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錯乱

ぽたり、ぽたりと、吸血鬼の肉体を貫通した紅槍の穂先から血液が垂れる。


 少しの間、それを実行したのが自分だと気付けないくらい、衝動的な攻撃だった。相手にとっても意中の外だったようで、能面のようだった表情は、一面が困惑で埋まっている。


 濃厚な鮮血の匂いが、鼻先で爆発するように広がる。喉の奥から吐き気がこみあげてきて、鼻と口を抑えようとするけれど、ガスマスクに触れるだけだった。


 吸血鬼の身体が重力に引かれ落下し、途中で槍が支柱となり止まった。槍と、骨と、肉が軋んで、不気味な音を奏でつつ、それでも眼だけはこちらを見ていた。


 内出血で赤黒く染まった瞳が、僕を見ている。いつの間にか僕は、その場でへたり込んでしまっていた。


 そんな僕へ、一度は力を失い垂れ下がった吸血鬼の右腕が伸びてくる。血に濡れ、再び迫ってきたそれを、今度は呆然と眺めることしかできなかった。


 

「ぁ、ぁあ、そんな、に、まで、混ざってしまわれたのですね。です、が、だいじょうぶ、です。私が、取り除いて、差し上げますから」



 うわごとのような呟きが、耳にこびりついて離れない。そして伸びてきた手がついに、僕の首筋に触れる。



「ぁ、あああああ!」



 ぞわり、と脳内から得も言えぬ不快な音が聞こえて、全身に堪えがたい激痛が走った。


 それと同時に何か致命的なものが軋んで、壊れていくような感覚がする。しかし代わりに危機感からか、全身から抜け落ちていた力が戻ってきた。


 けれど既に、首裏は吸血鬼の剛力で掴まれている。身体を捩って引きはがそうとすると、いつの間にか伸びてきていた左腕が、僕の背中に回されていた。


 そこからも激痛が走って、視界が明暗して点滅しだす。痛みで動きが僅かに止まったその隙に、抱きかかえるように、僕の軽い身体が吸血鬼の方へ引き寄せられる。


 

「ひあっ」



 吸血鬼の、喘鳴混じりの吐息が耳に当たって身体が震える。なんとか引き剝がそうとがむしゃらに手足を振りかざすけれど、幾ら蹴っても殴っても、お構いなしに抱き寄せられる。


 そして、吸血鬼が口を開いた。尖った牙がありありと見えていて、これからされることを明確に想像してしまう。


 悲鳴を上げ、さらに力をこめるけれど、それでも鉄の像を蹴っているかのように、吸血鬼の身体は微動だにしない。そして、口がもう首筋に触れるか触れないかのところまで迫ってきて。


 僕は今から襲い掛かってくる感覚から逃れるように、硬く目を閉じた。














 けれど、なかなかその感覚は襲い掛かってこず、恐る恐る目を開くと。


 僕の目の前には、首から先を切り落とされて失った、吸血鬼の死体があった。







「随分と、手間がかかりますね貴方は」



 聞きなじみのある声に振り返ると、全身を返り血で濡らして、刀を抜き身で携えた刀香が、頬にかかった返り血を片手で拭っているところだった。


















「スカーレット、そろそろ大丈夫……ではなさそうですね」



 私が戻ってきたときには、どうやらもう手遅れだったらしい。そのことは、推察するまでもなく一目でわかることだった。


 倒れこんでいる01と03は、出血量からして明らかに手遅れだ。02の死体は無いが……吸血鬼の装備を見るに、最悪の想定は的中してしまったらしい。


 恐らく、不意を突かれたのだろう。でなければ、隊員二人掛かりで時間すら稼げないということはあり得ない。これを予防できなかったのは、敵の数を見誤ったリーダーの私の責任だ。


 地下には、もう一体の吸血鬼が待ち構えていた。特別強いというわけではなかったが、大量の異分子を引き連れており、少し時間を取られてしまった。


 だが、自責の念に囚われている暇はない。ここは直近の脅威を排除したとはいえ、決して安全地帯などではないのだ。二人もいた敵が、三人でない保証などない。遺体を持ち帰るにしても、周囲警戒を先に済ませなければ。


 けれど、私がそう思いつつもなかなか周辺警戒に移れないのは、私に縋りついてずっとぐずっている、この小さいのが原因だった。


 そもそも、緋彩が状況説明をしてくれないと何も始まらないのだけれど……見るに、かなりの錯乱状態にあるようで、さっきからいくら話しかけても、返答が来ない。


 相手していた吸血鬼は満身創痍で、緋彩は全くの無傷なのに私の助太刀が必要だったのも、これが原因なのだろう。いくら良い武器を持っていたとしても、振るえなければ意味はない。


 なにか呪いでも受けているのかと思えば、そうでもないですし。敵として対面した時は堂々としていたから、ここまでメンタルが弱いとは思いもしなかった。


 私は溜息をつくと、過去に同じような状態になった隊員を思い出しながら、出来るだけ優しい声で話しかけた。


 

「緋彩、落ち着いて、ゆっくり息を吸ってください。もう大丈夫ですから」



 しっかりと背中を支えて、心音が大きく聞こえるように胸に頭を抱え込むと、ゆっくりと後頭部を撫でる。緋彩は驚いたのか、びくりと身体を震わせたけれど、そのまま身体を委ねてきた。


 とんでもなく軽い。吸血鬼と言うのがそういうものなのか、単に細すぎるのかは知らないけれど、それに少し驚く。

 

 そんなことを思っていると、ずっと漏らしていた嗚咽も、だんだんと小さくなる。ひっそりと辺りを警戒しながら暫くそうしていると、ようやく落ち着いてきたようで、不規則だった呼吸も大人しくなった。



「落ち着きましたか?」



 そう聞いてみると、無言で抱き着く力を強められた。出来るだけ早く次の行動に移りたいのだけれど、どうやらまだ時間がかかるらしい。けれど、ちゃんと言葉を捉えられるようになったことは分かった。



「何があったのかだけ、教えてもらえますか?これで敵がいなくなったとは限りませんので」


「……きゅ、きゅうけつきが、02さんになってて、みんな、ころしちゃって、ぼく、まよったから、まにあわなかった。たすけられたのに」



 そこまで言い切ると、緋彩はまた泣き出してしまった。結局あまり要領を得なかったが、おそらく、02に化けていた吸血鬼に01と03が奇襲を受けたということで間違いはないだろう。


 そんな迂遠なことをしてまで襲撃したということは、狙いは私だったのだろうか?いや、あくまで私は、足止めをされたように感じる。


 そこまで考えて、私は思考を切り上げた。考察を重ねるにしても、緋彩とまともに会話にならないうちは、材料が足りない。集中力の無駄だろう。


 こういうことは帰ってから、青崎所長と考えればいい。今大切なのは、役に立たないこの泣き虫を引き連れて、都市結界内まで帰還することだ。

緋彩視点で書けないくらい錯乱していたので、途中から刀香視点。取り敢えずここで一区切りですね

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