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混迷

 ごとり、と首が落ちる音がした。


 断面からは黒い焔が飛沫をあげる。僕の中の覚えのない記憶が、吸血鬼の再生を妨げ滅ぼしたのだと、聞いてもいないのに教えてくれた。



「...........ぅぷ」



 瞬間、頭の中のスイッチが入れ替わるようにして僕は覚えのある僕になった。そして異様な肉の焼ける匂いと、精神を抉るグロテスクな光景にえづき、思わず口を塞ぐ。


 紅の剣はいつの間にか消え去っていた。ぐらついて涙が溢れそうな目を堪え、その場に腰を下ろす。ようやく騒がしい自分の心音が聞こえるくらい、落ち着いた。



「なんなんだ、もう......」



 近くで他人が話してるようで、気持ち悪い。独り言で愚痴ることすら、異様な現状を肯定してくる材料になる事に、苛立ちとか嫌悪とかがミックスして湧いてくる。


 自分が他人になる。自我を蝕まれる感覚は、とうに死を覚悟していた僕の精神を容赦なく抉り取れるほどに恐ろしい。手が勝手に動いた時の、脳裏の違和感をため息と共に吐き出した。



「どうしよう......そもそも、ここどこなんだ......スマホないから、時間も分からないし......」



 直面の危機は去ったが、当面どうすればの目当ては欠けらも無い。街を歩くにしても、服装はあまりにも派手で恥ずかしいなんてものじゃないが......ここに留まって解決することがひとつも無い。


 それにしても、喉が渇いた。暫くは路頭に迷う羽目になりそうだが、まずは飲み物を確保しよう。そんな僕の思考は、ひとつの声によって掻き消された。



「貴女......成程、吸血鬼は一体では無かったのですね」



 清廉、という言葉が正しいだろうか。そんな少女が声の主だった。


 月明かりを反射していそうなほど鮮やかな銀髪に、鋭い瞳。どこかの学生服だろうか?黒一色のセーラー服に身を包んでいる。しかしそんな服装の中で、構えられた抜き身の刀だけが異質に写った。


 一瞬、話せる人に出会えたと喜びが浮かんできた。しかしその気持ちは、明らかに此方へ敵意を向けているその姿勢によって打ち消される。



「吸血鬼......?違う!僕は人間で」


「血を操り剣を生み出しておいて、そのような言い訳が通じる訳ないでしょう。異分子殲滅隊の名において、貴女を排除します。苦しみたくなければ、抵抗しないことです」



 ゾッとするほど冷たい声でそう宣告される。冗談とは少しも思えないその言葉に、身体が勝手に後ずさる。


 異分子殲滅隊。僕が人間であるならば、余程の犯罪者にでもならない限りは、日常を守ってくれる頼もしい響き。でもこの少女はその名を名乗り、その上で僕を殺すと宣言してきた。


 命日ってだけでもとんでもない厄日だってのに、どんどん意味不明と悪夢が膨らんでいく。処理の追いつかない脳の片隅で現実逃避をしながら、少しづつ距離をとる。



「ぼ、僕もなんであんなことが出来たのか分かってないんだ!いつの間にかここに居て、病院に入院してて、意識が無くなって気付いたらここに」


「では貴女、名前は?」


「な、なまえ?」



 突然そんなことを聞いてくる少女。状況にそぐわないその質問に、しかし僕は。



 思い出せない。自分の名前程度が、どうしても。



「そ、それは......」




 なんで、名前ひとつ思い出せないんだ。


 そこで自分の中に、確信が生まれてしまった。幾ら現実逃避しようと逃れることの出来ない事実として......自分がもう、少なくとも人間ではあった自分では無くなったのだと。




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