忠犬
刀香あんど青崎サイド。筆休めついでの閑話です。短め
異分子殲滅隊最年少の天才こと『刀香』は、現在進行形でふてくされていた。
隣には珍しく本気で狼狽している、異分子殲滅隊東京区画所長こと青崎。原因は言わずもがな、かの紅い吸血鬼についてである。
刀香にはそれはそれは大きな自負があった。自分が、自分の中で一番尊敬している人物である青崎所長の、信頼されている右腕であるということだ。
そしてその名に恥じぬ獅子奮迅の活躍は、異分子殲滅隊の中で畏怖と尊敬を込めた逸話が語り継がれ、付いたあだ名がヴァルキリー。
だが、今回の一連の事件に関していえばどうだろうか。
逃走する吸血鬼に消耗を強いられたあとの連戦とは言え、圧倒的な地力の差を見せつけられ敗北。復讐を誓った瞬間に命じられたのは汚名返上も出来ない待機指令。
挙句に何を考えたのか、肝心の復讐対象である紅の吸血鬼と次に遭遇した時は、討伐ではなく、尾行して住処を特定して来いと言われた。この時点で、刀香の理解の範疇外だった。
そして問題はその後である。自分のことを右腕とまで言ってくれた青崎所長が、あの危険な吸血鬼の元に単独で交渉に赴くなどと言い出したのだ。
これには忠誠心の塊である刀香も、流石に我慢の限界だった。普段は不平不満を言いつつも『命令』だけは破らなかった刀香が、命令違反を犯してしまうくらいには。
結局その交渉に関しても、異分子を仲間に引き入れるという意味不明な結果に収まった。と言うことはつまり、あの吸血鬼は刀香の同僚になるわけで。
自分はそれほどまでに信頼できないのかと、刀香が傷付いてしまうのは当然の結果だった。そんな具合で、冒頭の出来事に戻る。
そういうわけで拗ねた刀香は、とても典型的な行動に出た。具体的に言うと、口を利かなくなったのである。
それはもう、徹底した無視だった。青崎が何を言っても無視。誠心誠意の謝罪の言葉すら全く刺さらないらしく、目もかたくなに合わせようとしなかった。
膝に乗せようとすると暴れる。頭を撫でようとするとはたかれる。甘いものを与えようとすると奪われる。いつもツンツンした言葉遣いとはいえ懐っこい刀香のこの態度に、青崎はどうしていいかが分からなかった。
しかし、時間がたてば人は冷静になってくる。段々とギスギスした態度は鳴りを潜め始め、代わりに落ち込んだような、しゅんとした態度に変化していった。
「私は、それほどまでに頼りないですか……?」
長い沈黙を経て、刀香はぽつりとそんな言葉を漏らした。青崎は滅多に感じることのない罪悪感に「うっ」と喉を鳴らすと、慌てて返事をする。
「そんなことは無い。お前にはいつも助けられているよ」
「ですが所長は、私なんかよりあんなぽっと出の吸血鬼の方が良いんでしょう?」
「そんなわけないだろう。彼女は、私の『目的』に大きく貢献する可能性があるという、それだけだ」
「その『目的』にしても、所長は私には何も話してくれないじゃないですか」
図星だった。青崎は直接自分で命令を下す部下が刀香くらいしかいない程、慎重と言うか、秘密主義者であった。そのおかげで、組織には知られることなく、緋彩に接触できたという側面もあるのだが。
けれど、青崎だって意味もなく秘密を作っているわけではない。いくら刀香がそれでへそを曲げているとはいえ、その態勢を崩すわけにはいかない。
だからこそ、普段刀香の機嫌を取れる方法を全て跳ねのけられている現状では、とれる有効的な手段がなかった。しいて言うなら、甘いものだろうか。
現に今も、苦し紛れにポケットから取り出した飴は人外的な速度で青崎の手の中から消えていたし。
「どうにか、機嫌を直してくれないか?緋彩とも、それなりに長い付き合いにはなる。ずっとその調子でいられると、その、困る」
あまりにも不器用な青崎の物言いに、刀香はむすっとしかけて、思い留まる。所長がこういう利益度外視の話し合いの時にやたら不器用になるのは、刀香も知っていることだったからだ。
「……所長にとって、『目的』と言うのは、そんなに大切なことなのですか?」
突然変わった話題に、青崎は驚いて、少し沈黙する。そして軽くため息を付くと、まっすぐ刀香の方を見ながら言った。
「ああ、大切だ。場合によっては、私の命を賭しても後悔がないほどにはな」
刀香は、身体を椅子ごと回転させて青崎と目を合わせる。その返答は、些か刀香にとって不本意なものだった。半分睨みつけるように、言う。
「私は、あの日青崎所長に拾って頂いた日からずっと、青崎所長のモノです。どうか、ご自身の命を賭ける前に、私の命を賭けてください」
言っているうちに、無意識に立ち上がっていた刀香の目を、青崎は少し高い位置から眺める。無言の時間が、やけに長く感じられた。
やがて青崎がため息をひとつ吐くと、刀香の肩を押して再び椅子に座らせる。睨みつけるような威圧が、段々弱弱しい、懇願に似た色を見せ始めたから。
そこまでされて、駄目だと一息で無下に出来るほど青崎は冷徹になれなかった。そんな自分に呆れながら、自身も椅子に座ると言った。
「分かった。もうこんな無茶は出来る限り避けると誓おう。約束だ」
ぱっと刀香の表情が明るくなる。飛びかかるように青崎の目の前まで移動すると、膝をべしべしと叩いた。
「絶対ですからね。破ったら許しませんよ!」
「分かった。分かったからそのよくわからない暴力をやめてくれ」
多分次も閑話になりそうかな?最近は感想もブクマも評価も沢山いただけて、筆者はホクホク笑顔です。いつもご愛読頂きありがとうございます




