三十一話 正義、颯爽と……
18
1人、魔人の現れた方角へ向かっていたラッセルは、首都から数キロ離れた海岸沿いにある屋敷を見つけた。
「ふむ……ここに2人いるな」
ラッセルは魔人の気配を感じ取り、屋敷の玄関まで足を進める。人の身の丈より、ふた回り大きな扉を3回叩く。
暫く待ったが、中から応答が無かった為、ラッセルは扉を無理矢理開けた。
「法律……憲兵は異常の確認の為、家屋の強制調査が出来る権限を持つ。失礼するぞ! 家主はいらっしゃるか!」
玄関に入ると、屋敷内は薄暗く、不気味な雰囲気に包まれていた。ラッセルの声が木霊する中、奥の部屋から2つの影が、玄関に向かって来る。
「おや……来客かい?」
「む……キュスター・アルテーゼ……」
現れたのはキュスターだった。その後ろに、メイドと思わしき人物が控えている。
「ここは私の別荘なんだけどねえ……何か用かい?」
「しらばっくれても無駄である! 貴様が魔人という情報は、既に得ているのだ!」
「っ……」
ラッセルの言葉に反応したのはメイドだった。
今にもラッセルに飛び掛かろうとしたメイドを、キュスターが手で制した。
「へえ……どこで手に入れたか知らないけどねえ。そんな私の所に、単身で乗り込むなんて、君は馬鹿かい?」
「そう思うか?」
ラッセルは腰の剣を強調する。
キュスターはそれを鼻で笑った。
「ふっ……話にならないねえ。ここで君の相手になってもいいけれど、私にもやるべき事があるからねえ。……客人のお相手をして差し上げなさい」
「はっ……畏まりました」
キュスターはそう言って、ラッセルの横を通り過ぎる。その後、一瞬にして姿が掻き消えた。転移魔法で移動したのだろう。
ラッセルはキュスターに目もくれず、この屋敷に残っている魔人の気配を探る。
「……では、主人の命に従い、お客様のお相手をさせて頂きます。私はイザベラ……上級悪魔でございます」
恐らく、ラッセルを怯えさせようという意味で自己紹介したのだろう。だが、ラッセルからして見れば、「ああ、なんだ上級悪魔か」程度にしか思わない。
故に、ラッセルが黙っている事に関して、何を勘違いしたのか……イザベラが不敵な笑みを浮かべる。
「ふっ……理解したようですね。私は、人間如きでは決して倒す事の出来ない存在でございます。人間の……神器使いや勇者ならばともかく。大した魔力も感じない、雄1匹では足元にも及ばないのです」
「……ふむ」
「どうしました? 恐怖で身が竦んだのですか? 単身、ここへ乗り込んだ愚かさを知るがいいのです!」
イザベラはスカートの中に隠していたナイフを両手に、ラッセルとの間合いを詰める。
スカートが翻り、イザベラのナイフがラッセルの首筋を捉える。
「死になさい!」
「む……『アーマメント』」
ガキンッ!
ナイフの刃が、ラッセルの首を刎ねようとした――しかし、刃はラッセルの首を刎ねる事が出来なかった。
まるで、金属同士が衝突したかの様な音が響き、衝撃波が屋敷を揺らす。
イザベラは驚愕に表情を染める。
「ば、馬鹿な!?」
驚きつつ、異常事態に対処すべく後方に大きく飛び退き、体勢を立て直す。
ラッセルは一歩たりとも動いておらず、首からは小さな煙が立ち上っている。
「一体……何をしたのですか……?」
イザベラが恐る恐る尋ねる。
「ちょっとした技でな。特殊な修練を積む事で体得出来る。『アーマメント』と言って、簡単に言うなら、体の一部を鋼の硬度にするのだ。まあ、つまり、貴様程度の攻撃では傷一つ付かないという訳だ! はっはっはっ!」
「くっ……舐めるな!」
イザベラは人間に舐められてたまるかというプライドで、ラッセルにナイフを振るう。肉体から魔力を迸らせ、常軌を逸脱したパワーで猛攻――一振り一振りが、簡単に大地を割ってしまう程の膂力となっている。
屋敷はその衝撃だけで亀裂が入り、崩れそうになる。
だというのに、イザベラの攻撃はラッセルの体に傷を付けられない……!
「くっ……何者なのですか! あなたは!」
「俺はラッセルと言う。憲兵をやっている!」
ラッセルはそう言って、剣に手を掛けた。
そして――上級悪魔のイザベラが反応すら出来ない速度で、両腕を肩から斬り飛ばされる。腕が血飛沫を上げて宙を舞う。
「かっ!?」
「はっはっはっ! おおよそ、第300階層台の悪魔だな。俺を倒したいのなら、900階層クラスの悪魔を連れてくる事だ!」
ラッセルは情け容赦無く、イザベラの首を刎ねる。
魔族と言えど、首を刎ねて生きてはいられない。イザベラの体は動かなくなり、その場に崩れ落ちる。
ラッセルは剣を腰に戻し、辺りを見回す。
「ここに残っている魔人の気配は地下だな……。どこかに地下へ続く道がある筈なのだが……面倒臭い!」
ラッセルは拳を握ると、
「『アーマメント』」
右手を硬化させて床を殴った……!
床に亀裂が走り、粉々に砕けるとラッセルの体が落ちる。落ちた先は、この屋敷の地下の様だった。
落ちて直ぐ、土埃が立ち上る中で、ラッセルは顔を顰める。酷い腐敗臭に手で鼻を覆った。
土埃が晴れると、屋敷の地下施設が露わとなる。
多くの牢屋と、拷問器具。そして、生きているのか不明な――人。いや、人と言ってもいいのか分からない程、それらは人の形を成していなかった。
「酷いな……」
ラッセルは眉間に力が入っているのが分かった。
と、そこへ――。
「ホーホホー? 随分と、派手な登場デスね? 何者デス?」
ギョロギョロと目玉を蠢かせながら、魔人グローテが姿を現した。彼の手には、何かが引き摺られる様にして掴まれている。
それは、人だった。男と女。体の一部分が縫い合わされた――人だった。
「おい、貴様。何をやっているのだ?」
「何とは……? ホーホホー! これの事デス? ホーホホー! ちょっとした実験デスよ〜。愛する者同士、繋がりたいと思うのが人間デス……だから、 "繋げてみたら"どうなるか気になるじゃないデスか! ホーホホー!」
グローテは陽気に笑う。
本来なら縫い合わされた2人は生きている筈もないのに、魔人の力で生かされている様で、口が僅かにだが動いていた。それは、何かラッセルに伝えようとしているかの様で――。
「…………こ、ろ……して。わた……しを」
「お、れを……」
「…………分かった」
この地下牢には、2人以外にもそれを望む者がいる。
ラッセルはそれを気配で感じ取り、全てを了承して剣を抜く。
「ホーホホー? いいデスね〜。せめてもう苦しみを味合わない様に、アナタの手で殺すのデスね? ホーホホー! いいデスよ。殺すといいデス! 同胞を殺し、苦渋に満ちたアナタの顔を見せるのデス! ホーホホー! ホーホホー!」
グローテは陽気に笑う。
ラッセルはゆっくりと瞳を閉じた後、静かなに口を開く。
「……殺すのは、貴様だ! 外道があああ!!」
「ホーホホー!?」
『アーマメント』で硬化された右手で、ラッセルはグローテの顔を殴り飛ばした――!
ブックマーク、ポイント評価を頂けるとやる気が……出ます!




