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二十話 只ならぬ敵



「あら……また人間のお客さんなんて珍しいわね」


 俺とエレシュリーゼが屋敷に向かって走っていた途中だった。再び、その進路を塞ぐように魔人が立ちはだかった。

 妖艶な姿をした一見、人間の美女で、扇子を使って口元を隠していた。


「まあ、そうですわよね。流れ的に」

「いや、待て。エレシュリーゼ……こいつは……」


 エレシュリーゼが前に出たので、俺は咄嗟に彼女の腕を掴んで止めた。


「モニカさんやラッセルさんが戦っているのに、わたくしがここで引くわけには行きませんでしょう?」

「……ちげえ。こいつは、さっきまでの奴らと格がな」


 エレシュリーゼを信用していないわけではない。魔人と戦うポテンシャルを、エレシュリーゼは備えている。だから、俺だって相手がただの魔人なら、安心して任せ、レシアのところに向かうだろう。

 だが、目の前に立つは魔人は違う。レベルが違う。

 ふと、魔人は扇子の下で微笑んだ。


「うふふ。勘違いしないでくれるかしら。私は、今から帰るところなの。だから、あなた達の邪魔をするつもりはないのよ?」

「じゃあ、そこを通してくれるってのか?」

「ええ。通りたければ、お好きにどうぞ……あら?」


 魔人の目が、エレシュリーゼに向けられた。その瞳は、品定めする獣が如きもので――ぴしゃりと扇子を閉じた。


「あなた……」

「え? わ、わたくし……?」

「ええ、そう。あなた……美味しそうねえ……」

「……え」


 魔人は呟くと同時に、瞬きの間にエレシュリーゼの眼前に姿を現わす。そして、徐にその手がエレシュリーゼの心臓に伸び――俺はその手を掴んで止めた。


「通してくれるんじゃあなかったのか?」

「うふふ。あなたは通ってくれてもいいわよ? ただ、この子はダ〜メ……。丁度、彼の屋敷でご馳走を見逃したところでねえ? うるさい小蝿を潰したんだけど、腹の足しにならなかったのよねえ……」


 小蝿……?

 一体、なんの話をしているのかと首を傾げたが、すぐに気づいた。

 さっきは魔人の陰になっていて見えなかったが、地面に何かの死骸が横たわっていた。臓物が地面に撒き散らされ、頭蓋は割られ、脳みそが啜られていた。

 見たところ、魔人のようだが……。


「蝿の王の四天王って言うから期待してたんだけどね? ちょっと欲求不満になってしまったの……だから、この子で口直しさせて欲しいのだけど。いいわよね?」


 魔人は妖艶に微笑み、空いている手を再びエレシュリーゼに伸ばす。俺は目を細め、威圧することで魔人の動きを咎めた。

 ピタリと魔人は動きを止めて、伸ばした手を引っ込める。俺が手を離すと、大人しく一歩引いた。


「もう……つれないわねえ? 邪魔をするなら、あなたも通してあげないわよ?」


 魔人は再び扇子を広げて口元を隠し、不満げな視線を俺に向けた。


「そりゃあ、困ったな。まあ……どのみち、ここであんたを迂回することはできなそうだけどな……」


 そっちがその気ならと、俺は腰の刀に手を置く。

 魔人は扇子の下で微笑んだ。


「うふふ……この私と戦うつもりなのかしら。愚かな選択ねえ……あなた、名前は?」

「名前を名乗る時は、自分からって言うだろ?」

「面白い人間だこと。私は、ミラエラよ」

「俺はオルト」

「じゃあ……オルト。ここを通したければ、その女の子を置いていくか、私を倒すことね」

「んじゃあ、てめえをぶっ飛ば――」


 俺が臨戦態勢に入ろうとした折、横からエレシュリーゼの声が割り込む。


「……オルトさんは、先へ」

「……そいつはできねえ。こいつは、普通じゃねえ」


 エレシュリーゼでは対応できない。

 だが、それはエレシュリーゼも重々承知していたのか、酷く真剣な表情でミラエラを見据えた。


「分かっていますわ……きっと、わたくしでは力不足なのでしょう……。けれど、今優先されるべきなのは、レシアさんの救出ですわ。この方に時間を浪費している暇は、ないはず」

「だ、だけど……!」


 まさかここでエレシュリーゼを見捨てることなんかできるわけがない。ミラエラは、確実にエレシュリーゼを殺すだろう。そういう相手だ。

 それはエレシュリーゼも分かっている。気づいているはず。それでも……。


「他のお二人が格好をつけたのですから……わたくしにも、格好つけさせてくださりませんか?」

「……バカが! 自分の命の方が大事に決まってんだろうが!」

「優先順位を考えてくださいませ! わたくしよりも、今はレシアさんのはずですわよ!」


 俺もエレシュリーゼも、一歩も引かない。

 それを見ていたミラエラは扇子を仰ぎながら、


「……そうねえ。それじゃあ、特別にその女の子も通してあげてもいいわよ? ただし、条件はあるけれどね」

「なんだと……?」


 突然の提案に、俺はミラエラに訝しげな視線を送る。ミラエラはそれを気にすることなく続ける。


「別に私は、蝿の王のために時間稼ぎする理由も義理もないのよ。ただ、気まぐれにその女の子が食べてみたくなっただけだし……食べられなかったら、それはそれで別にいいわ」

「信じろってか?」

「そこは信じても信じなくてもいいわよ? 私はどっちでも困らないもの。でも、急いでるんでしょ?」


 ミラエラはクスクスと笑う。


「その……条件とはなんですの?」

「そうねえ……十分間。あなたが生きていたら、見逃してあげるわ」


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やる気……出ます!

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