空っぽ
設定の微調整に伴い、少し過去の内容を修正しました。混乱させてしまい申し訳ないです
気付けば、夜も随分と深くなってきていた。
一度停止の合図を送った吸血鬼共も、既に活動を再開しているようだ。このままいけば、アンセスターに……いや、緋彩に仕掛けておいた爆弾が発動するのも時間の問題だろう。
あの日己に科した使命を果たしたいだけならば、目の前の少女を、今すぐにでも切り捨てるべきだ。彼女の力は私が一番よく知っている。私の力を以てすれば、簡単なことだった。
それなのに、こうも長話をしたくなってしまうのは……刀香がそう自分を称していたのと同じように、私にも、少しだけ欲が出てきてしまったのかもしれない。刀香なら或いは、過去に囚われた私の心を少しは理解してくれるのではないかと。
哀れな妄想だ。そんなことに意味はない。どうあろうと結局、私があの日の呪いから逃れることは出来ないなんてわかり切っているのに。それなのに言葉が先に出てしまうのは……私が弱くなってしまったからだ。
「随分と長い間、『所長』をしていたからな」
「教えてください、青崎所長。何が、貴女をそうしてしまったんですか……?」
悲しみを携えた顔でそう問う刀香に、一歩踏み出せない自分がいる。それを紛らわせるように、口を開く。
「私には、姉が居たんだ。なによりも尊敬していた、大切な……本当なら、英雄になるはずだった姉だ。だが、姉は臆病でな……優しく、一見強い人だったが、戦うということには致命的に向いていない人だった」
「私の力も、本来は姉の物だった。力を持たない私は、それでも姉に並び立てるようになるのだと、そんな非現実的な妄想で周りを振り回す愚かな妹だったよ」
「結局、姉は死んだ。吸血鬼に殺されたんじゃない。姉は、自分の優しさに押しつぶされてしまったんだ。私が、姉の優しさに付け上がったせいで……私が弱いせいで、姉に重責を負わせてしまったんだ」
「姉は私に全ての力を移して、抜け殻になってしまった。青崎家でこの力を持つ者は、責任を問われるものでな。私は、姉の代わりになったんだ」
「その後に、この世界の真実を知った。吸血鬼が生まれる原因を作った人間が、『門』の向こう……異世界に、逃げ帰っているのだと」
「私は復讐の為に……そして、姉の力を、姉があんなにも追い詰められなくて済む世界に送るために、異世界に繋がる『門』を開く。この世界の住民たちには、その為の魔力の贄になってもらわなくてはならない。それが、私が私に科した、使命なんだ」
言い終わってから、フッと自嘲的な笑みが零れる。
「『所長』らしくなかったかな。だが、結局のところ、これが私だ。使命と言えば聞こえはいいが……妄執に囚われている、狂人でしかない」
私の自虐的な言葉に、刀香がぐっと息を呑む。
「そこまで分かっていて、どうして、こんなことを」
「お前なら、分かってくれるだろう。私は、姉が死んだあの日から……ずっと、あの日に囚われているんだ」
自分の一番大切なものを失った時の心。刀香も感じたことがある筈だ。そう思ったからこそ、あの日の私は、『狂犬』と呼ばれていた彼女を拾ったんだろうから。
「こんなことの先に私の望むものはないと、お前は言ったな。確かに、それは正しいのかもしれない。だがな、私の生きる意味は、時間は、この使命を果たすまでからっぽなんだよ」
これだけの時間が経っても、鏡に映る自分は常に姉の写し身でしかない。なら、私の狂気が収まってくれる日が来るのだとしたら、きっと───。
「私は使命を果たす。これは、たった一つ最後に残された、私だけのモノだ。これだけは、捨てるわけにはいかない」
自分勝手に、言いたいことを全て言い切った。
刀香の考えを変えることは出来ないだろう。彼女の頑固さは、何年も通して身に染みている性質の一つだ。ただ、私という狂人のことを、少しでも理解してくれたのなら───。
感情を、弱さを断ち切って、私は戦闘態勢に入ろうとする。けれど刀香は、その弱さを見逃してくれるほど甘くは無いらしい。
「自分に何も残っていないなんて、本当にそう思っているんですか?」
「ああ、本当だよ……もう、話すことは無い」
「私にはあります。所長、貴女は、もう何かを失うのが怖いだけじゃないんですか?」
「…………」
「だから、空っぽの自分を必死に演じているんでしょう?もう、何も失わないように」
「……何故、そう思う」
「私だって、一度、大切なモノを全て失いました。けれど、今、私の周りには大切なモノが沢山あります……所長、全て、貴女が与えてくれたモノです」
つい、問い返してしまった自分の判断を呪う。
「空っぽになったって、ずっと空っぽのままな筈がないって、貴女が私に教えてくれたんです。なのに貴女は、自分が空っぽのままだと言います。そんなの、おかしいです」
「もういい!」
今度こそ戦闘態勢に入り、一歩を踏み込もうとした瞬間───
「青崎所長、私、少しだけ『自信』があるんです」
そんな言葉を溢しながら、刀香が手にした刀を振りかざし、一直線に私へ踏み込んできた。
「───!」
驚きをよそに、魔力で強化された私の視力が刀香の動きを完璧に捉える。
混じり気の無い本当の一直線。フェイントの為に体勢を余らせてもいない。その分速いが、速さで競うのならば私が負けるはずがない。虚は突かれたが、ただそれだけだ。
身体はそう判断し、滑るように魔力を全身へ流れさせた。そして溢れた力そのままに、刀香よりも圧倒的に上の速さで刀を振り抜いた。
自分の刀身の残像を、スローモーションの世界で追う。この目でも看破出来ないような伏せ札があるのなら、出てくるのはこのタイミングだ。そして───
何も起こらない。
「なっ」
そこで気付く。刀香は最初から防御するつもりがない。つまり、このまま振り下ろせば、刀香は確実に死ぬ。
使命を果たすのであれば、好ましいことだ。だが、私は───
「ぐっ!」
「はあっ!」
思わず手を止めてしまった私の鳩尾に、刀香が刀の柄を叩きつけた。流石に『英雄の血』の力があっても、魔力防御だけで全力の一撃を受け止めることは出来ない。
一瞬呼吸が止まり、身体は重力を無視して浮かび上がる。そのまま数メートルほど後方に飛来して、背にコンクリートが砕ける感触が伝わっていた。
土煙の中、それを振り払うようにしてすぐに体勢を立て直す。吹き飛ばされたことによって混乱した視界を正面に定めると、既に刀香は再び私に向かって飛びかかる所だった。
「お、まえ!」
今度はカウンターではなく、刀身を使い身を守る。的確に利き腕を狙った斬撃は、火花を一つ上げるだけに治まった。鍔迫り合いの状態で、動揺を抑えられない私に刀香は言った。
「自惚れじゃないみたいで、嬉しいです」
「なっ、にをっ!」
集中が乱れ、魔力強化が薄れる。それでもなんとか刀香を押し返し、払いのけることが出来た。呼吸も荒々しく体勢を立て直すと、私とは対照的に、刀香の魔力強化の光が目に見えて強くなっていく。
そこでようやく、自分の心の弱さと……それを突いた刀香の作戦を、認めざるを得なかった。
「青崎所長、貴女を、一人にはさせません」
「刀香……!」




