自分
設定の見直しをした結果、最初あたりにあった真名がうんたらのくだりが消えました。あんまりこういう後出しジャンケンはしたくないんですけど、あまりにも序盤は見切り発車なもので...........ご了承ください。
「緋彩」
「……はい」
「遅いです」
「いやその、連絡したし、色々立て込んでて……」
「それでもです」
「……はい」
あの後、もう少し報告内容を掘り下げたり、他に僕が知っている吸血鬼の知識を共有したりしていたのだけれど、僕が疲れ果てていたのが目に見えていたのか、先に帰るよう促された。曰く、重要なことは聞き終わったとのことで。
けれど、制服を着替えて基地から出た時には既に、街は暗闇に包まれていた。そんな異分子が活動を強めそうな時間に外出していた僕に、鈴は怒りをあらわにしているわけで。
連絡したから大丈夫、立て込んでたから仕方ないでは済ませれない問題だし、怒られても当然だとは思っていた。想定外だったのは、その怒りの度合いだろうか。
烈火のごとく、とまでは言わないが、声を低くして、静かな怒りをにじませている鈴。思えばここまではっきりと怒りをあらわにする姿を見たのは、初めてな気がする。
ともあれ帰宅してシャワー室に放り込まれた僕は、今現在、鈴にドライヤーをかけてもらっていた。つまり体勢としては背後を取られているわけで、首筋にひりひりとしたものを感じる。
初めて見る鈴の側面に、どう接すれば良いのか分からず、僕は挙動不審になってしまっていた。そもそも僕自身、人から怒られた経験が少ないのもある。
なんだか、そんなはずはないのに、下手に答えたら今の関係が壊れるような気がしてしまう。そんな状況を想像すると、身体がぶるりと震えた。
僕の返事以降、あちらから音沙汰がないのも、それに拍車をかける。しかし、息がつまりそうな沈黙を経て、鈴はあっけらかんと言ってのけた。
「明日、緋彩に付いて行って緋彩の保護者さんに直談判しようかしら」
「だだっだだだ駄目だよ!?!?」
突然とんでもないことを言い始めた鈴。身体を反転させて、思わず出た変な声でそう叫ぶと、ふふっといつもの緩い笑みで返される。
「半分冗談よ。でも、半分本気にしたい気持ちも分かるでしょ?自分の娘を平然と夜に出歩かせるような奴に、文句の一つでもつけてやりたくなるのは」
「それは……そうかもだけど、でも駄目!」
「分かってる。けど、そう何回も同じことをされたら、私の我慢が利かなくなっちゃうかもね」
鈴は冗談めかしくそう言ったのだけれど、後半のあたりからやけに真の声に聞こえて、全部本気の響きで言われるよりも余程本気に聞こえる。
もしかしてこれは、脅されているのだろうか。最初とはまた別の恐怖で、身体がぷるりと震える。必死に首を縦に振って、僕は首肯を示した。
「すごくきをつけます」
「よろしい。ほら、続きするから後ろ向いて」
そういえば、髪を乾かしてもらってるのを中断していた。もう一度身体を反転させると、再び首筋辺りに温風が当たり始める。自然と力が抜けてきて、ゆっくりと、こわばった筋肉を弛緩させた。
「……お疲れみたいね」
「そうかも……」
「晩御飯、もう食べたの?」
「あ、食べてないや」
「それなら、お腹すいたでしょ。今から作ってあげる」
言い終わると同時に、ドライヤーの音が止まる。いつの間にか降りていた瞼を上げると、鈴は既に僕のそばを離れてしまっていた。少し肌寒さを感じて、その背中を視線で追う。
鈴も疲れてない?とか、鈴の方は晩御飯食べてないの?とかの言葉は、やる気満々に袖を捲し上げて冷蔵庫を開く姿を前に、引っ込んでしまった。
だらだらしているのも気が引けたので、なにか手伝いをしようとはしたのだけれど、鈴の「休んでて」という言葉に出鼻をくじかれる。
仕方ないので足をぷらぷらさせていると、思ったよりも早く、鈴が料理を机まで運んできてくれた。匂いでそれの正体に気付いていた僕は、目をキラキラさせてスプーンを手に取る。
「お腹が空いてるときは、カレーが最強よね」
僕は首を縦にぶんぶん振ってそれに答える。正直、今日は晩御飯を抜いていたのに気付かないくらい食欲がなかったのだけれど、スパイスの香りの前にはいちころだった。
早速頂きますと手を合わせて、カレーを口に運ぶ。鈴お手製のカレーは大きく切られた野菜がキラキラと存在感を放っていて、スパイスの香りの強烈さとは裏腹に、甘口だ。
食欲のままにどんどん口に運んで、半分ほどお腹に収めたところで、鈴が、自分の前に置いたカレーに殆ど手を付けず、ニコニコと僕を見ているのに気付いた。
なんだか恥ずかしさを感じてちょっと手が止まると、鈴が楽しそうな声で話しかけてくる。
「どう?美味しい?」
「美味しい。すっごく美味しいけど、あんまりじろじろ見られると、食べづらいです……」
「それはごめん。でもびっくりするくらい幸せそうな顔で食べてるから、ついね」
そんなに、顔に出ていたのだろうか。確認しようと自分の頬に触ってみるけれど、感触からも記憶からも、全く分からなかった。
けれど、美味しいものを食べていると幸せになるのは必然だし、多分していたのだろう。どうしても気恥ずかしさだけは、拭いきれないのだけれど。
なんてことを考えていると、鈴は自分のカレーに再び手を付け始めていた。それを見て、僕も冷めてしまっては勿体ないと、残り半分を平らげた。
ご馳走様です、と手を合わせて、お皿を片付ける。シンクの前で、そういえば最初に来た時よりお皿がいつの間にか増えてるな、とか思っていたら、ふわりと身体が包み込まれた。
意識の外からの襲撃に一瞬身を竦ませるけど、誰からのものかは明白で、すぐに呆れというか、そういう感情に取って代わる。背中と頭が、回されてきた腕に抱えられた。
身長差のせいで、僕の身体は鈴にすっぽりと覆いつくされてしまって、身動きが取れない。薄く、甘い匂いが、脳裏に甘美な刺激を与えてきた。
「お互い、今日一日お疲れ様ね。私にも、ご褒美が欲しいな」
この匂いは、なんの匂いなのだろうか。香水かなと最初は思ったのだけれど、それにしてはなんというか、薄い気がする。もっと、本能に訴えかけてくる。
「あ、別に無理にとは言わないんだけれどね。こうしているだけで、私は幸せだし」
鈴の背中に腕を伸ばす。自分がされているのと同じように、しっかり身体を捕まえて、けれど身長が足りないから、頑張って爪先立ちをした。
「……緋彩?」
匂いが強くなる。頭がくらくらして愛おしい。だから、だからだから、このたましいを、いっぺんものこさず、吸いつくしてやりたいと思った。
─────は?
突き飛ばされた鈴の悲鳴が聞こえる。僕は、頭がくらくらして、せりあがってくる嘔吐感に両手で口を抑えて、身体を九の字に曲げて、
喉の奥から、真っ赤に輝く液体が大量に溢れてきて、指の間をすり抜けて床に真っ赤な水たまりが出来た。膝をついている。いつの間にか、顔が、血に、近くて、
反射するそれの表面で、今日の、あの、吸血鬼が、嬉しそうに笑っていた。
追えあっちに逃げたぞもう残ったのはこれだけかバイタルサインの音が反響してしょうえんの煙の臭いがいんしょうてきだった小説のタイトルは英雄のさんかだったっけ人間なんて嫌いだあいつらに流れている血の色はおかしいかいぶつたちが迫ってきている今日からお仕えさせていただきますヴィーラと申すものです大丈夫いつになっても私だけはあなたさまの味方ですからねあの人間は腐ったような味がしたな今日のびょういんしょくは美味しくないお前はただ生きているだけで良いじっけんたいAの様子はどうですかと鈍い声が私たちの王は死んでしまった真っ赤なけいこうとうが視線に焼き付いてお前が嫌いだキルスコア稼ぎほうだいだぜえ黙れその汚い口を閉じろ知ってる?血を吸われるのって気持ちいいんだよ私の造ったぐんたいはいつもゆうしゅうね勿体なきお言葉でございます最後に食べたご飯はなんだったろうかばくはつおん真っ赤な雨がさあさあと降り注いでくることをおかしいと思ったことは無いのかい君だけがわたしをこの地獄からすくいだしてくれるきゅうせいしゅなんだよやきそばが一番好きだったのはおぼえているんだけどなきょうの体調はどうですかあいかわらずのくそったれで今日は天気がわるいみたいだね雨の日はむりやりかんしょうてきにさせられるもういきていたくないんだごめんなさい好きな人ができたことってありますか?貴族の血の色ってあおいろなんだねあいされたいあいされたい案外人間はほろびかけているのかもなだいすきよひいろここには何の光も届かない、寂しいね。
自分を知るまで 終




