ティーブレイク
しれっと
「……屈辱だ」
「分相応の報いだと思うけどね……」
鈴の言葉にごもっともだと自分でも思うが、着替え方が分からなかったのは仕方がないことでもあるし、それを説明できないのも仕方がないことで、僕はふてくされていた。
呆れ半分、同情半分くらいの視線が頭頂部に注がれているのを感じる。僕はそちらにあまり顔を向けないようにしながら、慣れない感触の服を撫でた。
買った服は鈴の提案で、そのまま着て帰ることになった。せっかくだからという鈴の気持ちもあるし、どうせ今後はこの格好で慣れなければならないから、渋っても無駄だと諦めた結果だ。
やたらニコニコの店員と恐ろしい数字が書かれたレシートに見送られて、ぷるぷると震えながらお店を出たのがついさっき。それに対してお金を出した側が満足そうな顔をしてるものだから、まんま逆の反応だ。
うつむくと必然と視界に入るその服装は、最後の意地でスカートだけは回避した結果ショートパンツにぶかぶかのパーカーという緩い組み合わせだ。もう何組か買ってあるけれど、どれも似たような組み合わせ。
悔しいという感情を滲み出させながら商品棚にスカート類を戻す鈴を尻目に、はんば逃げるように店を飛び出して今に至る。
日差し除けと目線除けを兼ねたハンチング帽を深くかぶり、次の目的地も知らされぬままにてこてこ付いていく。こうしていると、行きの時より明らかに人の目が集まっていないのが分かった。ふう、と心の中で一安心。
「しかし、一着くらい派手なの買いたかったなぁ。外で着るかどうかは置いといて、緋彩ってドレスとか凄い似合いそうだし」
「遠慮しとく……ていうか本当にいくら使うつもりなの……」
緋彩のドレスと聞くと、意識が覚めた時に着てたあれを思い出すから勘弁してほしい。
「私、冗談でもなく本当にお金だけは余らせてるから。腐らせてても仕方ないし」
そう言いつつ、なぜか不思議なものを見る目でこちらを覗いてくる。こっちからしたら不思議なのは鈴の金銭感覚なのだが、そう言われると断れるものも断れない。
僕だって文句ばかり言いつつも、おしゃれをするのが嫌いなわけじゃない。方向性を可愛いとかにされるとまた話は変わってくるけど、今みたいな恰好はまぁ、結構好きだ。
そこまで考えて、そういえばまだ言ってなかったなぁと思った言葉があった。流れ的に少し気まずさを感じながら、そっと口に出す。
「服、買ってくれてありがと」
「ん、良いのよ。分かってると思うけど、私も楽しいから」
お礼を言えて偉いと言わんばかりに、ぽすぽすと頭を撫でられた。それを猫が水を散らすみたいに首の動きではじき返した。
夕飯は自炊するつもりだったので、あの後は行きで確認しておいたスーパーに寄って幾らか食材を買い込んだ。服選びに時間をかけたのもあって、時間は三時過ぎ。歩き疲れた足を休ませるのも兼ねて、僕と鈴はカフェで三時のおやつタイムを取っていた。
「あ、そうだ。今日出るときに渡そうと思って忘れてたんだけど、コレ」
不意に鈴が、パンケーキをフォークでつつきながらそう言った。小脇に抱えたバックからするっと取り出されたのは、現代人御用達の金属板。
「…………」
まるでちょっとした小物を渡すみたいに差し出されたそれに、軽く認識が追い付かすフリーズする。口の端から、食べかけのチョコチップクッキーの破片がぽろりと落ちた。
鈴に目で、「え、これ僕の?」と訴える。どうやらそれは伝わったらしく、「そうだよ」と返事された。いたずらに成功した子供みたいな笑みが軽く腹立たしい。
口の中のぱさぱさを苦めのコーヒーで押し流し、嚥下する。大体整頓が終わった頭で、今度はちゃんと声を出した。
「え、登録とかどうしたの?」
「私名義。まあパスとかかけてないから、好きに使って大丈夫だよ。取り敢えず通話アプリに私の連絡先だけ入ってる」
ぺちっと手のひらの上に冷たい感触がのっかった、スマホ。以前使っていたものよりも僅かに小さいそれを、記憶にある通りの方法で起動する。
デフォルトの壁紙が映る。以前のものと規格も同じタイプのようで、ぱっと見で分からない機能は一切ない。ロックもかかってないし、アドレスも登録されている。確かに、このまま問題なく使用できそうだった。
いつか必要だとは思っていたけれど、入手の目途が立っていなかったものだ。それがあまりにもあっけなく手に入ってしまった。また頭の中で数字がぐるぐるしだすのを感じる。
「……これ、幾らした?」
「え~、10万ちょっとくらいかな?」
「うん、覚えとく」
「大体考えてることわかるけど、まあ、そうねぇ……私が、したくてしてることだからね」
暫く考えた後に、鈴はそう言った。言外に込められた意味も十分伝わってきて、僕もこくりと頷いた。
でも、それはともかくとしてこっちもお世話になりっぱなしになるわけにはいかない。難しいかもしれないけど、なんとかして仕事を見つける必要がある。幸いにも、行くアテすらなく彷徨っていたつい先日よりは希望がある状況だ。
スマホから目を上げる。そうしたら丁度、鈴が自分の口にパンケーキを押し込んでいるところだった。それがあまりにも美味しそうだったので、釣られて僕も手元のクッキーを齧った。
「美味しい」
ぽつり、とそんな言葉が口に出る。
ちゃんと食事が出来ていた時期にすら、思い返してみればお菓子なんてもの食べていなかった気がする。なんとなく、消耗品にお金をかけるのに忌避感があって。
それでも食事自体は好きだったから、この身体に味覚があるのには、つくづく感謝しかない。それもあってか、料理に味を感じられるという当たり前には、もうしばらく慣れられそうになかった。
「でしょ! ここ最近のお気に入りでね、全部美味しいから次は他も試してみて」
そんな僕の言葉をスイーツ好きととらえたのだろうか。このカフェを推薦してきた鈴は、誇らしげにそう言った。手元のもうほとんど残っていないパンケーキはなるほど、説得力のある見た目をしている。
「うん、じゃあまた今度」
「ええ、また今度ね」
最後のクッキーを口に放り込んで、そう約束した。
じつはあまいものにがてですby作者




