無償のプレゼントをする織田信長
自分と利害関係がある人にプレゼントするのは当たり前。
自分にとって何の利にもならない庶民にプレゼントするのは異例
戦国大名はだれかに贈り物をするとき、
だいたいは目上のものに贈り物をします。
同盟を結んでほしいとき、織田信長が武田信玄や上杉謙信に贈り物をするのは
当たり前のことです。
ただ、織田信長は自分にとって、まったく見返りのない贈り物をよくします。
自分が天人に扮して劇をしたときに見物に来た老人や子供。
神社で餅まき、
障碍者に高級な絹の反物。
キリシタンに干し柿、
そして、雑兵の草鞋の紐が切れた時のために、腰に草鞋を数枚つねにぶら下げていました。
そして、雑兵の草鞋が切れて裸足で走っている者の中で、足が切れてけがをしている
者を見つけると、草履をやりました。
兼松正吉が織田信長からもらった半足という草鞋が現存しています。
また浅井朝倉に挟撃されたとき命からがら逃げてきた織田信長にお茶とお菓子を
さしだした長谷川惣兵衛茂元に「何もさしあげるものはないが」と鹿の革の革袴と銀一枚を
お礼としてさしだしています。
革袴は、はいていないと内股の革がむけてすごく痛いのに、
それを何もあげるものがないからと差し出しているのです。
何か利害関係があるわけでもない、見ず知らずの庶民に対して、そこまで感謝の意を
あらわす大名は他にはいません。
ちなみに、豊臣秀吉は、自分がたまたま訪れた寺で茶を所望したところ、
当時、茶は高級品であったので白湯を出したところ
秀吉がその寺に「湯沢山 茶くれん寺」という名前を与えたという逸話が残っています。
これはこれで、お茶目で面白いですね。
この浄土院(湯沢山 茶くれん寺)には実際取材に行ってきました。
信長は、本当に自分にとって利用価値のない庶民にも色々プレゼントをしています。
そのほかにも駆け出しの使者だった黒田官兵衛には刀を与えています。




