三十四話 覇王裂帛
あ、投稿……出来ました!
「いけ! あの男を殺せ!」
「…………!」
キュスターの声に呼応し、レシアがオルトに向かって槍を穿つ。
オルトは冷静に槍の軌道を見極め、上体を逸らす。オルトの胸板を槍先が掠める――!
「おいおい、レシア……簡単に洗脳なんざされちまいやがって……ったく!」
一発入れれば正気に戻るかも……などと考えたが、仮にも魔人の能力。あまり浅はかな判断を下すのは……愚かだ。
レシアは槍を引き戻し、再びオルトに向かって突く。
まさに神速の突きというべき速度――風切り音が遅れて走る。オルトの顔に向かう槍先。オルトは、首を捻って躱す。槍先はオルトの頬を滑る。
その後、レシアの連続突きが二度と、三度と続けられるが――オルトは最小限の動きのみで全て捌いて見せる。
「ば、馬鹿な!? この私を圧倒していた神器使いの猛攻をっ!?」
キュスターが異次元の戦闘に目を剥く。
レシアの力は、先程と全く変わらない。速度も異常を極めている。魔人であっても反応できるかどうかという領域――それを紙一重で躱しているオルトとは、一体何者なのか……?
キュスターが地面を這った状態でそんな事を考えている間も、オルトはレシアの槍を捌き続ける。
「避けても避けても……こっちは反撃できねえってのに! くそっ……仕方ねえなあ!!」
オルトと言えど、レシアに攻撃を加えるのは心が痛む――だが、このままでは埒があかない。
無理にでもここは……レシアを無視してキュスターを倒す必要がある。今のキュスターならば、オルトの一撃で確実に倒せる。操っている本体が倒されれば、洗脳が解ける筈……。
だが、レシアもそれを黙って見てはいないだろう。
オルトは一撃を喰らう覚悟で刀を抜き、一瞬の間隙を縫ってキュスターへ足を向ける。
「キュスター!」
「ひ、ひいいい!? わ、私を守れえええ!?」
「…………っ!」
オルトがキュスターへ襲い掛かる。レシアは瞬時に反応し、オルトの前に回り込む。
オルトはレシアを無視しようと、右へ進路を切る。その速度は、オルトの体が搔き消える程……。だが、レシアはそれに反応し、槍をオルトの脇腹へ突き刺す。
オルトは『建御雷』で脇腹を硬化させ、そのままキュスターへ向かう――と、次の瞬間。
「っ……てえ!?」
オルトの脇腹を槍が貫通――鮮血が舞う。
レシアはそのまま槍を突いたまま、槍を操ってオルトを横薙ぎに吹き飛ばす。
爆発的な膂力で吹き飛ばされたオルトは、地面に手を付いて受け身を取り、そのまま滑る様にして地面へ着地する。
「いってえ……」
オルトは左脇腹を抑える。
皮膚を鋼の硬度に硬化する『建御雷』を突き破った。その事に、オルトは驚きを禁じ得なかった。今まで、『建御雷』が通用しなかった相手は――唯一ラッセルだけだった。
驚愕するオルトに向かってレシアが追撃に迫る。
レシアによる突きの猛攻――先程同様、紙一重で躱すオルトだったが、脇腹の痛みで動きが鈍い。徐々に、槍が皮膚を掠める。オルトの体に、無数の裂傷が出来る。
「くっ……!?」
オルトは何も出来ないまま――レシアの槍がオルトの腹部を抉る。完全な致命傷――。
「いったあ……」
オルトは顔を歪め、なんとかレシアから距離を取る為に後方へ大きく飛び退く。
オルトはダメージを負った姿で膝を地面に付いた。
「あははは!! 素晴らしい……素晴らしい力だ! 君もガルメラを倒したんだ……それなりに、腕に自信があったんだろう?」
「そりゃあな……いってて」
作り笑いを浮かべたオルトは、腹部と脇腹の痛みにそう呟く。キュスターは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ふふ……そもそも、君では彼女に勝てないさ。私の支配下にあるから分かる……」
「何がだ?」
キュスターは勿体ぶる様に間を空けて答えた。
「神器……愛憎の槍ブリュンヒルデは、愛する者への愛が大きい程、所持者の力が増す。そして……ブリュンヒルデには愛する者への特攻が付いている! ふふ……あははは! レシアが昔から想っていたのは……君だった様だねえ? 君じゃあ、どう足掻いてもレシアには勝てない!」
「…………何?」
オルトは一瞬、何を言われたのか分からず素で返す。
しかし、キュスターにはそれが聴こえていなかったらしい。
「彼女は昔、良く言っていたよ……好きな人の為に……ってねえ。きっと、レシアは君の事が本当に好きだったんだろうねえ……くく……いやはや、そんな彼女に、私との婚約を強制させた時の顔と言ったら……あははは!!」
「…………」
オルトは俯き黙り込む。
その間もキュスターは聞かれてもいない事をペラペラと口にする。
「両想いだったんだ! 良かったねえ? 君は想い人に殺されるんだ……本望だろう?」
レシアは光の無い瞳で、一歩一歩……オルトへと歩を進める。
「そして、レシアは想い人を自分の手で殺す……! 愉快だねえ! 実に愉快だねえ! それを知った時のレシアの顔が、実に楽しみだねえ!! あはは! そして、悲しみにくれる彼女を私の力で操り……じっくりと、神器使いのサンプルとして操ってやる! くく……あははは!」
嗤うキュスター。
レシアは遂に、オルトの目の前でやって来た。槍を構え、そのまま突き出せば、オルトの頭蓋が貫かれる――。
キュスターは自身の勝利を確信して叫んだ。
「さあ、やれ!」
オルトは動かない。
キュスターの命令に従い、槍を突き出したレシアの槍は――オルトを刺し貫く直前で停止した。
カタカタと槍を持つレシアの手が震えている。まるで、何かに抵抗しているかの様な――そして、次の瞬間。レシアを覆うキュスターの魔力がガラスの様に弾け割れ、再び桃色のオーラがレシアの全身を覆った。
「へ……? まさか……洗脳が解けた!? そんな馬鹿な!」
キュスターは思わず間抜けな声を上げる。
レシアは槍を投げ捨て、膝をつくオルトに駆け寄る。
「お、オルト……オルト! ごめん……ごめんなさい! あ、あたし……!」
「……うるせえ、バーカ。おっせえんだよ」
「いたっ……!」
血だらけなオルトは駆け寄って来たレシアの額にデコピンを見舞う。レシアは額を両手で抑えた。
「……まあ、てめえなら自分でなんとかできるったあ思ってた」
「……オルト。で、でも……もうすぐであたし……オルトを!」
「だから、馬鹿だってんだよ。てめえは。惚れた女の攻撃も受け止めきれねえ……そんな器の小さな人間じゃねえんだよ。俺は」
オルトは痛む腹部を抑えながら続ける。
「つーか、特攻効果……だったか? 知らんけど。てめえが……その……そんだけ強いのは、俺の自惚れじゃあなけりゃあ……俺が好きだって事だろ? そ、それで合ってるよな? 合ってるよな!?」
オルトは不安になって確認すると、レシアが頬を朱色に染めつつコクコク頷く。
オルトはほっと安堵の息を吐き、レシアの綺麗な金髪に手を置きながら立ち上がる。
「どうせ、キュスターの洗脳解くのに力使い切ってんだろ? まあ……後は、俺に任せろよ」
オルトはレシアの前に立った。
あちらこちらから血が出ている上に、槍の特攻効果の所為か、酷い見た目よりも更にダメージが体に与えられている。
だが、それを殆ど見せずオルトは立った。痩せ我慢だ。
「ふ……ふふ……ふふはははは!! 洗脳を解いたのは褒めよう……こうなれば、私も全力を出すしかない……ねえ!!」
「隠し球はさっきので打ち止めじゃあねえのか?」
「隠し球が1つとは言っていないからねえ」
キュスターは這いつくばった姿勢からゆらりと立ち上がる。そして、天に向かって叫んだ。
「『マリオネット・マスター』!」
キュスターの声に呼応し、キュスターに向かって魔力が集まっていく。キュスターは失った魔力以上の魔力得ただけではなく、体が肥大化した。
そこに居たのは怪物――もはや人型を捨てた巨大な悪魔の姿があった。
「へえ……どんな手品だそりゃあ?」
『ふはは! 『マリオネット・マスター』は、私が使役している全ての眷属から力を奪い、我が物する能力! 眷属の多くを失う代わりに、私は絶大なパワーを得る事ができる! 今、貴様の目の前には1万以上の悪魔達がいると知れ!』
そのキュスターの言葉はハッタリではない。
実際、キュスターから感じられる気配が尋常ではなかった。オルトも思わず身構える程だ。
だが、オルトは余裕な笑みを浮かべる。
「はっ……どんだけ強くなろうが関係ねえ。てめえはもう終わりだ。キュスター」
『減らず口を……。そのボロボロの体で何が出来る? 見栄を張るな。所詮は脆い人間の肉体……』
「馬鹿野郎が……。惚れた女の前で張らなきゃ、どこで見栄を張るんだよ……ったく」
オルトは刀を肩に担ぐ。
キュスターは口の端を吊り上げる。
『ふ……ならば、その女ごと死ねえ!!』
飛び掛かってきたキュスターを前に、オルトは一歩も引かずに力を蓄える。
「あれは……」
レシアは、オルトの刀を肩に担ぐ構えを闘技場で見ていた。確か、あの時は一振りでとんでもない破壊力が……しかし、今のキュスターが相手ではあれでも通用するかどうか……。
だが、次の瞬間。レシアは驚愕する事になる。
オルトは不敵に笑ってこう呟いた。
「……絶剣五輪。空位……『覇王裂帛』!!」
『ごっ!?』
「え――?」
オルトが叫び、刀を振り下ろして刹那――空間が不満を囀る様に犇めいたかと思うと、オルトが刀を振り下ろした直線上が跡形も無く消し飛んだのだ。
キュスターは短い悲鳴を最後に消滅。山が2つ程消滅し、海が一部抉り取られた。
辺り一帯に舞った土埃が晴れた頃、戦いは終わっていた。
「ふう……」
オルトは刀を肩に担ぎ、一息吐いた。
この日――第90階層に十字形に抉られた大地が生まれた。
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