四十一話 黄金の槍
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ラッセルとスズメバチは、ラッセルの勝利。
エレシュリーゼとミラエラは、エレシュリーゼの勝利。
モニカとモンシロの勝敗は、今だ分からない状況……一方、レシアとアリアは、屋敷を飛び出し、荒涼とした荒野で、己の武器を突き合わせていた。
レシアの槍と、アリアの尖った足先が交差する。
キイイッと、金属質の甲高い音が、お互いの耳をつんざく。
戦闘開始から数十分が経過しているが、今だ有効打はない。
神器の力で強化されていてもなお、アリアの頑丈な外骨格を貫けなかった。
彼女は上半身と下半身で肉質が大きく異なる。
人間である上半身は、柔らかく容易に貫くことが可能だ。反対に、下半身は強固な外骨格で守られており、特に足は武器になり得るほど硬い。
黒光りする足先が煌めき、レシアの頬を掠める。
鋭い一撃だった。
レシアの顔が歪む。当てればひとたまりもないという緊張感から、表情筋が力んだのだ。力みは、体を強張らせて、次の行動を半歩ほど遅らせる。
その僅かな間隙を縫って、アリアが怒涛の攻勢に出る。
「っ……『糸纏』!」
強靭な六脚を屈伸させて跳躍――臀部からクモ特有である白銀の糸を吐き出し、全身に纏わり付かせる。
名は体を表すという通り、全身に糸を纏わせたアリアが、レシアの頭上からのしかかる。
この時、レシアの中で二つの選択肢が生まれる。
のしかかるアリアを、槍で貫くか、または横薙ぎに払い除けるか……判断は一瞬。
彼女の纏った糸を懸念し、払い除ける選択肢を取る。
最もリターンの高い、選択肢を排除して、ようすを見るために距離を取る判断を下したのだ。
だが、どちらの選択肢も正解ではなかった。
レシアが宙に跳び上がっているアリアを、槍の柄で叩き落とそうとすると――突如、柄が糸に絡め取られた。粘着性の強い糸に触れたことで、柄がくっついてしまったのだ。
レシアは咄嗟に、槍を手放して前へ転がることで、アリアのダイブを躱す。
アリアの六脚が地面を突き刺し、空振りに終わったものの、槍は彼女の糸に奪われてしまった。武器を失うのは、あまりにも致命的なミス――アリアはブリュンヒルデを手にして、薄く笑みをこぼした。
「さあ、レシア様の武器は私の手に……大人しく捕まっていただけないでしょうか?」
「お断りします……それに、その槍は神器です。私の手を離れたところで、問題はありません」
神器はブリュンヒルデを問わず、不可思議な物質で構成されている。いかなる物理法則にも当てはまらない。故に、なにもないところから出したり、消したりと、所持者の思うままに扱うことができる。
レシアは、アリアの手に渡ったブリュンヒルデを光の粒子に変換させ、再び手の中で再構築する。ブリュンヒルデは、再び彼女の手に渡り、状況は平行線へと戻った。
「驚きました……さすがは、神器使い――いえ、レシア様でございます」
粘着性の高い糸を体に纏う『糸纏』で、武器を奪い取るまで想定していたのだろう。
武器を奪ってしまえば、展開は有利に運ぶ。しかし、詰めが甘かった。アリアの想定以上に、神器は特別な武器であった。
アリアは頬に汗を一雫流し、一筋縄では行かないと、自分が対峙する人物の認識を改める。
相手は、ただ囚われているお姫様ではない。魔人たる自分を凌駕し得る力を持った神器使いなのだと。そう、アリアは考えて、レシアの出方を窺う。
さて、彼女と対峙するレシアは、槍を取り返した後、何か行動を起こすこともなく、ただアリアを見澄ましていた。
二人の間に緊張感が走る。
どちらも当たれば、相手の肉を穿ち、骨を砕く、尋常のものではない武器を持っている。下手に動けば、忽ち串刺しにされるのは自分だ。
そういう、独特な緊張感が、二人を後手に後手にと回している。
長いようす見が続く中――沈黙を破ったのは、アリアの方であった。前足の二本を上げると同時に、臀部から糸を吐き出す。その糸を前足で器用に捏ねくり回して団子状に仕上げる。
直感的に、危険な予感を覚えたレシアが、アリアの一手を封じるべく動き出すが、すでに遅い。アリアは団子状に纏めた糸玉を、手に持って、レシアに向かって投げ飛ばす……!
「『ネストボール』!」
「っ……!」
アリアに向かって前進していたレシアだったが、進路上に得体の知れない糸の塊が投球されたため、途中で横に跳んで回避する。
目標を失った糸玉は、地面に当たり、べちゃっと音を立てて潰れ、周囲に粘着質な糸をばら撒いた。いかにも、踏めば足が取られ、身動きのできなくなりそうな罠である。
アリアは続けて、糸玉を数発、連続でレシアに投げつけるものの、素早い動きで糸玉を華麗に回避――徐々にアリアとの距離を詰めていく。
接近戦では、小回りの効くレシアの方が有利だ。ここまでは、六脚という手数の多さで誤魔化していたが、それがなんども通じるほど、彼女は甘い神器使いではない。
とにかく、槍の射程距離にまで接近されまいと、アリアは臀部から糸を吐き出し、自身の目の前にクモの巣を生成する。
クモの巣に引っかかれば、身動きが取れない――そう考えたレシアは、急ブレーキをかけて足を止める。
その隙に、アリアは六脚をカサカサと動かして後退。糸玉を生成し、レシアに向かって投げる。しかし、やはり当たらない。
レシアが速すぎたのだ。
しかも、その速度は戦闘の中で上昇を続けていた。身に纏ったいるピンク色のオーラが、速度に比例して大きくなっている。
ブリュンヒルデの効果……愛するものへの愛の大きさ。それが、レシアの中で大きくなっていることが、その要因であった。
「……オルトが、私のために……来てくれた……!」
以前は、八年の歳月をかけて……今回は喧嘩をした後だったか。
本当は、不安で仕方がなかった。
オルトなら、必ず助けに来てくれると信じていた。これは自意識過剰というよりも、本当に心の底からオルトを信じていたというだけだ。
しかし、喧嘩直後ということもあり、自分に愛想を尽かせていないか、心配をしていた。それが、ここへ来てからブリュンヒルデの力が弱まっていた原因であった。
ただ、その心配は杞憂も杞憂。
オルトは当然の如く、ここへ殴り込みに来て、蝿の王と戦っている――それがレシアの心を満たしている。
オルトが助けてに来てくれたという事実だけで、彼女の力が高まっていた。
対峙しているアリアからすれば、単純な理由でパワーアップするなど堪ったものではない。
「くっ……! 地面に、糸をばら撒いて行動範囲を制限しているはず……なのに……!」
レシアの足は止まらない。罠にも引っかからない。
すでに、ここら一帯を白色で埋め尽くさんばかりの糸がばら撒かれているが、彼女が引っかかるようすは一向にない。
僅かに足を滑り込ませることができれば、つま先で接地し、羽のような身軽さで駆け抜けていく。
ブリュンヒルデを持って、地を駆けるさまは、さながらペガサスを彷彿とさせる神々しさがあった。
アリアは、その姿に敵ながら見惚れてしまった。なんと美しい姿なのかと……目を見開いて、魅入ってしまった。魅了されてしまった。
それが、勝負の別れ目であった。
「しまっ……!」
一瞬でレシアが間合いを詰めて来たことに、油断していたアリアはバランスを崩し、尻餅をついてしまう。完全に無防備を晒すことになり、眼前にまで迫ったレシアは隙を逃さず槍を構えた。
死――。
アリアの脳裏に、その一文字が浮かぶ。だから、死を覚悟し、瞳を閉じたが、レシアの槍がアリアを貫くことはなかった。
「っ……!」
ブリュンヒルデの槍先は、彼女の頬を掠めていた。明らかに外したのではなく、わざとであることは見て分かった。
アリアは気丈に、眼前で槍を突いたまま自分を見つめるレシアへ抗議する。
「なぜ……外されたのでしょうか……」
「……やはり、私にあなたは殺せません」
「敵……でございます」
彼女は飽くまでも、蝿の王に仕えるメイドであり、四天王……。蝿の王という主君がいる限り、いや、居なかったとしても魔人である時点で、神器使いの敵という点に変わりはない。
そんなことは、レシアも分かっている。
魔人が、人類を脅かす存在である以上は、戦うべき相手であることは、重々承知していた。
分かっているが……レシアは、否と――首を横に振った。
「……だって、アリアさんは、悪い人じゃないんだもん」
今まで魔人とは、キュスターみたく極悪非道で、明らかな人類の敵であると……そう思っていた。しかし、ここへ来て、アリアに出会って、魔人にも色々な人がいることを知った。
簡単に言えば、情が移ってしまったのだ。
アリアは唖然として、口をパクパクとさせる。
「……レシア様は、甘過ぎです」
「ごめんなさい……」
レシアは言われて、ブリュンヒルデを引いて、頬を掻きながら苦笑を浮かべた。
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