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二十一話 暴食の魔将

 エレシュリーゼは表情を強張らせる。


「……分かり……ましたわ。わたくしが十分間、生きていたら通してもらいますわ。オルトさんは先へ……」

「…………」


 俺は迷った。

 エレシュリーゼの目には、何やら策があると言いたげに見えたのだ。

 だが、相手がやばい。やばすぎる。俺やラッセルならともかく、今のエレシュリーゼで十分はギリギリだ。絶妙な時間を提案してきやがる。

 俺はどうするべきか考え――。


「ええい! 任せたぞ! エレシュリーゼ!」


 俺はエレシュリーゼにこの場を任せ、ミラエラの横を走りすぎた。





 残されたエレシュリーゼとミラエラは、静かな荒野で相対している。

 沈黙が続く中、先に口を開いたのはミラエラの方だった。


「残念ね。彼も、とても美味しそうだったのだけれど……。彼とやり合うには、私もそれなりの覚悟が必要そうだったし、仕方ないわね」

「…………」


 エレシュリーゼは緊張から、全身に冷や汗を掻く。

 この場には、頼りになるオルトはいない。そして、目の前に立つ魔人ミラエラは、オルトが注意せずとも、危険であることが伺えた。


「そういえば、あなたの名前は聞いていなかったわね。私はさっきも名乗ったけれど、ミラエラよ。あなたは?」

「わ、わたくしは……エレシュリーゼ・フレアムですわ」

「いい名前じゃない。エレちゃんって呼んでもいいかしら?」

「ええっと……」


 なぜか親しげに話しかけてくるミラエラに、エレシュリーゼは困惑してしまう。

 それが表情に出ていたからか、ミラエラは扇子の下でクスクスと微笑む。


「うふふ。私なりにエレちゃんの緊張をほぐしてあげようかと思ってね? だって、硬いお肉は美味しくないんだもの。柔らかくしなくっちゃねえ……?」

「なるほど……わたくしをもう殺せるおつもりで?」

「さあ? どっちでも構わないわ。まあ、せいぜい……十分間、私を楽しませて欲しいわね。エレちゃん……?」

「ええ、楽しませて差し上げますわ……! 『エレメンタルアスペクト』!」


 エレシュリーゼが叫ぶと、体が炎に包まれる。

 相手の実力は未知数だ。少なくとも、様子を見ていては確実にエレシュリーゼの死――。最初から全力で挑まなければならない。

 ミラエラは微笑みを絶やすことなく、その美しい手を伸ばす。と、次の瞬間――。


「っ……!」


 エレシュリーゼの右脚が喰われた。

 痛みで発狂しそうになったエレシュリーゼだが、寸前で唇を噛み絶叫を堪える。

 その場から炎を噴射させて飛び退き、状況の確認のため宙に浮く。


「あら……よく発狂しなかったわね。エレちゃん」

「こ、れは……!」


 空中から見下ろさなければ分からなかった。

 真っ黒な影が地面を埋め尽くしていた。影は水のように自在に動いている。


「私はね。『暴食の魔将』って呼ばれているの。その影は、私の権能の一つ……触れたら、食い千切られちゃうわよ?」

「くっ!?」


 地面で蠢いていた影は、獰猛な肉食獣のような形に変化し、宙を浮遊していたエレシュリーゼに襲いかかる。

 エレシュリーゼは炎を噴射させて攻撃を避けると、炎の中から愛剣を取り出し、影に斬りかかる!


「はあああ!」


 愛剣に炎を纏わせて振り下ろすが、影に触れた瞬間、剣は半ばから消え去った。エレシュリーゼは直感的に喰われたの認識する。

 影はすぐさま、エレシュリーゼに反撃とばかりに大口を開ける。

 エレシュリーゼは体を霧散させ、影に喰われる寸前で回避――やや離れた位置で、再び体を再構築する。


「いいわね……エレちゃん。脚を喰われても発狂しない胆力、咄嗟の判断力や状況の分析力……。魔法制御も逸品ね」

「お褒め頂き嬉しい限りですわ……」

「うふふ。素直のところも唆られるわあ……ああ、食べちゃいたい」

「ご遠慮願いますわね。そればかりは……!」


 エレシュリーゼは考えた。

 影に攻撃が効かなくとも、本体のミラエラには攻撃が通用するのではないかと……。

 エレシュリーゼは手のひらをミリエラに向けると、炎の塊を放つ。

 ミラエラは影を呼び戻し、それを盾にしてエレシュリーゼの攻撃を防いだ。


「そう簡単には……通りませんわね」

「うふふ。そういうこと……さあ、まだまだ時間はたっぷりとあるわ。楽しみましょう? エレちゃん」


 ミラエラは微笑んだ。


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