大名と腹心
歴史小説などで主人公の大名の腹心として活躍する者たちの多くは、
実は運よく生き残ったもので、
実際に四天王とよばれたり、当時有名だった者たちの中で、
途中で主人公の大名と関係が悪くなったり、没落したり死んだ者は
無かったものにされることが多い。
よって歴史小説は現実と違う場合が多い。
歴史小説では、
大名と腹心はともに力を合わせてのし上がっていく。
しかし、
現実では、大名が目をかけた家臣は次々と無造作に死んでゆく。
だから、歴史小説と現実は違う。
歴史小説で大名の片腕、腹心とされる者の多くは、たまたま最後まで生き残ったものである。
豊臣秀吉の重臣も福島正則や加藤清正ではない。
豊臣秀吉の四天王と言われた者たちは
神子田正治
尾藤知宣
戸田勝隆
宮田光次
である。
また、秀吉が三顧の礼をもって迎えたという軍略家は、
おそらく神子田正治である。
竹中半兵衛は有能ではあったが、
安藤 守就の一族として、安藤とともに信長に下っている。
信長の家臣になることを拒否していない。
その後、木下藤吉郎の与力として付けらえた。
つまり、監視役の色彩が強い。
のちの軍略家、黒田官兵衛と親しい設定になっているが、
黒田官兵衛の息子を預かり、息子の黒田長政とは親しかったものの、
竹中半兵衛が播磨合戦に参加した時期には官兵衛は荒木村重につかまって
投獄されており、黒田官兵衛が解放された頃には竹中半兵衛は播磨合戦の
途中で病没している。
おそらく、黒田官兵衛と竹中半兵衛のエピソードのほとんどは、
黒田官兵衛の母方の親戚の明石則実であろうと推測される。
また剛腕で武辺者であるとされる蜂須賀小六は勝幡衆の名門であり、
かなりのインテリであった。
おそらく、剛腕無骨の武辺者のモデルは、坪内利定であろう。
木曽川流域で割拠していたところを木下藤吉郎に説得されて織田方についている。
気性が荒く、最終的には藤吉郎と仲違いして徳川に下ってしまった。
しかし、これでは恰好がつかないので、
蜂須賀小六が盗賊上がりということにされてしまったのであろう。
実際は、蜂須賀家は名家である。
織田信長が初期に目をかけたのは
岩室長門守
佐脇籐八
加藤弥三郎
長谷川橋介
山口飛騨守
などである。
またその当時の重臣は
おそらく赤川景弘である。
丹羽長秀は当初、斯波義統の配下であったが、斯波義統が殺害されたために
信長の配下となった。
前田利家は、元々前田家が林秀貞の与力であり、前田家が林家に帰属している以上、
当初林家とともに行動していた。
おそらく、前田利家の兄、利久が家督を利家に譲らされたのは、
利家が弟の佐脇籐八に与して信長方についたのにも関わらず、
長男は林秀貞の与力として行動を共にしたからであろうと思われる。
なお、加藤弥三郎の叔父の家に佐脇藤八の姉が嫁いでおり、
佐久間信盛の弟の嫁は加藤弥三郎の妹である。
それほど加藤家は織田信長と密接な関係にあるにも関わらず、
織田信長が勢力を拡大しても登用されなかったのは、
おそらく加藤家の長男が信長の弟、織田信勝に武器を売っていたからと思われる。
そのような書状が残っている。
加藤家は信長と信勝の両方を天秤にかけていた。
その後、加藤弥三郎は織田家を出奔するが、
その事が加藤家に影を落としたとは思えない。
なぜなら、
一緒に出奔した佐脇藤八の兄の前田利家は普通に出世しており、
一緒に出奔した長谷川橋介の兄もその子供の長谷川一秀も重用されている。
山口の一族もあまり能力がなかったのにも関わらず、城主として登用されている。
そうなれば、やはり、加藤本家が弟の信勝と二股をかけていたことが要因であると思われる。
軍事部門では、津島衆が主力であり、
その統率者は平野甚右衛門であった。
しかし、甚右衛門は素行が悪く、
度々軍律を乱したので信長に罰せられ、出奔した。
若き日の信長に極めて忠実に仕え、尽くしたのが
大橋重長。
大橋氏は若き日の信長に非常によく尽くした。
堀田道空は信長とほとんど接触しておらず、
堀田道空のモデルがおそらく大橋重長である。
この極めて重要な人物である
大橋一族が丸ごと、歴史から消されているのは
大橋氏の一族である川口宗勝が弓大将に抜擢された時、
同じ弓大将である太田牛一を侮って嘲ったため、
大喧嘩になったという逸話が残っている。
太田牛一の著書、信長公記には大橋一族がほとんど出てこない。
あと、信長に目をかけられた武芸随一の武将が
織田造酒丞である。
織田信長には目をかけられ、武芸にも秀でていたが、
信長公記には、ほんのわずかしか出てこない。
これは、太田牛一が世話になっている池田氏の小物、
佐助が織田造酒丞の家臣の家に盗みに入り、騒動が起こったことが
原因している可能性がある。
そのほか、
下方貞清は天下に名を轟かせた武辺として戦国時代は有名であったが、
小説などにはほとんど出てこない。
加藤弥三郎の親戚でもある。
このように、後々出世しなかったり、途中で死んでしまった武将は
小説などには出てこない。
歴史小説は、最初に答え合わせをして、
運よく生き残った者を大名と親しい稀代の名将として描いている場合が多い。
しかし、生き残った者は有能であったからこそ生き残ったともいえ、
名将として描かれている者が凡庸なわけではない。
歴史をさぐっていくと、
思わぬところで思わぬ者たちが顔を出すことがある。
その者たちを調べていくと、まるで呼ばれているように、あとからあとから、
その者に連なる者たちが出てくる。




