その後
なんでこの上司おっさんにする予定だったのに、勝手にイケメン女性になった上にイチャついてんだろう......?
異分子殲滅隊。異分子と呼ばれる様々な外界の怪物から人を守る、いわゆる英雄と、民衆から呼ばれる存在。その拠点の一つに、少女は居た。
純白の大理石で構成された荘厳な雰囲気の廊下を、カッカッと大きな足音を立てて進んでいく。あまりにも明確な、不機嫌の態度だった。
制服の胸に付いている、『実動隊』を示すバッジを目にして、通りすがりの職員は廊下の端に寄る。触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、目を背けて。
そんな職員を一瞥して、ふんっと鼻を鳴らすと、そのまま開かれた道を少女は進んだ。そして、『所長室』というネームプレートが掲げられた部屋の前に立つと、躊躇せずにドアを開ける。
「お邪魔します」
「そう思ってるなら、ノックくらいしないか……刀香」
壁中を資料棚に囲まれた、如何にも執務室と言わんばかりの部屋。インクの匂いで包まれたその部屋の中央には、いくつもの書類が詰まれた机がある。
返事をした女性は、その机の前に座っていた。背中まで届きそうな黒艶の長髪に、気の強そうな蒼眼。ハスキーな声に、常に余裕がありそうな笑みを浮かべた、男勝りな表情。
総じて権威のあるオーラを纏ったその人に、しかし目の前の少女───刀香は、その不機嫌さを隠そうともせずに入室した。
「青崎所長……呼んだのはそちらでしょう」
「そうだけれど、ノックしない理由にはならないだろう。なんだ、任務失敗をそんなに気にしているのか」
その言葉にムッとしながらも、刀香は遠慮なしに机の前まで歩み出る。そして大量の書類の山に、バサッと叩きつけるようにしてまた一束の書類を追加した。
やれやれといった風に、青崎所長と呼ばれた女性は首を竦める。目の前の少女がこうなった時に、手が付けられなくなると知っているから、いちいち態度を咎めたりはしないが。
「不機嫌極まれりといったところだな。まぁ、仕事内容に反映されん分にはいいけれどもな」
「呼び出しは無駄話の為ではなく、報告書提出のためでしょう?あまり、暇なようには見えませんが」
「……一応、上司なのだが。まあいい、件の吸血鬼の話、お前から直接聞いておきたくてな。なにせ、あまりに荒唐無稽すぎる」
刀香の表情が目に見えて曇る。やはり、不機嫌の原因はそこなのだろう。聞かれたことで、任務失敗の記憶が蘇ったようだった。しかし、青崎もこのことに関しては問い詰めなければならない。
神妙な空気を醸し出しながら、青崎は刀香を蒼眼で射貫く。
「このことを周知させるつもりはないが……血を吸われたというのは、本当か?」
「……事実です。しかもアイツは間違いなく、女性型の吸血鬼でした」
「吸血鬼が、異性以外の血を吸うか……それだけでも有り得ないことの筈だが、なにより、お前が眷属にされなかった理由も不明だな」
吸血鬼がその血を自分の力に出来るのは、異性の人型属だけだというのは、異分子殲滅隊にとって周知の事実だ。しかも血を吸われた対象は、確認できた限りではその全てが眷属……おぞましいゾンビだとかの異分子に変容させられている。
だが刀香は、精密検査を得た後でも間違いなく普通の人間だった。軽い貧血としか診断されず、吸血鬼は逃げ去っただけだということになっている。吸血されたのを知っているのは、青崎だけだ。
青崎が自分の眉間を抑えて、ため息を付く。青崎がこれほど参っているのを見るのは、長い付き合いである刀香でも初めてのことだった。
「お前ほどの隊員を倒せるというだけでも悪夢のような話だが……それほどの怪物がいまだ街に潜伏していて、一切の被害報告が上がってこないのも不気味が過ぎる」
「衝動をある程度制御出来るのかもしれません。知能ある異分子の特徴の凶暴性が、あまり見られませんでした」
「だとしたら、厄介だな。炙り出すのに一苦労しそうだ」
青崎が、テーブルに置かれていたコーヒーに口を付ける。そのまま資料に再び目を戻そうとして、刀香が前に詰め寄ってくるのを見た。
「アイツは、私が殺します。居場所が割れたら絶対に」
「分かった分かった。だからそんな顔するな。取り敢えず、座れ」
今にも飛び出しそうな姿を見て、青崎が、自分の隣にある椅子を指してそういう。刀香は渋々といった様子で、言われた通り椅子に腰かけた。ぱさり、と整えられた髪が揺れる。
ピタリと仕事の手を止めた青崎が、張り詰めたような空気を解いた。そして、例えるならペットを愛でるように、刀香の頭を撫でる。不服そうではありながら、むすっとしたまま撫でられ続ける姿に、少し微笑んだ。
「所長……もう子供ではないと、あれほど」
「そういうなって。お前が任務に失敗したと聞いた時、私がどれほど心配したと思ってる。色々問題は尽きないが、とにかく無事に帰ってきてよかった」
「あの、まあ、そういうことなら……」
抗議しながらもまんざらでもなさそうなその姿に、青崎も満足する。そして手はそのまま、意識だけ資料の山へと戻した。仕事は山ほど滞っているから。
「暫くここに居ろ。再び警報が鳴るまではお前に充てる任務もないし、せめて私の仕事の効率を上げる役目を果たせ」
「私に手伝えるような仕事はないと思いますが……」
「そうじゃない。例えるなら……組織のボスが、膝元にペットを侍らせてる感じだな」
「ひ、人を動物のように……!」
そう言いながらも撫でる手を止めようとしない、忠誠心の高いペットに青崎は笑みを浮かべると、報告書のひとつひとつに目を走らせた。
とりあえず一章はここまで。二章からはちゃんとプロット組んで頑張るから良かったらポイント評価して行ってね!




