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十六話 半端者

 アリアは考え込んでいるレシアに気がつかず、「こちらが……」と屋敷を案内している。

 もちろん、レシアは屋敷の構造を記憶し、アリアの耳に傾けながら思考を巡らせている。

 暫く並んで歩いていると、


「あら……人間のお客さんなんて珍しいわね」

「っ……」


 廊下の向かいから一人の女性が、レシアに声をかけた。その瞬間、アリアは身を強張らせて不恰好なお辞儀をする。

 アリアの様子にレシアは首を傾げながら、


「お客さんなんてものではありませんが、こんにちは。あなたは?」


 女性は手に持った扇子で口元を隠しており、素顔ははっきりと見えない。ただ、身に纏う空気から只者ではないことが窺えた。

 妖艶な姿をしており、闇色の髪の隙間からレシアを射抜く瞳に、レシアは警戒を強める。


「うふふ。ミラエラよ。こんなところに人間なんて珍しいわね。本当に。……ギルダブの知り合いかしら?」

「ええっと……」


 知らない名前に、レシアは戸惑う。

 ミラエラはきょとんとした後、不思議そうに首を傾げた。


「あら? 違うの? 変ね……ならどうして、ここに人間が……」

「み、ミラエラ様……こちらのレシア様は、ご主人様の……」


 アリアが助け舟を出した。

 説明を受けたミラエラは、「ああーなるほど……」と頷く。


「いかにも美味しそうだものねえ……。でも、まあ私が手を出したら蝿の王に怒られそうだし、仕方ないわね……」

「…………」


 レシアは不穏な一言に眉尻を上げる。

 ミラエラはクスクスと笑いながら、「それじゃあね」と言って廊下を歩いていく。

 レシアは「一体なんだったのよ……」と呟き、はたと気がつく。近くで仕事をしていたメイド達が、アリアに悪意ある視線を向けている。


「…………それでは、参りましょう」


 まさかこれだけの悪意を、敵意を浴びせられていて気づいていないはずがない。それでも、アリアは全て無視して歩き出す。

 半端者……半端者ね。

 レシアはアリアの背中を見つめながら、その後を追った。





 一通り屋敷内を見て回り、部屋へと戻ったレシアは天井を仰いで寛いでいた。

 世話係のアリアは食事の準備をしてくると言って、今はレシアしかいない。そこへ、物陰からカサカサと虫が現れる。姿形は、ムカデそのものだが……レシアは鼻を鳴らした。


「蝿の王……ですか」

『よく分かったな。花嫁。ああ、我が花嫁よ』

「やめてください」


 ムカデは蝿の王だった。正確には、蝿の王の一部というところだろうか。彼の体は無数の蟲で構成されている。ならば、当然……その蟲を使ってレシアを監視していても不思議ではない。

 レシアがこれだけ自由に屋敷内を歩きまわれたのも、蝿の王が自ら監視していたからだ。絶対に逃がさない自信があるのだ。


『つれない花嫁だ……ここでの生活は、これから長くなる。早めに慣れるといい』

「そんな心配はご無用です。すぐに出て行きますから」

『できるといいな。できるわけがないが』


 そこで会話が止まり、蝿の王が再び物陰を隠れようとした時。レシアが口を開く。


「そういえば……私の世話係のアリアさんですけど」

『おや。彼女が何か粗相でもしたかな』

「違います。彼女は非常に優秀です」

『そうか。できる限り人間に近い姿の者を選んだんだ。気に入ってくれて嬉しいよ。ああ、嬉しいよ』

「それで……彼女。周りから半端者と呼ばれているようなのですが、どういう意味ですか?」


 レシアが問いかけると、蝿の王は暫く押し黙る。


『…………言っただろう。できる限り人間に近い姿の者を選んだと。君は、他のメイドを見たのだろう?』

「ええ、見ました」

『そういうことだ』


 レシアはなるほどなと頷いた。

 上半身は人間、下半身はクモ――人間にも虫にもなりきれない半端者。大体、こんなところか。下らない。

 レシアは蝿の王を睨みつけた。


「下らないですね。全くもって下らない」

『……その通りだ。実に下らないことだ』


 意外なことに蝿の王は、レシアの言葉に賛同する。

 この時、レシアの中で実はいい奴なのでは? という希望が生まれる。しかし、それもすぐに打ち砕かれた。


『所詮は全て、使い捨ての駒に過ぎないのに、実に下らない。死んだところで、また卵を産ませれば、いくらでも産まれる。実に、便利な駒だ。ああ、実に便利な駒だ。はは。はは。ああ、はは』

「…………」


 少しでも勘違いした自分が間違っていたと、レシアは天井を仰いだ。


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