外界
世界観重視回。なかなか展開が先に進まなくて申し訳ない久しぶり更新
身に着けている制服からは、刀香の香りがした。
と言ったら間違いなく怒られるので、黙っておくことにする。あれもこれも、過敏すぎる吸血鬼の身体が悪いのだ。本来なら、気付く余地もないほどだろうし。
鈴は僕を猫か何かだと勘違いしている縁があるけれど、青崎は多分、犬か何かだと勘違いしている。そんな対応がところどころ目につくが、あながち間違いでもないのかもしれないと思えてくる。
そこまで考えて、「あれ?」と声が出た。意識的に出したものではなかったけれど、先を歩いている刀香から「どうしましたか?」と言われ、僕は周囲を確認すると、小声で質問した。
「今日は外周捜査って言ってたけど……それって、都市結界を超えるってことだよね?僕、反応しちゃうと思うのだけれど」
「ああ、それですか。一般市民は知らないことでしょうが、都市結界というのは異分子だけを検知できるというような、そんな万能で便利なものではないのですよ」
「えーと、要するに、魔力のあるものなら全部感知しちゃうの?」
「正解です。だから隊員や貴族が結界を跨ぐときは、確実に連絡して通るか、一時的に結界を部分的に解除してもらいます。今回はもう関門に連絡が通っているので、開けてもらうことになります」
「……ちなみに、連絡せずに通ったらどうなるの?」
「そんな前例は聞いたことがありませんが……都市全体をひっくり返したような大騒ぎでしょうね。なにせその場合、完全に人に擬態できる異分子が入り込んだと思われるわけですし。犯人は見つかり次第、貴族だろうとも問答無用で首が飛ぶでしょうね」
そこまで言うと、刀香はいきなり僕の首根っこを掴んだ。首筋の冷たさに身体を竦めていると、少しからかうような口調で刀香は言った。
「皮肉なことに、そんな空想は実現したうえで、そもそも結界が役に立たなかったわけですが。ともかく、うっかり触れたりしないようにしてくださいね」
「さ、流石にそこまで抜けてない……と思う」
自信なさげにそう言った僕に刀香は苦笑すると、正面に視界を戻す。そこで「あ」と一言呟くと、ずっと肩にかけていたバックをごそごそと漁り、中身を一つ取り出した。
急に目の前に差し出されたそれを、反射的に受け取る。それなりに重量がある、見慣れないそれが最初は何かわからなかったが、くるくると回して全体像を見ると、察しがついた。
「ガスマスク?」
「ええ。一定数、異分子の悪臭を嫌う隊員が、そういうものを付けるのですよ。不信感無く顔を隠すには最適でしょう。あとはフードでも深く被っておきなさい」
それは何と言うか、特殊部隊が付けていそうな、ごつごつとした黒いガスマスクだった。鼻と口までを覆うハーフマスクタイプで、目や髪までは隠してくれない。刀香のフードを被っておきなさいというのは、それを補うためだろう。
試しに装着してみる。顔の後ろで留め具を付けると、それなりに良い物なのか、ピッタリと吸い付いて違和感なく装着できた。吸血鬼パワーのおかげで重量も特に気にはならず、呼吸も違和感なく行える。
上着の中に髪も仕舞って、フードも被ってみる。こちらもそこそこ重量感があって、勝手に脱げたりはそうそうしなさそうだった。
ただ鏡がないので、変なところがないかどうかが分からない。だから刀香の方を向いて、「どう!」と披露してみる。フードがずれて、視界が消えた。
……なかなか、返事が来ない。不格好だったかな、と心配になり出した瞬間、ぽんっ、とフードの上に何かがのっかった。そのままさすさすと、幾度か撫でられる。
「……あの?やっぱり、人のことを猫か何かだと思ってない?」
「……いえ、しかし、似合っていると思いますよ……ふふっ」
どうやら、声を押し殺して笑われていたらしい。なんでやねんと、自分の全体像を見下ろして、変なところがないのを確認し、最後にふと気づいてフードに手をやる。
なにか、途中で引っかかる感触があった。触るだけじゃそれの正体が掴めず、フードを 一旦脱いで、無理矢理顔の前に持ってくる。それでようやく、笑われた理由を完璧に理解できた。
「……なんで、猫耳が付いてるの?」
「……知りません……ふふ」
結論として、青崎のいたずらということで意見が一致した。遊び心のある方ですから、とか刀香は弁護していたが、やることが詰まっていたはずなのに、時間を捻出してやっていたことがこれかと思うと本当に……その……変な人だと思う。
しかもちゃんと畳んで隠せる仕様なところにこだわりを感じる。今後二度と広げられることはないだろう。
基地を出てからの移動は早かった。外には既に紺色の装甲車が待機していて、いつでも発車出来るように灰色の煙を上げていた。
運転席には男性隊員が一人座っていて、刀香の顔パスで後部座席に乗り込む。映画で見るような光景に、ドキドキとストレスが半々くらいでお腹の中を巡っていた。
第三者がいる場所で雑談をするのもはばかられるので、結界際に到着するまでの十数分はお互い無言だった。ぼーっと窓の外を伺っていると、段々都市の残骸が増えていく。
最終的にはもはや、残骸しかない光景に変貌した。罅割れた道路と建造物ばかりの中で、僕らの乗った装甲車が通る道と、到着した関門とやらだけがやたら綺麗で、酷く歪なコントラストを作り出していた。
それに、関門と言うからにはさぞかし大きな門があるのかと思っていたのだけれど、実際は警備員のような人達が数人駐屯しているだけの、コンクリート製の小屋だった。その奥にはもう、未開の大地が顔をのぞかせている。
「なんというか、思ってるより杜撰だね」
「……予算が下りないのですよ。いいから行きましょう」
刀香にしか聞こえないくらいの小声でささやくと、つっけんどんにそう返される。大人の事情、とやらなのだろうけれど、これでいいのだろうかとも感じる。
慣れた様子で関門の警備員へ向かう刀香に追従すると、周囲の視線が僕に集まるのが分かった。多分、刀香が隣に居なければ視線を集めるだけで済んでいないのだろう。
「聞かれたことだけ答えなさい」と、刀香が正面を見据えたままそう言った。僕もうなずいて返すと、警備員らしき人の中の一人がもう目と鼻の先だった。
「只今より出撃します。結界を開きなさい」
「承知しました、刀香様。それと、お連れの方が?」
「ええ、連絡した通り、本日より着任した実働隊員です」
「なるほど。失礼ですが、お名前を伺っても?」
刀香に視線で促される。なんとなく背筋をぐっと伸ばして、警備員さんの目……まではちょっとフードで見えないけれど、顎あたりを見て口を開いた。
「コードネーム、スカーレットです」
「所属は?」
「えっと、実働隊所長直轄、副隊長、です」
「ありがとうございます……登録完了しました。どうぞ、お通りください」
そう言い終わった後、警備員さんが取り出したタッチパネルを何度か触る。すると鈍い光を放っていた目の前の都市結界に、直径五メートルほどの穴が開いた。
僕がほえ~っとそれを見ていると、刀香が僕の背中をせっついて、とっとと向かいだす。締め出されたらたまらないと、僕も慌てて後を追った。
空気、が変わったような気がする。いや都市結界に空気を仕分けるような機能は無いから、本当に変わった気がするだけなのだけれど。
それでも空気が変わったと言いたくなるほど、ずっと町の中で暮らしていた僕からすれば、文明と自然の境界線は印象的だった。
この先にも人工物がないわけではないのは分かっているのだけれど、それでも、都市結界の内部の人たちが人口密度問題に苦言を呈する中、すぐ隣にはこんなにも広い草原が広がっているのには、なにか、歪なものを感じざるを得ない。
と言っても、僕が生まれる何百年も前から、この世界の構図は変わっていないのだが。
「今日の目標は、遺跡群の一つが、異分子の住処になっていないかの調査……つまり、簡単な任務に属します。ですが時間があまりないので、貴方の能力チェックを兼ねて───走りますよ」
「はい?」
物思いに更けていた僕の目の前から、刀香が消える。あとに残ったのは抉れた地面と、一陣の風と、凄まじい速度で飛び出していった刀香の残像だった。
「……ちょ、待ってよ!!!!!!」
慌てて僕も不慣れな怪力を振り回し、もう背中が小さくなり始めている刀香の後を追った。今日は一日、彼女の背中を追ってばかりだなと思いながら。
ぼーっと書いてたらいつの間にか緋彩の格好が性癖詰め合わせキットになってた。身に覚えがない




