休息
ほのぼの要素
ぼんやりと、自分の身体を流れ落ちていく無数の水滴を眺めていた。
シャワーから溢れる温水とか、湯気だとかでお風呂場は埋まっていた。シャンプーとかの香りを感じながら、黙々と浴び続ける。
自分の身体という自覚が既に芽生えてきたからか、はたまた僕の中の誰かの記憶がそうさせるのか、裸の自分を見て変な気持ちになったりとかは、一切なかった。相変わらずむずかゆくはあるけれど。
自分の驚くほど細い腕に浮かんだ薄い血管の模様を、そっと指でなぞる。女の子の腕ってこんなに細かったのか、なんて思いながら。
それに、髪だって今はビックリするくらい長い。余裕で背中まで届くほどの、ストレートの黒髪。シャンプーを付けたはいいものの、全て洗うのに四苦八苦していた。
もう何がどうなってるのか分からないくらいこんがらがった髪を睨んでいると、不意に、てくてくと床を歩く音が耳に入ってきた。
耳を澄ましてみると、距離まではっきりわかる。この部屋の中だから鈴の物なのだけれど、意識してなかった時には聞こえなかったが、衣擦れの音まで拾うことが出来た。
絶えずシャワーの音が溢れている、この浴室の中からでそれだけ聞こえる。なんなら本気を出せば、もっと遠くの繊細な音でさえ聞こえてきそうだった。
吸血鬼は、どうもあらゆる感覚能力が高いらしい。聴覚もそうだし、嗅覚もそうだし、視力もまだ試してはないが、おそらく高いのだろう。
そこで、さっき鈴に押し倒された時の感触がフラッシュバックした。お互いの素肌が触れた部分、鈴の肌の下に流れていた血液すらも感じて、凄く熱かった。
ぶるり、と背筋が震える。あんまりこういうことは考えたくないけど……変に敏感だったのも、ここら辺が原因なのだろう。頬が熱いのは、多分シャワーのせいだ。
いい加減のぼせてきたので、髪と格闘するのを中断して、泡をすべて洗い流す。もう右側だったか左側だったかわからないので、まとめて背中に流した。
脱衣所に戻る。正面には鏡が据え付けられていて、そっとそれから視線を外した。諸事情()によりドアには鍵がかけてあるので、肌を晒していることにも幾らか安心感がある。
ここでも髪と喧嘩していたら湯冷めする自信があるから、雫が垂れない程度にパパっと拭くと、勿論全身も拭いて、家から持ち出してきた服のうちの一つに着替えた。
ちらりと鏡を確認して、明らかに変じゃないかだけ確認した。男物のシャツはサイズが大きく、首元がちょっと無防備になってしまっていたが、まあ妥協できる範囲だったので、そのまま風呂場から出た。
「……あの、どうした?」
そう言ったのは僕。リビングに戻ると、待ってましたと言わんばかりに鈴が、ドライヤーを片手に構えて、指をわしゃわしゃさせていた。こころなしか、 目が輝いているように見える。
その状態でソファーに座っていたのだけれど、僕が声を掛けたら、自分の隣の空いた場所をぽんぽんと叩いた。来いということらしい。
「それだけ長いと大変でしょう?ほらほら、お姉さんに髪を触らせなさい」
「多分だけど、本音と建前が逆だよ」
「……」
何と言うか本当に、いろんな意味で正直な人だなと思う。取り敢えず、髪が長くて大変というのは図星なので、任せれるのなら任せたいとは思ったから、隣に座った。
途端に分かりやすくうきうきになる鈴。若干のあきれと何とも言えない変な感情が混ざったものを飲み込んで、鈴に背中を向けた。ふわり、と温かい空気が首筋を撫でる。
「ねぇ、ずっと思ってたんだけど、緋彩ってそんなえっちな服しか持ってないの?」
「……え、そんな変?」
「ま~例えるとしたら……彼シャツ?」
「……あー」
それは確かに、限りなく的を得ているのだろう。多少なりとも変な服装になってしまっているのではと危惧していたが、少なくとも鈴の感性では変らしい。
やっぱり身長とか以前に、体格も大きく変わった影響が出ているのだろうか。胸部もその、身長とは釣り合わないくらいのサイズあるし。
「というかそもそも、これ男物よね?あんまり個人のセンスをとやかく言うつもりはないけど、女物の服着ないの?」
「あー、その、家を出るときに、適当に持ってきたから……」
「そっかぁ。じゃあまた今度、服も買いにいかないとね」
そんなことを言いながら、慣れた手つきで僕の髪を弄る鈴。もしかしたらすぐ居なくなってしまうような存在に、簡単にそう言い放つのであれば、そこそこ高収入というのも嘘じゃないのかも。
あるいは、僕は僕が思っているよりも鈴に気に入られているのかもしれない。まぁペット感覚なんだろうけれども。今はさしずめブラッシングといったところか。
……黙々とこうされてると、散髪屋の感覚だろうか、段々眠くなってきた。髪って神経は通ってないのに、触られたら気持ちいいのなんでだろう。
なんとなく、自分に似合う服ってなんだろうとか考える。男物はともかく、女物の服のセンスとか皆無だし、考えるだけ無駄かもしれないけど。
そこら辺も多分、鈴に任せたらそつなくコーディネートしてくれるんだろうなって思う。対価として、暫く着せ替え人形としての生を得る羽目になりそう。
「緋彩、痒いところはない?」
「んぅ、大丈夫……」
「あー、眠いの?」
「うん……昨日から少しも寝てないから……」
「そりゃ眠いわね」
あらかた乾かせたのか、ドライヤーの音が止まる。それから何回か、髪の流れを整えるように頭を撫でられた。くすぐったいけど、やっぱり気持ちいい。
しれっとそのままお腹に腕を回されたけど、もう怒る気も起きないくらい眠い。そのまま身体を預けて寝てしまいたくなるけど、流石にそれは理性が待ったをかける。
「お客用のお布団とか、ある……?」
「ないわ。でも私のベット広いよ」
「分かった……ソファーで寝るね……」
「聞いてた?ねぇ緋彩?私のベット広いってば。二人分余裕だって」
「寝てる間だと……変なことしてきそう……」
「それは同棲してる時点で手遅れだから、真面目にちゃんとベットで寝なさい」
それもそうか、と半分諦め、半分納得で受け入れる。僕もちゃんとした寝床で寝たいのは事実だし、ていうか、眠い。
眠気が本当にヤバイ。そんな風にしっかり身体支えられて頭撫でられたら、意識が……。
「あれ、緋彩~?寝たら勝手にベット連れて行くからね?」
「ん……すぅ」
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