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一度死んでしまった『僕』が、吸血『姫』として生まれ変わった話  作者: 瞑々もんすたー
一度死んでしまった僕が、吸血姫として生まれ変わるまで
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邂逅

 薄暗い森の中、使用人服に身を包んだ女性、ヴィーラが力なく横たわっているのを僕は見ていた。すぐ隣で縋りつく、少女の記憶を通じて。



「ヴィーラ……!いや、いやよ!なんで、貴女まで……!」


「すみ、ません……姫様……最後まで、お供出来ず……」


「どうしてそんなことを言うの!お父様も、お母様も、みんな、いなくなって……もう私には、貴女しかいないのに……!」



 結局、少女に宿る『力』は、何も守り通すことが出来なかった。家族も、同胞も、たった二人っきりになってしまった目の前の使用人でさえ。



「姫様、どうか、気に病まないで下さい……悪いのは決して、姫様では、ありませんから……」


「でも、でも、私、なにも出来てない!こんな大事な『力』を受け継いで、なのにっ、私は……」


「姫様は、昔からそうでしたね……責任感が強くて、真っ直ぐで……」



 ヴィーラが最後の力を振り絞って、傍らに座る姫の手を握る。そうして蠟燭の火が消える瞬間のように、眩い光をその目に宿して『私』を見た。



「姫様、どうか、忘れないで」



 家族のことを。同胞達のことを。故郷のことを。かつての優しい日々のことを。私のことを。


 その「忘れないで」に籠められた意味を、私はその時、いくつまで読み取ることが出来たのだろうか。目の前の悲劇に貫かれていた私は、温かい過去の思い出を忘れずにいられる自信がなくて。


 だから私は、ただ泣きじゃくっていた。現実を少しでも自分から遠ざけるように。見えない場所に追いやるように。


 そうやって自分から遠ざけた『過去』が、どれだけ大切なものなのかすら忘れてしまうくらいに、私は自分の記憶をぐちゃぐちゃに搔き乱したのだ。



 ヴィーラの身体から力が抜ける。目の光が失われて、そこに残っていたのはかつてヴィーラだったモノ。そうして、私は最後の紅血族になった。


 そして最後のピースがハマる様に、私の中の『力』がはじけた。






 気が付いたら、ヴィーラの遺体を抱えて、かつて自分が暮らしていた場所にまで戻ってきていた。


 街だった筈のそこは、もう廃墟といっても差し支えがない光景に変わっていて、あんなに長く暮らしていた屋敷は、すっかりと廃墟に変貌していた。


 どうやってあの『魔族』たちの包囲網を掻い潜って、当たり前のようにここに辿り着くことが出来たのか、自分でもよく分からない。ともかくとして、その時の私にとって大事なのは、ようやく家族の元に帰ってきたという事実だけだった。


 けれど、探しても探しても、自分の声に答えてくれる人たちは何処にも居なかった。帰ってきたはずなのに、誰も居ない。見落としているのかもしれないという希望すら、『力』の探知能力のせいで潰えた。


 私は恐怖に囚われた。このまま私は、どうなってしまうのだろう。多分、魔族たちに殺させるようなことにはならないだろう。それどころか、やろうと思えば復讐すらも簡単なことだった。


 でも、そんなものなんの意味もない。私はただ、みんなのことを覚えていたかった。私にとっての大切なモノは、既に過去にしか存在しない。そしてその過去の記憶たちが、時間によって風化していくのが怖かった。


 ヴィーラの最後の言葉。「忘れないで」が、私の中で何度も何度も繰り返される。私は必死に考えた。忘れずにいられる方法を。過去を取り戻す方法を。


 幸いにも、『力』のおかげで紅血族のみんなの記憶だけは私の中に収集することが出来ていた。足りないのは、容れ物だけ。


 紅血族たちの遺体は、殆どが既に魔族たちの手で処分されてしまっていて、まともに残っていたのはずっと抱えたままのヴィーラの遺体だけだった。


 だから私は外法を犯した。自分の『力』に縋って、大事な人、ヴィーラの記憶を手放して、生命の創造なんて行為に手を出した。けれど出来上がったモノは、とても『ヴィーラ』とは呼べないものだった。


 あの日と何も変わらず未熟な私は、心というのがどういうモノなのか、全く理解できていなかった。だから出来上がったのは、記憶を持っただけの、人格を持たない人形でしかなかった。


 私は発狂した。自分の失敗を認められずに、その人形たちを口汚く罵った。魔族たちが紅血族に使っていた罵倒の言葉、『吸血鬼』という言葉を使って。


 けれど、吸血鬼を作ることはやめられなかった。いつか、完璧に紅血族を再現するために。心を残したまま記憶を与えられるように。器は、吸血鬼たちがどこからか運んできた血液で形作って。


 何年も、何十年も、一心不乱に失敗を重ねた。吸血鬼たちはやがて自分達の力で自我を獲得していったけれど、彼らが自力で手に入れた心は決して「紅血族」としてのものでは無いと分かって、放置した。


 吸血鬼達は創造主である私を信奉しているようだったけれど、過去しか見ようとしない私の目には映らなかった。かけられる言葉も、全て無視して受け流した。


 作って作って作り続けて───そうしていつの間にか、ひとつも成功しないまま、私は同胞達を全て使い果たしていた。


 だから私は、自分の喉に紅の刃を突き立てた。これ以上意味の無い生を、終わらせる為に。



 なのに私は、もう一度目覚めた。













 初めに感じたのは、喉を焼く様な強烈な渇き。


 目を開くと、自分の身体が水槽のようなモノの中に浮かべられているのが分かった。ガラス越しに見えるのは、魔族たちの記憶を通して見た、研究所とやらに似た景色。


 何が起こったのか理解できない。私は確かに、自分の命を断ち切った筈だった。そう簡単に死ねる身体ではないのは分かっていたけれど、だからこそ念入りに命を貫いたのに。


 もう一度自害しようと思い、失敗した原因が分からないままもう一度試しても仕方ないかと考え直す。取り敢えず思いついたのは、誰の手にも届かないところまで行ってから自害することだった。


 ただ、ここから大移動しようと思っても、自分の中身を殆ど使い切ってしまっていたせいで、それだけの魔力が足りないことに気付いた。普段なら吸血鬼が勝手に魔力の籠った血液を運んできていたけれど、ここには居ない。


 魔力を自分で調達しないといけない。血の匂いを辿る様に魔力の気配を探ってみると、一際輝く魔力の気配を感じ取る。私は水槽のガラスを叩き割ると、鳴り響き出した赤いサイレンを無視して霧に変化する。


 どうやら地下らしいそこを抜け出して、病院らしき建物を、気配を探ってぐんぐん登った。一度建物の外を経由すると、頭上には綺麗な月が見えた。空を見上げたのは、何年振りだろう。


 そうして私は、気配の主が居る部屋の、窓の外で実体化した。窓枠につま先を引っ掛けて、鍵のかかっていなかった窓を開く。



 ベットで佇んでいた『彼』が、目を丸くしてこちらを見る。対する私も、『彼』の纏う濃厚な死の気配に、呆気に取られた。


 月光の差し込む窓。二人きりの病室で、私たちは邂逅した。

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