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咆哮

ぐろちゅういほう

 状況が理解できず、立ち尽くす民衆たち。


 僕たち二人も例にもれず、思考がフリーズしてしまっていた。突如出現したあの怪物は、それほどまでに非現実で異質な───まさに異分子だった。


 しかしそれも束の間。すぐに脳が再起動してからまず、逃げなくてはと思った。だがそれに横やりを指すように、自分のものではない記憶がささやく。


 曰く───あれは、僕にとって脅威になりえるほどの存在ではないらしい。確信めいた自分に、自分で驚愕するが、間違いない知識だというのもまた確信していた。


 そして、気付く。はたしてあの怪物は、ビル一つ崩したくらいで満足するだろうか。今こそ叫んでいるだけだが、最初にしたように、再び破壊を始めるのは目に見えてる。


 つまり、今しがた僕が出た鈴の職場はどうなるのだろうか。それに、ここから鈴の自宅は大して離れた場所にはない。あの怪物の魔の手がそっちまで及ばない保証がどこにあるのだろうか。


 

「緋彩、早く逃げるよ!」



 悲痛な叫びが横から聞こえる。でも鈴には悪いけれど、僕の考えはその時点で既に固まっていた。


 僕は鈴の方に振り返る。ここで「先に行って」なんて言っても、鈴が聞いてくれないことは分かっていた。だから、ちょっと卑怯な真似を使わせてもらう。


 鈴の顔を両手で挟み込む。突然のことに「うぇえ!?」と奇声を上げるのを無視して、しっかりその目を見据えた。念のため、息が届くくらいまで顔を近づける。



「ちょ、ちょっと緋彩、今はそういう場合じゃ────」


「ごめん!!!『魅了』」



 体中の魔力が蠢く感覚を頼りに、それを目にかき集める。心の中で詠唱して発動させたその魔術は、頭の中の知らない記憶の中からピックアップしておいた、僕の切り札の一つだ。


 効果は単純。目を合わせた相手を催眠状態に陥らせて、魔術を維持する限りは言いなりに出来る。中途の記憶なども偽装できたりと、正直やりたい放題だ。


 その分、コスパも悪い。今のところ自分の魔力には底が見えないのが現状だが、使えば使うほどなにか、頭の中で変な感触がするのだ。あれは嫌な予感がするから、出来るだけ避けたい。



「鈴は気を付けて、先に家に帰ってて。僕もすぐ行くから」



 そう言うと、鈴が虚ろな目で頷いて帰路を辿り始めた。ちくりと胸が痛むのをこらえてそれを見届けると、ひっきりなしに轟音が鳴り響いている方へ向き直る。


 魔術の気配を感じたからだろうか、遠目にあの怪物と目が合った。暗く濁った、凶悪な風貌。だけれどもう、恐ろしいとは思わなかった。
















 吸血鬼の身体能力に物を言わせて、怪物を中心として起こった人の波を避ける。具体的に言うと建造物の屋根上へ飛び乗り、そのままいくつもの屋根を経由して怪物の元へ向かっていった。


 足元から聞こえる怒号や悲鳴がやけに耳を付く。近づけば近づくほど、血と何かが燃える匂いが強くなっていく。むせかえるようなそれらを、一回頭から締め出した。


 ふと、戦う姿を誰かに見られたら不味いと気付く。走りながら少し考えて、昨夜の屋上での戦闘で剣を作ったことを思い出した。それと同じように、今度は仮面を作る。



「従え」



 短くそう発し魔術を成立させると、顔が紅の仮面に覆われるのを感じた。そして……非常に、非常に不本意ではあるのだけれど、意識が戻った時の、あの赤いドレスも作り出す。


 僕が元から着ていた服が鈍く光り、見覚えのあるあのドレスに変化した。周りの熱気とは別の要因で頬に熱がこもるが、今はそれにかまっている場合じゃない。


 そして、怪物がすぐ目の前に迫る。律儀に最初の場所で待ち構えていたらしいそいつは、こちらを見据え、唸り声をあげながら腕を背後へ振り絞った。どうやら、迎え撃つつもりらしい。


 僕もいくつか、攻撃の手段を頭の中に浮かべる。しかし、取り敢えずはそれらを全て却下した。代わりに、僕も目の前の怪物に倣うことにする。


 小細工なんていらない。図体は確かにでかいが、所詮格下なのだと分かっている。なら、わざわざ魔力を使ってやるまでもない。


 拳を握る。人を本気で殴ったことなど一度もないが、護身術を仕込まれたことならある。怪物のリーチ一歩手前まで距離を詰めてから───強く、踏み込んだ。



ガアアアアアアアアアアアアア!



 背後でコンクリートが砕ける音がして、相手が反応するよりも早く、僕の細腕が目前の巨体に突き立てられた。くの字に折れ曲がり、一拍置いて背後にぶっ飛ばす。


 明らかな悲鳴を上げつつ仰向けに倒れこむ怪物。隙だらけなその図体に飛び乗り、顔面まで駆け上がった。そして身体を起こす前に、鼻っ面へ拳を振り下ろす。


 ごしゃあああ!と鈍い音がして、顔面がへこみ、左右の馬鹿デカい眼球が赤色に染まった。ぶふう、と鼻から血流が飛び出ているが、それでも動き出そうと身体を震わせる。



「とっとと死ね」



 これに人語が分かるとは思えないけれど、こいつの獣臭さしかり、鈴に催眠をかけなければならなかったことしかり、湧き上がってくる鬱憤が抑えきれなかった。



 拳を振り下ろす。頭蓋が割れる音がした。


 拳を振り下ろす。頭蓋が砕ける音がした。


 拳を振り下ろす。湿った潰れる音がした。


 拳を振り下ろす。顔面の中心に空洞ができて、鮮血やその他諸々が噴出した。



 陶酔する。脳の底から湧き出してくる闘争本能が、吸血鬼の性が、蹂躙し、血液に染まる快感に染まっていく。


 この化け物の血は臭くて食えたもんじゃないから、全部コンクリートに吸わせてやる。代わりに、都合の良いサンドバックはどんどん平たくなっていく。








 拳が、コンクリートをぶっ叩いた。明らかに異質な衝撃に、理性が戻ってくる。真っ赤に染まった視界には、顔面の中心にトンネルが出来た怪物の死骸が映っていた。

 

 ひしゃげた内臓が、グロテスクにアラームの光を反射していた。喉の奥からこみあげてきたものを、ぎりぎりで押し留め、なんとか立ち上がる。


 身体がふらついた。誰も支えてくれないのに、寂しさを感じる。さっきまではすぐそばに、支えてくれる人がいたからだろうか。


 帰ろう。身体の汚れは幸いなことに、全部血液だ。それなら血を操れる僕にとって、埃をはたいて落とすのと同じ様に綺麗に出来る。あとは、道に迷わなければいいけれど。



「……え?」



 完全に気を抜いていた。思わず、そんな声が出る。帰り道に向けくるりと半回転したら、その視界の先に、一人の少女が立っていたのだ。


 当然だがもうこの辺りに人気は無い。もしかして、逃げ遅れたうちの一人なのではないかと考えたけれど、それはすぐ、勘違いだと気付く。


 それは、その少女が右手に不似合いな───鈍く光る刀を携えていたから。目は爛々と輝いていて、明確な殺意を持って僕を見据えていた。


 そして、その顔には見覚えがあった。というか、忘れられるはずもない。時間も、つい先日のことだ。今更脳内で警鐘がなり始める。冷や汗が背筋を伝った。



「───紅の、吸血鬼!!!!!」



 刀香が怒りに顔を染め、そう吠えた。

てつやでふらふらしてたらいつのまにかかきあがってた

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