遊戯
交友経験の少なさゆえに接し方を図り損ねる、的な。
「青崎所長に、 今日は勉強だって言われてるんじゃないの?」
「いいえ。今日は自由にしろと言われました。ですので、予定変更は私の独断でできます」
そんなことを話しながらも、僕は刀香に引っ張られ続けている。既に会議室のある棟からは出て、まだ入ったことのない違う棟へと移動していた。すれ違う人達の視線がくすぐったくて、徐々に頬へ熱が溜まってくる。
しかしあくまでも刀香は手を離すつもりはないようで、強く握られ続けている。普段の様子からは考えられないような行動に、僕は目を白黒させて従うしかなかった。
そして、ひとつの部屋の前で刀香は足を止めた。そこでようやく手を離してもらえて、僕はおずおずと尋ねる。
「あの、ここって……」
「私の部屋です。というわけで、着替えてくるので少し待っていて下さい」
「あ、ちょ」
僕の静止の声も虚しく、刀香の姿は部屋の中へ消えていった。何が、「というわけで」なのだろう。着替えるということはもしかして、街にでも繰り出すのだろうか。
いや、だとしても異分子殲滅隊としての仕事の筈なのだし、制服で良いのではないか。だとしたら、着替えなければいけないのは僕の方だと思うのだけれど。
何となく居心地の悪さを感じながらそう考えていると、再び前兆も無く部屋のドアが開かれて、着替え終わった刀香が出てくる。思ったより早かったのに驚いて視線を上げると、全身が目に入った。
ぴっちりとしたシンプルなデザインのジーパンに、黒のTシャツ。そしてその上に可愛いというよりは、カッコいいという感想が出てくるデザインの、白のレースを羽織っていた。そして肩からカバンを下げ、右手に何やら持っている。
突然、予想だにしなかったガチガチの私服を見せられて、言葉に詰まってしまう。しかし刀香は僕の停止に気付いていないのか、それとも気にしていないのか、迷いない動きで右手のモノを僕に被せてきた。
「あぶっ」
「私は一般市民にもある程度顔が知られているので、貴方はこれで顔を隠しなさい。私も……マスクくらいは付けていきますか」
被せられたのは、つばの広い帽子だった。いきなり全視界を奪ってきたそれを押し上げると、刀香はマスクを装着したせいで、スタイルの良さも相まり、お忍びの芸能人のような恰好になっていた。
「……なんだか、かえって目立ってる気がするんだけど」
「そうでしょうか?まあ、問題ないでしょう」
「そんな雑に済ませて良いの!?ていうか、そもそもなんで私服……」
「鈍いですね。そんなの決まっているでしょう。ほら、行きますよ」
「どこに!?」
刀香のあんまりな物言いに困惑して、つい大きい声を出してしまう。毎回青崎や刀香は僕に説明が足りないと心の中で愚痴った時、またもや右手がぎゅっと握られた。触れられる直前まで気付けない程、自然な動きで。
「ね、ねぇ、僕どうしたらいいの!?」
「好きになさい。尤も、逃がす気はありませんが」
その返事の声がいつもと比べ楽しそうだったのは、聞き間違いではなかったと思う。
手を引かれて向かった先は、やはり基地の外だった。抵抗を諦めてぐったりとしていた僕は、ガラス製の自動ドアが開くときの、ウィーンという音に正気に戻る。
瞬間、入る前から聞こえていた不思議な音が、爆音で流れ出す。思わず縮みあがりながら刀香に身を寄せ、恐る恐るあたりを見渡すと、この建造物のフロア全体に、ケバケバしい光を放つ機械が大量に設置されていた。
この爆音の数々は、殆どがそれらから放たれているらしい。種類も数々で、ぱっと見では用途が推し量れないようなものばかりだった。なので、ここに連れてきた本人に聞いてみる。
「ここ、何処……?」
「ゲームセンターって言うんですよ、お坊ちゃま」
茶化すような、悪戯が成功したかのような、そんなニュアンスが載せられた刀香の言葉に目をぱちぱちさせる。
ゲームセンター、っていうと、ここにあるものは全てゲーム用の機械なのだろうか。言われてみると、それらを弄っている人たちは一様に熱狂していて、独特な雰囲気に足が竦む。
車の窓などから見ることはあれど、立ち入ったことのない建物。自分にとって、それが当て嵌まるモノが非常に多いのだということを実感させられるほど、僕にとっては異空間だった。
ここまで来てようやく、僕はこれが異分子殲滅隊としての活動ではないのに気が付いた。けれど、勉強しないにしてもどうして遊びだすことにしたのかはやはり理解できない。
「あ、あのね、刀香。僕、その」
「取り敢えず、エアホッケーでもしますか。どうせなら一人ではやらないものをやりたいですね」
「き、聞いてよ!?」
僕の言葉をぶった切って、刀香が卓球台のような機械に硬貨を放り込む。すると一際大きな音が鳴り、気が付くと対面で、準備万端といった様子の刀香が腕を振っている。
「ルールわかんないんだけど!?」
「安心なさい。全部おごりです」
言い切った直後、薄い円盤が凄まじい勢いで飛んできて、スコーン!と小気味のいい音を立てた。
とにかく、四方八方色んな所へ連れ歩かれる。
「ねぇ、僕にこのゲームさせるのは流石に酷いブラックジョークだと思うのだけれど!」
「仮想と現実くらい区別なさい」
「そうなんだけどさぁ!」
画面中にわらわらと大量に押し寄せてくるゾンビや吸血鬼を片っ端から撃ち殺すシューティングゲーム。
「……あの、刀香、その機械のアーム、貧弱すぎない?」
「……そういう商売です」
どでかいぬいぐるみを、なんとか持ち上げてゴールまで運ぼうとして、ドン引きするくらい貧弱なアームを見せてくるUFOキャッチャー。
「車なんて運転したこと無いよ!」
「私もありませんよ。こういうのは感覚です」
大人気キャラクターを起用した、まるで本物の運転座席かのような椅子に座ってプレイするレースゲーム。
ほかにも、身体能力がお互い高すぎてまともに出来なかったバスケだとか、ボウリングだとか、卓球だとかもした。他にもリズムに合わせて踊るゲームだとか、とにかく端から端までゲームセンターを歩き回らされる。
僕が何を言おうとしても、先回りされ、おごりだからと半分無理矢理に、僕は刀香とゲームをした。




