十六話 半端者
アリアは考え込んでいるレシアに気がつかず、「こちらが……」と屋敷を案内している。
もちろん、レシアは屋敷の構造を記憶し、アリアの耳に傾けながら思考を巡らせている。
暫く並んで歩いていると、
「あら……人間のお客さんなんて珍しいわね」
「っ……」
廊下の向かいから一人の女性が、レシアに声をかけた。その瞬間、アリアは身を強張らせて不恰好なお辞儀をする。
アリアの様子にレシアは首を傾げながら、
「お客さんなんてものではありませんが、こんにちは。あなたは?」
女性は手に持った扇子で口元を隠しており、素顔ははっきりと見えない。ただ、身に纏う空気から只者ではないことが窺えた。
妖艶な姿をしており、闇色の髪の隙間からレシアを射抜く瞳に、レシアは警戒を強める。
「うふふ。ミラエラよ。こんなところに人間なんて珍しいわね。本当に。……ギルダブの知り合いかしら?」
「ええっと……」
知らない名前に、レシアは戸惑う。
ミラエラはきょとんとした後、不思議そうに首を傾げた。
「あら? 違うの? 変ね……ならどうして、ここに人間が……」
「み、ミラエラ様……こちらのレシア様は、ご主人様の……」
アリアが助け舟を出した。
説明を受けたミラエラは、「ああーなるほど……」と頷く。
「いかにも美味しそうだものねえ……。でも、まあ私が手を出したら蝿の王に怒られそうだし、仕方ないわね……」
「…………」
レシアは不穏な一言に眉尻を上げる。
ミラエラはクスクスと笑いながら、「それじゃあね」と言って廊下を歩いていく。
レシアは「一体なんだったのよ……」と呟き、はたと気がつく。近くで仕事をしていたメイド達が、アリアに悪意ある視線を向けている。
「…………それでは、参りましょう」
まさかこれだけの悪意を、敵意を浴びせられていて気づいていないはずがない。それでも、アリアは全て無視して歩き出す。
半端者……半端者ね。
レシアはアリアの背中を見つめながら、その後を追った。
※
一通り屋敷内を見て回り、部屋へと戻ったレシアは天井を仰いで寛いでいた。
世話係のアリアは食事の準備をしてくると言って、今はレシアしかいない。そこへ、物陰からカサカサと虫が現れる。姿形は、ムカデそのものだが……レシアは鼻を鳴らした。
「蝿の王……ですか」
『よく分かったな。花嫁。ああ、我が花嫁よ』
「やめてください」
ムカデは蝿の王だった。正確には、蝿の王の一部というところだろうか。彼の体は無数の蟲で構成されている。ならば、当然……その蟲を使ってレシアを監視していても不思議ではない。
レシアがこれだけ自由に屋敷内を歩きまわれたのも、蝿の王が自ら監視していたからだ。絶対に逃がさない自信があるのだ。
『つれない花嫁だ……ここでの生活は、これから長くなる。早めに慣れるといい』
「そんな心配はご無用です。すぐに出て行きますから」
『できるといいな。できるわけがないが』
そこで会話が止まり、蝿の王が再び物陰を隠れようとした時。レシアが口を開く。
「そういえば……私の世話係のアリアさんですけど」
『おや。彼女が何か粗相でもしたかな』
「違います。彼女は非常に優秀です」
『そうか。できる限り人間に近い姿の者を選んだんだ。気に入ってくれて嬉しいよ。ああ、嬉しいよ』
「それで……彼女。周りから半端者と呼ばれているようなのですが、どういう意味ですか?」
レシアが問いかけると、蝿の王は暫く押し黙る。
『…………言っただろう。できる限り人間に近い姿の者を選んだと。君は、他のメイドを見たのだろう?』
「ええ、見ました」
『そういうことだ』
レシアはなるほどなと頷いた。
上半身は人間、下半身はクモ――人間にも虫にもなりきれない半端者。大体、こんなところか。下らない。
レシアは蝿の王を睨みつけた。
「下らないですね。全くもって下らない」
『……その通りだ。実に下らないことだ』
意外なことに蝿の王は、レシアの言葉に賛同する。
この時、レシアの中で実はいい奴なのでは? という希望が生まれる。しかし、それもすぐに打ち砕かれた。
『所詮は全て、使い捨ての駒に過ぎないのに、実に下らない。死んだところで、また卵を産ませれば、いくらでも産まれる。実に、便利な駒だ。ああ、実に便利な駒だ。はは。はは。ああ、はは』
「…………」
少しでも勘違いした自分が間違っていたと、レシアは天井を仰いだ。
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