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約束

難産。その分長めだよ

「…………」



 ぎぃ、と僅かに軋む音を立てながら、マンションの扉を開ける。


 中の電灯がまだついていないことに安堵すると、出来た隙間に身体を滑り込ませるようにして中に入った。念のため、音もたてないように。


 靴を脱いでリビングに上がると、時計に目を向ける。随分と長い時間話し込んでしまったようで、時計の針はもう早朝と言っても差し支えないような時間を指していた。


 とは言ってもまだ日も登らないような時間帯で、鈴が起きていないのも当然と言えるだろう。それでも、外出がばれていないかどうか恐々としていたけれど。

 

 朝食作りを再開しようかとも思ったけれど、精神的負担がどっと押し寄せてきて、ソファーに仰向けで倒れこんでしまった。喉から腐死体のような呻きが漏れる。


 がさ、とポケットの中のものが衝撃で揺れて、そこに突っ込んでいたものを思い出す。手だけを動かして掴むと、なんとなく目の前まで持ってきた。



「……すごいことになっちゃったな」



 それはタバコのケースだった。詳しいわけじゃないけれど、見たことのあるような、ないようなパッケージ。そういえばライターも持っていることを思い出して、顔をしかめる。


 僕は決して喫煙者ではない。というかそもそも内臓関係が弱かった僕の周りでタバコを吸うような無神経な奴が居なかったのもあり、匂いすら殆ど嗅いだことがないほどだ。


 じゃあなんでこんなものを持っているのかと言うと、あの後青崎に押し付けられたからだ。と言っても、これを吸えといって渡してきたわけじゃない、そうだったら突き返してるし。


 ぱかっとその箱を開いてみると、本物のタバコが幾つか入っていて、それに隠れるように魔導具の機構が仕込まれているのが見えた。青崎によれば、これはトランシーバーのようなモノらしい。


 異分子殲滅隊の間でだけ繋がる通信機器。外部に流出するのを防ぐため、一般人の扱えない魔導具かつ外見さえも所持する隊員に合わせてカモフラージュされていると言っていた。


 つまり、次に密談するときはこれで連絡するとのことで、自分の予備を僕に渡してきたのだ。と言っても、すぐに必要な準備は済ませると言っていたが。


 それに、僕が異分子殲滅隊で時間を取られて家を空けるときの、鈴への説明も必要と言ったら、二つ返事で協力を約束してくれた。口裏を合わせるための準備もしてくれるらしい。


 僕が気にするようなことでもないと思うが、睡眠時間とか取れているのだろうか。こちらと違って、ちゃんと睡眠が必要な肉体だろうに。まあ、急用に追われた重役と言うのは往々にして無理をしなくてはならないものなのかもしれない。


 僕も、他人事ではないし。異分子殲滅隊と言えば世界のヒーローで、どんな子供だって一度は入りたいと夢想するほどの憧れの存在だけれど、まさかこんな形でその続きを見ることになるとは。


 最も、望んでの入隊ではないのだけれど。少なくともこれからは人間としての自分と、吸血鬼としての自分とで二重生活を強いられるのだ。ストレスフリー、とはいかないだろう。


 きゅっと目を閉じる。自分の『先』のことについて考えるのには慣れていない。医師に余命宣告されたのは、どれくらい前だったろうか。


 なんというか、雑な生き方しか出来ないんだ。どうしたって。結局、なるようにしかならないのだろう。


 ……こうしてると二度寝してしまいそうだった。僕は諦念に溜息をつくと、思考を切り上げてキッチンに向かった。













 


「緋彩、おはよ」


「おはよ。いいタイミングだよ」

 


 そう言いながら僕は、テーブルに朝食の最後の一皿を置いた。無心で作っていたらそこそこの量になってしまったけれど、軽い物ばかりだしまぁどうにかなるだろう。


 顔を上げる。ちょっとだけ寝惚けてそうな鈴がのそのそと、正面の椅子に座るところだった。うぅ~と唸り声をあげているところを見るに、寝起きはあまりよろしくなかったらしい。


 珈琲と紅茶どっちにする?と聞くと即答で「珈琲」と返ってくる。そんな気がしていたのでテキパキとカップを二つ出すと、両方に珈琲を注いで、砂糖入れと一緒にテーブルへ運んだ。


 僕も席に着く。律儀にそれを待ってくれていたらしい鈴が、それを見てから「頂きます」と言った。それを聞いて僕も、同じように「頂きます」と言った。


 

「朝ご飯ありがとうね。私、朝は適当になりがちだから助かるな」


「……あ、棚のカロリーメイトはそういう」


「そうそう。あとはコンビニのおにぎりとかね」



 鈴から一人暮らしらしい話が出てきたのは初めてではないだろうか。しれっと置いてあるモンエナ然り、生活習慣とかも場合によっては雑なのかもしれない。


 魔導具の会社にも、繁盛期とかあるのだろうか。たとえば、春先は異分子が湧きやすくなるとか。そんな話は全くもって聞いたことがないのだけれど。


 

「そういえば、早速今日から緋彩に実験手伝ってもらうってさ。と言っても暇だと思うけど……多分、朝一でちょっとお仕事してその後はいつものマスコット係」


「いつの間にかマスコットも職務に加わってる……」


「職務効率アップは見過ごせないメリットだわ」



 ご飯を口に運びながら、真剣な顔でそんなことをいう鈴。どこまで本気で言っているのかは知らないけど、褒められているのだろう。多分。




 他愛のない会話の応酬を繰り返していると、いつの間にか目の前の料理の数々は全部平らげてしまった。無意識にぺろり、と唇を舐める。


 鈴も同じくらいに食べ終わったようで、二人揃って手を合わせる。鈴からは今日も美味しかったとのお言葉をいただいた。まあその、作り甲斐がある。


 お皿もちゃちゃっと片付けてしまい、まだ時間はあるけれど身支度を始めることになった。鈴は自分の髪をぱぱっと整えてしまうと、もうさっぱり眠気は飛んだようで、僕を上機嫌に呼び寄せた。


 右手に持っているのは新品のヘアブラシ。僕もすでに心得たもので、鈴の元まで駆けていくとその膝の上に座る。阿吽の呼吸で僕の髪は梳かれ始めた。


 ……少し、深呼吸をする。実はこれから、鈴に嘘をつかなくてはならない。その文言を考えるだけの時間はあったのだけれど、いざ言うとなるとやっぱり緊張した。



「鈴……実はその、僕は貴族出身と言っても分家で、面倒を見てくれてたのは両親じゃなくて親戚の人なんだ」


「へぇ、そうなんだ……貴族の人達って、よく分からないなぁ」


「それでさ、今日の早朝に、その親戚の人から連絡が来た」



 ぴたり、と鈴の手が止まる。僕の心も、チクリと痛んだ。だから矢継ぎ早に、次の言葉を口に出す。



「でも帰って来いとは言われなくて、僕が今どうしているのかとかは聞かれなくて、ただ、僕が顔を出さなきゃいけない用事とかはやっぱりあるから、少し一人で外出することになるかもぉ!?」



 しどろもどろになりながらも全部を言い切った直後、ぎゅうっと思いっきり後ろから抱き着かれた。収めたばかりの朝食と肺が圧迫されて、言葉の最後が悲鳴に変わる。


 身長差の関係ですっぽりと全身が覆われて、身動きが取れなくなる。後頭部に頬をすり寄せられているようで、呼吸音が凄く近くから聞こえた。


 突然の蛮行にドギマギする。その状態のまま何も言わずに、鈴は暫く僕を抱き寄せ続けた。僕も何も言えなくて、自分の心音だけがとてもうるさく感じる。


 あーとかうーとか、鈴が何か言おうとして踏みとどまる。そんなことを数回繰り返した後に、消え入りそうなくらい小さな声で、僕の耳に囁いた。



「緋彩はまだ、この家に居たい……?」



 その声があまりにも弱弱しくて、胸がきゅっと締め付けられた。それは多分、最初にこの家に来た時の「ここに居させてください」という僕の言葉を思い出しての質問だったのだと思う。


 勿論、その時と僕の気持ちは変わっていない。だからとにかく安心させてあげなきゃと思って、出来るだけ、優しい声で僕は返事した。



「大丈夫だよ、いなくなったりしないから。僕、この家好きだよ」


「本当?嘘言って、いきなりいなくなったりしない……?」


「うん。ちゃんと、帰ってくるから。約束」



 精一杯腕を伸ばして、鈴がいつもしてくれるみたいに、頭を撫でてあげた。ふわふわした感触が伝わってくる。人に甘えさせてあげるのは初めてだから、なんだか不思議な感じがした。


 そんな僕の不器用な手を、鈴は少しの間、静かに受け入れてくれた。

いつだかあとがきで言った、みんなの弱い部分を見せていきたいってたやつ。この後は閑話をいくつか挟んでから新章に移ろうかなと

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― 新着の感想 ―
アルバイトの話どうなるんやろとか思ってたけど綺麗にまとめられててよかった。今後鈴に吸血鬼カミングアウトする時が来たりするのかな…?
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