け取った時に見えた面には、異分子殲滅隊のマークがデカデカと描かれている。
裏返してみると、そこには僕の名前と、身に覚えのない個人情報の群れが書かれていた。感慨とも言える感情が、少しだけ胸に飛来する。
「これ……」
「隊員証ってやつだ。一応お前は私の家の養子ってことになっているから、それに合わせて個人情報を入力されている。死んでも無くすなよ?」
最後だけ妙に圧を感じる言葉を受け、ぶんぶんと縦に首を振る。すると胡散臭いものを見るような視線が二つ飛んでくるが、すぐに収まって次の話になる。
「そいつで出来ることに関してはこの前渡した冊子に纏めてあるから、それを読め。びっくりするくらい権力を振り回せるが、勿論職権乱用は上司ごと罰則を喰らうんでな。お前が反省室で正座をしている姿を想像するのは楽しいが、その横に私も並ぶとなると笑えん。よく考えて使うように」
「さ、さーいえっさー」
いい加減青崎所長の性格というか、人となりが察せられてきた。隣では正座している青崎所長を想像してしまったのだろうか、刀香が口の端を少しだけ持ち上げていた。
それに気付いた青崎所長が何とも言えない表情を一瞬浮かべ、すぐに引っ込める。
「それと、今後のスカーレットの運用方針なんだが……暫く、外周捜査には出さない予定だ。監督は刀香に持たせて、私も暫く別行動だな」
「それは……私が前回の外周捜査で隊員の損失を出したからでしょうか?」
「そうじゃないさ。前回の外周捜査が原因なのは合っているがな。どうにも話を聞く限りだと、その時の襲撃の目標は、スカーレット、まるでお前が狙いのようだったそうじゃないか」
同意を求める視線が、僕の方へ向けられる。苦い思い出が想起されて、僕はつい表情を歪めながら首肯した。それを見届けた青崎所長は、懐からタバコの箱を取り出しながら目を細めた。
「端的に言って、安全策だな。刀香が付いている限り攫われるなんてことは有り得ないが、連中の目的にさっぱり見当が付かないのが現状だ。少なくとも様子見の間、出来るだけ危険な場所には出せない」
「じゃあ、方針としては暫く訓練とか、勉強とか?」
「それを決めるのは刀香の仕事だ。報告では、そういう方針で進めていると聞いたが?」
「はい。スカーレットが人の魔術に疎いうちは、隊員の視線があるだけでまともに戦力になりませんので」
分かってはいたのだけれど、はっきりと目の前で戦力外通知をされ、僕はうっと呻き声を漏らす。前回のテストの成績もあり、言い訳のしようもないので、そっと視線だけ逸らしておいた。
「そうか。私も、その方針に異論はないさ」
それだけ言うと、青崎所長はタバコに火をつけた。一服し、灰皿に置く。そして刀香の方へ向き直ると、唐突にこんなことを言った。
「では、刀香は先に行け。私は少し、スカーレットと二人で話したいことがある」
「え、えぇ……?」
僕が困惑を声に出し、刀香の表情が目に見えて不機嫌になる。二人きりでないと話せないことにも思い当たる節はなく、まぁ先に刀香が何か言うだろうと僕は口を噤んだ。
「分かりました」
けれど想像に反して、刀香はあっさりとその言葉に従い立ち上がった。青崎所長もそのあっさりさに驚いたようで、僅かな間、いつもより少し大きく目を開く。それを見た刀香は心外そうに言葉を漏らす。
「私だって吸血鬼だからと、永遠に敬遠するつもりはありませんよ。では、昨日と同じ部屋に居ますので、迷子になったら連絡を下さい」
そう言ってドアまで歩いていきドアノブに触れた所で、突然停止し振り返ると、思い出したかのように言った。
「所長、最近喫煙量増えてきてますよ」
青崎所長が返事する暇もなく、刀香は身体を滑らせるようにドアの隙間へ消えていった。閉まり切る寸前までこちらをじとーっと睨んでいたのは、多分気のせいではなかったと思う。
部屋の中に変な空気が流れ、若干の沈黙が生まれた。石像のように固まっていた青崎所長は、ぎこちない動きで再起動すると、灰皿のタバコの火をそっと消し、ぽつりと呟いた。
「……ほら、言ったろ?」
「……そうだね」
精一杯の虚勢だったのであろうその言葉に、僕は短く返した。
姉属性と母属性を兼ね備えてる……




