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アントワーヌの依頼

「やあアリス、わざわざ来てもらってすまないね」


 応接間のドアを開けたアリスに向かってシャルルが言った。


 応接間にはシャルルだけではなくもう一人、がっしりとした体格の美男子がいた。艶やかな長い黒髪、彫りの深い顔に浅黒い肌。少しやつれた表情に見えたが、その黒い瞳は強い意志をまとった輝きを放っていた。年齢はシャルルと同じくらいだろうか。アリスは初対面ながら、すぐに何者なのか見当がついた。


(この御方はきっと……)


「アリスさん、こんにちは。お会いできて光栄です。アントワーヌ・ドゼーと申します。本当はお二人の結婚式にも出席したかったのですが、行けずに申し訳ありません」


 アントワーヌは椅子から立ち上がると、アリスの手を力強く握って挨拶した。シャルルが言った。


「あれ、そうか二人は初対面だったんだね」

「そうそう、手紙でやり取りしたことはあったけどね」


(彼がアントワーヌ・ドゼー様……シャルル様の無二の親友……!)


 アリスは二人の僅かなやり取りですぐにその親密さを感じ取った。


 アントワーヌは、以前アリスがシャルルを拘置所から救出する際の鍵になっただけでなく、アリスがバシュラール家の別荘に捕らわれていた時にヒントを与えてくれた、シャルルとアリスの命の恩人でもある。


「……こちらこそ、お会いできて光栄ですわ。アントワーヌ様。いつぞやはお世話になりました」


 シャルルはアリスに椅子にかけるように促すと、すぐに真剣な表情になった。


「アントワーヌ、アリスに先ほどの話をもう一度してくれないか?」

「ああ……分かった」


 アントワーヌは緩めた口元を結ぶと、厳しい表情で語り始めた。


「もう間もなく、国中が知るところとなるんだが……。僕の妹、ルイーズが今朝逮捕されたんだ。婚約者を殺した罪でね」


(……えっ?)


 アリスは目を見開いた。


「天に誓って言おう。ルイーズが人殺しなんてこと、するわけがない……。これは何かの間違いなんだ。それにルイーズは相手のラファエル侯爵のことを心から愛していた」


 アリスは口を開いた。


「それは……心よりお悔やみ申し上げます。しかしどうして……アントワーヌ様の妹君が逮捕されてしまったのですか?」


 アントワーヌは俯きがちに、拳を握りしめながら言った。


「なんでも……全ての状況証拠がルイーズが犯人であることを示しているそうなんだ。きっと誰かのでっち上げだ」

「……もし証拠がでっち上げなのであれば、きっと無罪を勝ち取れるはずですわ」


 アリスが二人の顔を交互に見たが、彼らの顔色は冴えない。シャルルが言った。


「それが、事はそれほど簡単ではないんだ」

「と言うと?」

「今回の事件の担当検察官は、あのガブリエル・マルタンなんだ。アリスも名前を知っていると思うけど、彼の担当したこれまでの事件は有罪率100%。そして彼はオベール=バシュラール家没落に対する復讐に心を燃やしていて、我々アルノー家だけでなく、ドゼー家も目の敵にしている……。きっと今回の件も自ら立候補したんだろう」


 アリスはガブリエル・マルタンの記事を思い出していた。陪審員たちの人心掌握に優れ、圧倒的な有罪率だけでなく、その胸先三寸で被告人の罪の重さまで決まるとすら噂されるIQ200の天才検察官――それがガブリエル・マルタンである。


「ガブリエル・マルタンに対抗できる弁護士に心当たりはあるのですか……?」

「そこが問題なんだ、アリス……」


 アントワーヌがそこでシャルルを遮るように口を開いた。


「アリスさん、その優秀な弁護士に心当たりがないか、藁をも掴む気持ちでシャルルを訪ねたんだ。このままでは……このままではルイーズがギロチン台に送られてしまう……」


 アントワーヌの表情は曇り、その無骨な両手で顔を覆った。アリスはあごに右手の人差し指を当てて考え込んでいた。


「しかし……私には腕のいい弁護士の知り合いはいないですし……」

「ああ、僕の知り合いにもいないよ。現にアルノー家はこの国中の優秀な弁護士を集めてガブリエル・マルタン相手に訴訟で負け続けているしね」

「では……」

「ああ、打つ手無しだ」


 アントワーヌはシャルルの言葉を聞いてガックリと肩を落とした。


「そうか……相談に乗ってくれてありがとうシャルル。急ぎ帰って対策を練るとするよ」

「……待ってくれアントワーヌ。君は僕の言うことを信じるかい?」

「ああ、それはもちろんさ」

「僕はガブリエル・マルタンに勝てる唯一の可能性を持った弁護人を知っている」


 アントワーヌはガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。


「……おい、なんだって?今君は打つ手無しって言ったばかりじゃないか」

「ああ、弁護士に当てはないよ。でも弁護人なら別だ。この国では、弁護士資格が無くとも弁護人は務められることになっている」


(どういうこと……?)


 アントワーヌとアリスの二人はきょとんとした表情でシャルルを見つめた。シャルルは言った。


「ここにいるアリスだよ。アントワーヌ、今までアリスはどんな困難でもその頭脳で乗り切ってきたんだ。それが誰かの弁護だろうが、問題に大きな差はないはずだ。僕がアントワーヌなら、他のどんな弁護士よりもアリスを信頼して妹の命を預ける。アリス、ルイーズさんの無実の証拠を掴み、無罪を勝ち取ってくれるかい?」

「……は、はい?」

 

 アリスがしばし唖然とする中、二人の視線がアリスに集まった。


(いや……私誰かの弁護なんてしたことないんですが……。さすがに無茶振りが過ぎるのでは……)


 アリスはそう喉から出かかった言葉を飲み込んだ。


「アリスさん……君が妹の命を救ってくれると?僕はシャルルの言うことなら信じる」


 アリスは目を空中に泳がせた。アントワーヌはアリスに近づくと、その手を取って跪いた。


「アリスさん……妹を、どうか救って欲しい。我が妹の命を預けよう」


 しどろもどろになるアリスにシャルルが追い打ちをかけた。


「アリス、君ならできるはずだ」


 素人の弁護人が天才検察官を相手に……?それも不利な状況証拠は揃っているときている。どう考えても厳しい。どうやって勝つのか、アリスには皆目見当がつかなかった。そして大事な人の命がかかっている。だがこの状況での返答は恐らく「はい」か「イエス」しか残されていないのだろう。アリスは両肩に重くのしかかってくるものを感じた。


「……分かりました。私でよろしければ全力を尽くしますわ。シャルル様……我が夫の命とあらば。それにアントワーヌ様は我々の命の恩人ですし」


 曇っていたアントワーヌの表情がパッと輝いた。


「ありがとう……!ありがとうアリスさん」


 アリスはシャルルの肩に手を置くと、耳元で囁いた。


(シャルル様……これが無事終わったら新婚旅行に連れていってもらいますわ)


 シャルルはアリスの目を見つめると、にっこりと微笑んで頷いた。

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