信用
大切な説明回。最近感想が多くて助かっております主に命が
僕不在の話し合いの結果、どうやら新品が届くまで刀香が我慢することになったらしい。僕も色々と言いたいことはあったけど、心を無にして乗り切った。
だいぶ興奮していた刀香も落ち着いたみたいで、ようやく建設的な話し合いを始めることが出来そうだった。青崎がこほん、とわざとらしい咳ばらいを入れる。
「次の話だが……一つ目は、この組織の細かい規則などについてだな。これについては纏めてある冊子があるから、一応目を通しておけ。尤もこの組織での君の繋がりはここに居るメンバーだけだろうから、あまり必要はないだろうが、念のためだ。マナーだとかは載っていないが……そこまで気にすることもないだろう」
ぽんっと、本とも言えない程度のサイズのそれを渡された。これはあとで端までしっかり目を通すとして、バックに丁重にしまう。
「二つ目は、これからの連絡手段についてだ。私が渡したその連絡機は、君の分が届くまで持っていろ。大事な連絡はこれからもそちらでするが……集合場所の指定などの簡単な話は、スマホで良いだろう。あとで連絡先を渡すから、登録しておくように」
それについても、こそこそしなければいけない理由が減る分気が楽だから、こっちとしても願ったり叶ったりだ。
「三つ目は、君のこれからの身の振り方についてだ。これは刀香用にもう一度言うが、これから組織に居る間は『スカーレット』と名乗れ。所属は『実働隊所長直轄副隊長』となる。なにせ部下は、二人しか居ないのでな。そして外で活動する際は、顔を隠す様に。これはまぁ、お互いのためだな」
……所属初日にして大層な肩書がついてしまったけれど、それは多分今更なのだろう。他も当然のことだから、ふんふんと頷きながら聞く。
「四つ目は……君についての質問だな。正直言って、人類側が吸血鬼側に関して知っていることはあまりにも少ないし、そこについても掘り下げたいところだが……まず聞きたいのは、お互いの認識の擦り合わせだ」
「……というと?」
「簡単な話だ。私たちにとっての吸血鬼と言うのは、外部からの侵略者だというのは知っているだろう?だが君のしてきた要求は、平穏に人らしく暮らしたいというものだった。人間らしく、という部分はともかく、平穏に暮らしたいのであれば……そんなものがあるのかは予想でしかないが、吸血鬼の集落で暮らしていればいい。少なくとも、敵対している種族の渦中に飛び込んでくる理由は無いだろう?」
───それは、とてつもなく当然の指摘だった。そしてこちらの要求を、嘘八百だと決めつけているわけでもない証明で、0か1か程度の違いではあるだろうけれど、信用を感じる内容だった。
ならここが、あの転生について話す最適の場だと思う。信じてもらえなかったとしたら、得た信用を失うことにはなるけれど、致命的な亀裂にはならないはず。何よりこの状況が既に、運命共同体なわけだし。
どのみちここで適当な嘘をついたところで、僕は吸血鬼の能力についての知識はあれど、吸血鬼としての記憶があるわけではないのだ。貫きとおすことはできないだろう。いつか矛盾が生まれる。
ぺちっ、と自分の頬を叩いた。勝算は、幾らかある。僕は腹を決めると、「実は……」と言って、今に至るまでの説明を始めた。
「人が吸血鬼に、か……」
僕の突拍子もない話は、最後まで遮られることなく続けられた。それを聞いた両者の反応は、正反対と言うべきものだったけれど。
青崎は最後まで姿勢を崩さずに聞き続けると、顎に手を当てて思案し始めた。刀香は途中から……というかほぼ最初から、呆れ顔で僕の話を聞いていた。
「貴女、まだそんなこと言ってたんですか……」
「桐生家と言ったら確か、紫原の分家だろう。そこには一人、病弱なせいで次代当主を務められないからと、紫原から養子という形で引き渡された、紫原家の令息が居た筈だ。名前も、数日前に死んだというのも一致しているな」
「ですが、それだけでは信じるに値しないでしょう」
「それもそうだが、筋は通っている。結界に反応がなかったのは、内部で生まれたから。凶暴性が薄いのも、刀香を眷属化させなかったのも、人らしく暮らしたいという要求も、人間についてやたら詳しいのにも、説明が付く」
「……ですね」
青崎はどうやら、信じてくれるらしい。説明を受けた刀香は半信半疑と言った様子ではあるけれど、納得はしてくれたみたいで、安堵から、肩の力が抜けた。
心做しか、刀香からの厳しい視線も和らいだように感じる。しかし思い出したかのように追加された言葉に、僕はまたしても嫌な汗をかかざるを得なくなった。
「ところで『スカーレット』、こんなことをわざわざ聞くのも変だが……君は女性だろう?」
「……あ」
全身がわなわな震えだす。信じてもらえるように話すのに必死で、そこが抜けていた。今更気づいたけれど、これはもしかして、とんでもなく恥ずかしいのでは。
鏡を見なくても分かるくらいどんどん頬が赤くなっていく。一瞬で茹でだこのようになった僕に、追撃で核心を突いた言葉が向けられた。
「だが、さっきも言った通り『桐生×××』は令息……つまり男性な訳だが」
「確かに。それにしては随分、可愛らしいことになっていますね」
無意識なのだろう、澄ました顔でそんなことを宣う刀香に、ぐさりと止めを刺された気分だった。出来るだけこのことは深く考えないようにしていただけに、猶更。
言い訳はちょっと違うけど、何か言わなきゃとも思った。けれどなにを言えばいいのか分からず、一切の言葉が喉につっかえて出てこない。
せめて顔は見られまいと、身体を震わせたまま、苦し紛れに床との睨めっこが始まった。そんな僕をよそに、二人は同じ調子で話の続きを始める。
「ああ、だから同性の血を吸うのか。そう考えると、吸血鬼の捕食対象は好みの問題であって、吸血できないわけではないんだな」
「……なんだか複雑な気分ですが、男性に吸われるよりはマシだったと思っておきます」
「しかし困ったな。そうなると、君から吸血鬼の情報はあまり得られないことになるのか……ところで、床に面白い物でも見つけたのか?そこの赤いの」
「ひぃ!?」
こちらをそっちのけで話し込んでいたのを良いことに石像に化けていた僕へ、意地の悪そうな青崎の声が、不意打ちで飛んでくる。
尚も顔を上げようとしない僕を見かねたのか、ガタッと音が鳴ったかと思うと、二本の腕が僕の頬のところまで伸びてきていた。挟み込むように掴まれ、無理矢理顔をあげさせられる。
青崎の無駄に綺麗な蒼眼に、真っ赤な僕が反射して写っていた。唇の端を親指でなぞられて、再び短く悲鳴を上げる。青崎の口が、これ見よがしに歪んだ。
「なんだかやましいことでもありそうな様子だな?もしかして、あの同棲している人間が原因か?血は、彼女から貰っているんだろう?」
「り、鈴は僕が吸血鬼ってことも知らないし、勝手にそういうこともしてない!」
「おや、ではどうやってあんな短い期間で、同棲まで漕ぎつけることが出来たんだ?」
「……ゆ、誘拐されて、流れで……」
「「………………」」
二人の沈黙が痛い。そりゃあ冗談みたいな話かもしれないけど、事実なのだからとやかく言われても困る。異分子殲滅隊からしたら、吸血鬼が人間に襲われるとか、そりゃあもう笑える話だと思うけれども!
やけくそ気味にそう叫びたくなるのを必死に我慢していると、青崎も流石に不憫に感じたのか、バツが悪そうに手を放して、他の話題を出してきた。
「……まあ、箱入り息子だものな。そういうことだってあるさ。それよりも、その鈴という女性から血を貰っていないのなら、どうやって血を確保しているんだ?」
「す、吸ってない」
「それはいただけないな。任務の最中に、空腹で倒れられても困る。躊躇している理由は察するが、早めに自分の心情と折り合いを付けておけよ?」
ぐうの音も出ない正論だった。そう、僕は一度衝動に駆られて刀香に吸血をしているが、それ以降、吸血と言う行為を人間的な倫理観からか忌避していた。
今のところ、あの時のような喉を焼く焦燥感を感じることは一切ないけれど、それが時間の問題であることも知っている。いつか、そう遠くはない未来、このスタンスは崩さなければならないのだ。
「それに早速、今から二人で外周捜査に出てもらうことになるんだからな」
「……え?」
その未来を想像して憂鬱になりそうな僕へ、青崎はまたしても、一切相談されなかった爆弾を放り込むのであった。
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