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一度死んでしまった『僕』が、吸血『姫』として生まれ変わった話  作者: 瞑々もんすたー
一度死んでしまった僕が、吸血姫として生まれ変わるまで
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青。

「───え?」


 全力を尽くして、それでも届かなかった───筈の刃が、青崎所長の身体を切り裂いていた。


 断ち切られた刀身の先が、地面に落ちて音を立てる。それと同時に、青崎所長の身体がゆっくりと崩れ落ちた。


 訳が分からない。頭の中が混乱でぐらぐらする。目の前の光景が信じられない。私は負けた筈で、こうなっている筈なのは私の方なのに、どうして青崎所長が倒れているのだろう。


 現実に理解が追い付かず、呆然と立ち尽くす私の意識を引き戻したのは、地面にどんどん広がっていく紅色だった。



「だ、駄目!血が、な、なんで」



 手にした刀を投げ捨て、仰向けに倒れた青崎所長の傍に駆け寄る。隊で習った応急処置が次々と頭を駆け巡るが、有効そうなものが何一つとして思い浮かばない。


 傷の範囲が広すぎる。右肩から左脇まで一直線に走った裂傷は、どうやったって止血できないもので───どこからどうみても、致命傷だった。


 救急車、いや、こんな状況で来れるはずがない。殲滅隊の医療班も同じだ。手元には医療品すらない。何より、流血が酷すぎる。今から何をしても、間に合わない。



「いや、いや、こんなの」



 焼け石に水だとは分かっているけれど、魔力による治療術を行使する。軽傷を治すのが精々の術だとしても、この状況で奇跡を起こしてくれるようなものがあるとしたらそれくらいしか思いつかなかった。


 けれど、どれだけ魔力を注ぎ込んでも、傷から溢れる血は少しだって止まってくれない。恐ろしい現実が、ひたひたと音を立てて少しずづ滲みよってくるような感覚に囚われる。


 それから逃げ出すように、より強く魔力を込めようとした時───傷に当てた手に、何かが触れた。



「やめろ……刀香」


「あおざき、しょちょう……?」



 青崎所長が、弱々しい力で私の手に触れていた。この人から、こんなにか弱い力で触れられたことは今まで一度も無かった。私を見つめる瞳は虚ろで、普段の力強さは微塵も感じられない。

 


「お前には、この後も、やらなければならないことがあるだろう……?だから、こんなことに魔力を使うのは、やめろ」


「でも、でも、血が、止まらないんです」


「わかっている、だろう?お前は、賢いからな……」



 そう言われた瞬間、私の手から魔力の光が消えた。諦めがついたわけではない。ただ、心が折れてしまった。


 何かを言わなければいけないと、感情だけが先走って考えが纏まらない。口を開いても言葉は出てこなくて、代わりに涙が、青崎所長の身体の上に零れ落ちた。



「泣かないでくれ……そんな風に、されたら……私も、何を言えば良いのか、分からなくなる」


「だって、でも……!私は、こんなことの為に、戦ったわけじゃ……」


「ああ、そうだな……負けたのは、私なのに、これではな……」


「ばか。青崎所長は、大馬鹿です。戦っている最中に、魔力強化を消すなんて……!」



 泣きじゃくる私に、青崎所長がははっと困ったような笑いを漏らした。



「そうだな、私は、大馬鹿だ。あんな直前になって、それで、ようやく分かったんだ。私の姉は、色んなものを残してくれていた。空っぽだなんて、嘘もいいところだ」


「青崎所長の、姉様が……?」


「お前も、そうだ。姉様が、言っていたんだ。副官は、融通が利かない、お前みたいなやつが、いいと……私が、間違えた時、それを、間違いだと言える奴が良いと」



 青崎所長の血塗れの手が、ゆっくりと持ち上がり、私の頬に触れた。



「だから、これでいいんだ。きっと、私は、こうなるために……お前を、選んだんだから」


「そんなの……そんなの、酷すぎます。私は、貴女を、こんなにも失いたくないのに……!」


「済まない。私は、もう……間違い過ぎてしまった」



 こうして話している間にも、刻一刻と青崎所長の命の灯が弱くなっていく。私はそれを、何もせず眺めていることしかできない。


 心の中に、色んな風景が去来した。拾われた直後の、まだ荒れていてひたすら無茶なことばかりしていた頃。青崎所長に注意されても、噛みついてばかりだったこと。それでも、根気よく私と向かい合って、時には怒ってくれたりしたこと。


 いつの間にか、私も負けじと言い返したりしていた。青崎所長の徹夜癖に苦言を呈したり、それを聞き入れてくれなくてへそを曲げたり、その度に甘味で誤魔化されたり。


 そんな日々が、私の欠けた心の隙間を少しづつ埋めて行って……気付けば、私の中は大切なモノで溢れていた。



「……なあ、刀香」


「……っ、はい、青崎所長。聞いています」


「私は、お前が大切だ。所長として、ここで、平穏に暮らしていた日々が、確かに大切だった。くだらん、ことで、時間を潰してみたり……緋彩に、一喜一憂させられたり、とにかく、色々だ」


「はい……!」


「だから、きっとお前は間違っていない。失ったって、また、新しい大切なモノが、きっと見つかる。誰でもない、お前が、教えてくれたことだ」



 だから。と、その蒼い眼が私をしっかり捉える。


 そして、消えていた青崎所長の力強い魔力が、最後の灯のように溢れ出す。青が、オーロラのように空を覆いつくした。


 その明かりは私達異分子殲滅隊にとって、戦うための光だ。相手を圧倒するために全身から迸る、攻撃的な色。吸血鬼への復讐心を象徴する、どこか暗い青色。


 けれど、今目の前にある魔力の奔流は……ただただ幻想的で、見惚れてしまうほど綺麗だった。暗黒に飲まれていた夜空が、場違いな美しさに上塗りされていく。


 溢れた光はやがて、流れるように空気中を踊りだす。路面を、建物を、空を撫でて───最後に、私に向かって収束していく。



「餞別だ。刀香、お前なら……この力が、呪いではなく、祝福になってくれるはずだ」


「───綺麗です。それに、とても暖かい」


「そう、か……ありがとう、刀香。お前が、私の副官で、良かった……」



 より一層強く、光が私に流れ込む。それに呼応するように青崎所長から放たれる力が弱くなっていく。


 それがどういう意味なのかは、はっきりと理解していた。嫌だ。離れたくない。ずっと、平和な日々をこの人と送りたい。心がそう叫んでいる。


 けれど、そんな我儘は今、口にするようなことではないと思った。それよりももっと、伝えたいことがある。手遅れになる前に、私の一番大切な人に、伝えたいことがある。


 涙声を必死に抑えて、なんとか伝わるように、丁寧に言葉を紡いだ。



「私、も、青崎所長の傍に仕えられて、本当に幸せでした……!」



 頬に触れた、青崎所長の手を握る。青白く、どんどん冷たくなっていく手を、少しでも暖かく保とうと、必死に抱き寄せる。






「なあ、刀香。今更、こんなことを言う、資格が無いのは、分かっているんだが……」


「関係、ありません。そんなこと。誰にも、文句は言わせません」



 そうか、と。青崎所長が嬉しそうに微笑んだ。










「愛してる、刀香」














 「私も、愛しています───青崎所長」




 光の奔流が、ふっと消えて。


 青崎所長が握っていた刀が、からん、と落ちた。

































 












 


 


















 

 


「ごめんなさい、青崎所長。少しだけ、ここで待っていてください」


 

 震える足を激励して、私は立ち上がる。


 涙が枯れるまで、ここで立ち止まっていたかった。この人の身体が完全に冷たくなるまで、抱きしめていたかった。


 けれど。



「友達を、助けに行ってきます。きっと、私にしか出来ない事ですから」



 そう呟いた時、私の中に宿った力が強く輝く。私は服の袖で強引に涙を拭き取り、目の前の地獄を真っ直ぐ見据えた。

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