招待
改めて、目の前の女性を見上げる。僕の身長が低いことを考慮しても、だいぶ身長が高いのではないだろうか。さっきのナンパ男にも引けを取らない高身長だ。
背中までありそうな艶のあるロングの髪と、モデルのようなスタイル。釣り気味の目に加え、直前まで鋭い顔つきをしていたから気付かなかったが、とても優しい顔の人だった。
「駄目じゃない、このあたりはナンパが多いんだから……自衛手段がない女の子が、一人で歩ける場所じゃないわよ?」
「ご、ごめんなさい……知らなかったです」
頬をむにむにされながら、優しい声音でそう怒られる。恥ずかしさが表に出るのをなんとか抑えつつ、返事をした。
正直自衛手段ならいくらでもあったのだけれど、それで騒ぎを起こせない立場なのに失念していた……というか、ナンパという力に物言わせて解決しずらい出来事に巻き込まれるとは、少しも考えてなかった。
力加減は最優先に覚えるべきかもしれない。日常生活でも大量に支障が出そうだ。いまいち、どう練習すればいいのかがわからないのだけれども。
「ねぇ貴女……もしかして家出?」
「ふぇ?」
ほっぺはいつ離してもらえるんだろうと考えていたら、急にそんなことを言われる。なんでそんなことを言われたのか分からず目を丸くしていると、それを勘違いしたのか、女性はそのまま言葉を続けた。
「いやだってそんなに沢山荷物持ってる癖に一人だし、どこに行くわけでもなくうろついてて、歩いてた時も周りをきょろきょろして、なのに誰かと待ち合わせしてるわけでもなさそうだったし……だからアレも話しかけてきたんだと思うわよ。もしかして、違った?」
……確かに、はたからすればそう見えていたのかもしれない。実際は家出より深刻な問題に直面しているのだけれど、帰る場所がないという点を除けば、家出のようなものだし。
本当の境遇を話すわけにもいかないから、そういうことで通した方がいいのかと思った。今後もこういうことが聞かれるかもしれないし。
「あ、あってます……その……詳しくは言えないですけど」
「あーまあ、そのくらいの歳だと色々あるわよねー」
あっけらかんとそう言い放つと、女性はピタッと僕の頬を触る手を止めた。そして良いことを思いついたと言わんばかりに手を叩く。
「そうだ。じゃあ今から私の家に来ない?暫く泊めてあげてもいいけど」
……えーあーうん?いやそうな…るのか?ていうかそれは色々問題が……あ、僕女の子だから大丈夫なの……か?
正直精神的な障壁を考えないのであれば、滅茶苦茶助かる提案なのだ。現状一番の問題は、屋根のある寝床が無いところだし……それさえあれば、大抵の問題が片付くまで時間を作れるかもしれない。
だけどこう、嘘をついて女性の家に上がり込もうとしているみたいで、罪悪感が半端じゃない。厄介事も抱えてるし、良い人そうだから巻き込みたくないという気持ちも
「朝昼晩作ってあげるよ?」
「……今日からお世話になります」
ここまで条件揃えられて、「いやでも……」とは言えなかった。ご飯も、病気になってからは碌に食べられてなかったから、ちゃんと食べたくて仕方がなかったし。
僕がそう答えると、女性は花が咲いたような笑顔を浮かべて、僕の両手を取った。温かい感触に思わずピンッと背筋を立てると、そのまま視線が合う。
「良かったぁ。貴女危なっかしくて……あ、名前を言うのが遅れたわね。私は柊鈴。貴女は?」
「……あ」
キュッと、心臓が掴まれたような感覚がした。胸中に訪れた寂寥感の大きさに、自分でもビックリする。思わず零れた声は、たぶん聞かれてなかった、はず。
適当な偽名も考えてなかったから、言葉が喉に詰まってしまう。今考えようとしても、なぜか文字が組み立てられずに、頭の中で霧散してしまう。
鈴さんの視線が懐疑的に思えてしまって、顔を伏せる。すると頭の上にぽんっと、何かが乗った。そのまま撫でられて、ようやく頭を撫でられていると気付く。
「言いたくないなら、言わなくていいけど。でもそれだったら呼びずらいから……緋彩。緋の彩りで、緋彩ね」
「緋彩……」
口に出してみたその響きは、実家で知った生前の名前を口に出した時とは違って、すとんと胸の中に納まった。
緋彩。これからはそう名乗ろうと思えた。×××じゃなくて、こっちがきっと僕にとっての本当になってくれる、はず。
「気に入ってくれたらいいけど……ぱっと考えた名前だし」
「それで――いや、それが良いです。今日から僕は、緋彩です……でも、なんで緋彩?」
「あー、それはね……」
言い淀んだ鈴さんは、突然更に身を寄せてくると、綺麗な指の腹で涙を拭うかのように、僕の目尻をなぞった。びっくりして一瞬目を閉じた隙に、息がかかるくらいの距離まで、鈴さんの顔が近づいてきていた。
鈴さんの漆塗りのような瞳に、僕の緋色の瞳が反射して見えた。思わず目を逸らそうとすると、頬に添えられていた手によって阻止される。
「初めて見た時から、『目』が綺麗だなぁって思ってたから」
「!!!」
心臓がドクンと跳ねた。我ながら初対面の人に対してチョロすぎると思うが、それを言うなら初対面の人にこんなキザなセリフを言える、この人にも問題がある。
そう心の中で言い訳しながら、自分でも真っ赤になってるのが分かるくらい熱い顔を必死に隠す。さっきからニヤニヤしていて、明らかに確信犯の鈴さんの背中を押した。
「そ、その……早く座りたいし、行きましょう」
「照れてるの?」
「いいから!」
言い切って歩き出そうとすると、手を握られた。そのまま先導するように引かれる。
「ひ、一人で歩けます!」
「え~、離したら、一瞬で迷子になりそうだから」
「幾つだと思ってるんですか!」
その質問は、けらけら笑いながら流された。
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