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弔い

半分ほど閑話休題なので、すこし短め。いたずら心からか小説背景をダークモードにしたくなっている

装甲トラックの窓から見える景色は、夕暮れに染まっている。それが行きと逆再生されていくのを、全く現実味が感じられないままぼんやりと眺めていた。


 正直、さっきまでの出来事は、まるで夢の中のことのようにぼんやりとしか覚えていない。それでも隊員さんの一人を見殺しにしたのだけは、鮮明に記憶出来ていた。


 それなりに冷静さを取り戻したのは、お互い血塗れだからと、検問に備え付けられていた簡易シャワーを浴びたあたりからだろうか。血の匂いが消えて、ようやく落ち着いたのを覚えている。


 結局、都市結界内に辿り着くまではまともに歩くことも出来なくて、刀香には散々迷惑をかけてしまった。具体的に言うと、背負って運ばれたわけなのだけれど。


 思い返してみると、今更ながら恥ずかしさも湧いてくる。人前であんなに号泣したのなんて、いつぶりだろうか。生前で言うと、入院してからは、感情らしい感情もあまりなかった。


 慰められ方にしてもそうだし、少なくとも今日中は刀香の顔を正面から見れる自信がない。それに、任されたというのに、僕のやったことと言えば腰を抜かしてばかりで。


 それに、あの吸血鬼の狙いは間違いなく僕だった。もし僕が居なければあの二人……いや、三人は死ななくて済んだのではないかと、そう考えずにはいられない。


 思考の海に沈みかけていた僕は、横髪に触れられる感触で引き戻される。いつの間にか伏せていた顔を上げると、そのままフードが背中へ落ちる。


 隣に座っていた刀香が、少し目を細めてこちらを見ていた。気まずさから目を逸らそうとすると、突然こんなことを言われる。



「二人も犠牲が出たのは、私の責任です。隊を率いておきながら、敵の数を見誤り、罠にかかってまんまと引き剝がされました。予期できぬ不意打ちだったにしても、試験投入の上、私の指揮下にあった貴方に責任はありません」


「……違う。多分だけど、あの吸血鬼は僕を狙ってた。僕さえ、居なければ────」


「貴方は、勘違いをしています」



 僕の言葉を無理矢理遮って、刀香ははっきりとそう言った。驚いて、刀香の顔を見上げる。夜空のような瞳の中心に、僕の顔が映っていた。



「異分子殲滅隊は、全体の隊員数に対して、実働隊の割合が非常に少ないです。理由は言うまでもないですが、まあ、今日貴方が見てきたとおりです」



 何が言いたいかというとですね、と刀香が少し表情を緩めて言った。



「わざわざ貴族という恵まれた身分に生まれ、それでも実働隊の彼らは、自分の身を犠牲にして戦っているのです。市民や、仲間を守るために」



 ここまで聞いて、僕はようやく刀香が怒っているのだと気付いた。


 刀香がこちらに身体を乗り出してくる。僕はその爛々と輝く瞳から目が離せないまま、ただただ次の言葉を待った。



「貴方はまるで彼らを守らなければならない対象のように語りますが、それは彼らへの侮辱です。彼らは事情のあった貴方と違い、自分たちの意思で戦場に立ち、死ぬ覚悟で戦います。貴方のような半人前に、そんな風に思われるいわれはありません」


「でも、僕、みんなのこと見殺しにして」



 しかしそんな僕の吐露も、刀香はバッサリと切り捨てた。



「守られる対象が、見殺しなどとおこがましいと言っているのです。貴方の言いたいことも分かりますし、納得はできないかもしれませんが」



 そりゃあ、納得なんて出来ない。いくら言い繕っても、僕が保身のために彼らを見捨てたということは、変わらないのだ。


 僕の表情が変わらなかったからだろう。刀香は唇に手を当てて、少し考えるような素振りを見せると、一つ、僕に提案をした。



「ではせめて、彼らのことをちゃんと覚えておきなさい。それが一番の弔いです」


「……刀香は、目の前で死んだ人、全員覚えているの?」


「ええ。顔も、名前も、声も、絶対に忘れません」



 それはどれくらい難しくて、辛くて、厳しいことなのだろうか。守れなかった人から、自責の念から、絶対に逃げないなんてことは。


 でも刀香は、堂々とそう宣言した。眩しいくらい、未来を見据えて、意思を継いで、自分のできる全力を賭していた。いつも諦めて、妥協して、何も見えないように俯いている自分とは、正反対に感じた。


 再び泣き出しそうになってしまうのを堪えて、一抹の本音を喉の奥からひねり出した。



「刀香は、強いんだね」


「そうあらねば、何も守れないので……すみません。慰めるつもりだったのですが、傷心の貴方に、追い打ちをするようなことを」


「ううん…… 怒ってくれて、ありがと」



 刀香が怒ってくれなかったら、僕は今後もずっと勘違いをしたままだったろう。それじゃあきっと、誰も報われないだろうから。


 自責の念が薄れたわけでも、重い気が軽くなったわけでもないけれど、やるべきことが分かっただけで、なんとか次の一歩を踏み出せそうだった。



「っっっづ!」



 少し気が抜けた瞬間、ズキリ、と酷い頭痛が走った。身体が揺れて、思わず頭を抑える。平衡感覚を失った身体が倒れかけて、咄嗟に伸びてきた刀香の腕に助けられた。



「大丈夫ですか?多分、疲れでしょう。悪いですが、今回は緊急性の高い報告が多いので、この後も少し付き合ってもらいます。基地までまだありますから、少し休みなさい」


「そう、する」



 お言葉に甘えて、刀香の肩を貸してもらった。すると今までなんとか誤魔化していた疲れが一気に押し寄せてきて、頭がぼんやりしてくる。


 眠気も押し寄せてきたけれど、ここで寝てしまったら到着した時に起きれない気がして、なんとかそれだけは跳ねのけようと、瞬きを繰り返す。


 そう言えば、これから報告もするとなると、随分遅い時間に帰宅することになりそうだ。鈴にも一言、連絡を送っておかなければならない。


 ぎりぎり回る脳味噌の端っこで、なんとかそれだけは思いついた。

刀香の不器用な優しさが光る。ちなみに筆者は死んだ眼をしたヒロインが性癖

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