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事故

執筆が遅い。僕はとにかく執筆が遅い。

「んで、緋彩はウチが何してる会社だとかちゃんと聞いてんの?」


「あー……そういえばまだ詳しくは教えてなかったわね」


「一応、魔導具を開発してる会社とだけ聞いてます」



 返答を聞いた茶色の方こと渚さんが、見るからに呆れた顔で鈴を見る。でも慣れているのか、それを向けられた当の本人はどこ吹く風だ。この人が社長で大丈夫なのかと、今更疑問が浮かぶ。


 とはいっても、今思い返せば、このことに関しては僕から聞いておけばよかったとも思う。それに気付いて流れ弾の気まずさを感じながら、密かに心の中で反省した。


 すると、眼鏡の人こと千早さんが、自分の机の上に並んでいる幾つかの機械のうち、一つを片手で掴んでこちらに見えるよう掲げた。



「ほら、これがここで作ってる魔導具。といっても、あんまり魔導具らしくないけどね」



 確かにその魔道具はぱっと見日用品のような形状をしていた。近いものでいえば、ライターだろうか。魔導具とは本来、異分子殲滅隊が用いる武器だから、こういう外見のモノは珍しい。というかそもそも……。



「見たことない、ですね。こういうタイプは」


「だろうよ。なんたって、こいつは武器じゃないからな」


「武器じゃない……となると、これは?」


「実は、魔力を殆ど持っていない一般人でも使えるくらい、変換効率の良い魔導具を開発してるの。まーまだ課題は山積みなんだけどね」


「そいつは見ての通り、ライターってわけだ。今はそんくらいのちっぽけな火が限界だが、理論上スマホ程度の電気消費量ならほとんど自前の魔力で補えるようになるんだぞ」


「ふぇ~……」



 渚さんが見るからに自慢げな表情で胸を張る。僕はその胸を張るのに十二分な凄い話に、気の抜けた返事をしてしまった。


 魔導具に詳しいわけじゃない僕ですら、実現したとしたら凄まじい技術革新だと分かるほどの目標なのに、もう技術の基礎は出来上がっているらしい。本当に、魔法みたいな話だ。


 魔術の日用品化なんて、創作物の中だけの話だと思っていた。しかし目の前に存在していると知って、感動がこみあげてくる。それが顔に出ていたのか分からないけど、千早さんがにこにこで言った。



「緋彩ちゃん、使ってみる?」


「え、良いんですか……?」


「良いもなにも、減るものじゃないよ」



 そう言いながら僕の目の前まで歩いてくると、ライター型の魔導具をぽんっと渡された。思わずビシっと背筋を伸ばしてしまう。金属製だろうか、ひんやりと冷たい。



「使い方は普通のライターの操作感と変わらないようにしてある。側面のボタンが安全装置で、押しながら着火したら魔力操作を魔導具側で勝手にしてくれる」



 手のひらの上のライター型魔導具を、指差ししながらそう説明される。ドキドキしながらぱかっと蓋を開けてみると、そこも普通のライターとさして変わらない機構だった。


 タバコとは縁のない僕だけれど、テレビとかで見た着火の仕方は覚えていた。火を扱うわけだから一応みんなから数歩離れて、フリントに指を掛け──────



 ぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!!!!!!



 ……目の前で、爆発音と遜色ないような爆音が鳴り響き、目の前が炎の赤色で埋まった。


 超人的な反射神経のおかげで前髪を焼かれることはなかったけれど、自分の持っているライターから出た、ライターに似つかわしくない爆炎に、呆然とする。


 周りも起こっていることに理解が追い付かないようで、唖然とした顔でみんなこちらを見ていた。そこで初めて、僕は自分の間抜けさに気づく。


 魔力を殆ど持っていない人間でも火を扱えるような効率の魔導具を、魔力を異常なまでに秘めた吸血鬼が扱うとどうなるのか……答えは、歴然としている。というか、目の前に現れている。



「手、手を離したらすぐ消えるから、離して!」



 鈴の必死な叫びにはっと意識が戻り、慌ててライター型魔導具から手を離す。それは床に転がるよりも早く、まるで嘘かのようにその爆炎を消した。


 カランカラン、と軽い音を立てて床を転がっていく。みんなの視線がこちらに向いている。焦げ臭い匂いがして慌てて周囲を見渡したが、どうやら天井が少し焦げたくらいで火災にはならなかったようだ。


 一番危うい事態は免れたようだけれど、対処しなければならない事態は当然、もう一つある。そして当然、ごまかせるような状況でもなく。


 しかし一途の希望に縋って、自分からは言い出せずにいると、ビックリするくらい耳が痛い静寂の後、鈴が口を開いた。



「魔力持ち、なのよね?」


「あ、ああ、じゃなけりゃ有り得ない火力だ。てか社長、マジで……どこで引っ掛けてきたんだよ」



 渚さんの言葉が刺さる。でも、それはそうだ。もしこんな過大な魔力を持っているような存在がいるとしたらそれは異分子か、あるいは……。



「社長……貴族家のご令嬢を誘拐してくるのは、流石に庇い切れない……」


「道理で、可愛いわけです……」



 千早さんが、状況を踏まえて一番現実的であろう推察を口にする。真帆さんも、多分この場のみんながそう思っただろう。僕は足元が揺れるような感覚に陥った。


 頭の中で色んな考えが流れる。このままだったら、ようやく見つけた働き口を失うどころか、鈴の元にも居られなくなるかもしれない。家出少女を匿うくらいならともかく、貴族を誘拐したと見なされれば重罪だ。


 僕は実際にはもう貴族家の人間ではないので、そうなる可能性は皆無だけれど……本当のことが話せない以上、鈴がそれを恐れればそれでこの関係はおしまいなのだ。


 どうしよう、どうしよう、と不安で押しつぶされそうになって、ふらついた身体を───鈴が、後ろからぎゅっと支えた。肩が、びくっと跳ねる。えーと、と一言呟いてから、鈴はしれっとこう言い放った。




「見なかったことにしない……?」




「「「あほか!!!!」」」

あほです。

世界観を出来るだけ説明口調にさせたくないのでここで補足しておくと、魔力を扱えるほど持っているのは貴族の血縁か、人の踏み入れられない魔境に住んでいる怪物達、通称「異分子」かの二択です

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― 新着の感想 ―
あー、なんかネグレクトされてそうな割にちゃんと入院してたから変だなーとは思ってたけど、特権階級の人間だったか まぁ余計に料理が好きな理由が謎になるけど
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