二十九話 動く魔人
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「へえ……ガルメラがやられたみたいだねえ」
キュスターはガルメラが倒された事を感じ取り呟く。
「ホーホホー! 上級悪魔を倒すとは……件のブラックとやらは、神器使いデスかね?」
キュスターの座るソファの向かいには、キュスターと同様に角を生やした男が座っている。
ギョロギョロと蠢く目玉と皺くちゃな顔をしている。
「ああ、違うと思うねえ。個人的に。グローテはどう思ってんだい?」
「ホーホホー? そうデスな。正直、神器使いでも無ければ、信じ難いデスね。あの場には、勇者がたったの4人デス」
上級悪魔であるガルメラは勇者が数十人分の強さを誇る。たった4人に負ける筈も無い。噂のブラックなる人物が、神器使いでも勇者でも無いのなら、一体何であるのか……。
「キュスターはどう考えているのデス?」
「ああ、正直分からないねえ。今、私が確認出来ている神器使いは2人だけ。その内、1人は私が縛ってるからねえ。ふふっ……近々、面白い実験を行う予定なんだよねえ」
「ホーホホー? 面白い実験デス?」
首を傾げたグローテに、キュスターは不敵な笑みを浮かべる。
「折角だからねえ……。神器使いに私の子を孕ませたら、どんなのが生まれるか興味があるじゃあないか」
「ホーホホー! それは面白そうな実験デスな! 魔人と神器使いのハーフ! 素晴らしいデス! 素晴らしい交配実験デス!」
とはいえ、幾ら神器使いであっても魔人の尋常ならざる魔力が含まれたそれを体内に入れられてしまっては、ただでは済まない。下手をすれば、体が爆散する。
「まあ、そうなった時は仕方ない……。貴重な神器使いのサンプルだけど、我々の天敵だからねえ。死んだら死んだで都合が良い」
「そうデスな! 楽しみにしているデスよ! キュスター・アルテーゼ!」
グローテがそう言うと、キュスターは再び笑みを浮かべた。
「何はともあれ、まずはブラックだ。ガルメラを倒したなら、もう私が出るしかないねえ。グローテも手伝ってくれるかい?」
「ホーホホー! 勿論デス! 魔人が2人入れば、流石のブラックも、手も足も出ないデスな!」
「でも、油断はしない方が良いねえ。念には念を……。丁度、第90階層にある私の別荘の地下に、"餌"がある。それを使うと良い」
「ホーホホー! 助かるデス!」
グローテは喜色の笑みを浮かべる。
彼らの言う餌とは、一体何か――。
グローテとキュスターは、身支度を整えると、直ぐ様第90階層へ、転移魔法で移動。
2人が移動したのは、件の別荘だった。
「お帰りなさいませ。キュスター様」
別荘に詰めていたメイドは、キュスターの突然の来訪にも驚かず腰を折る。
やはり、メイドにも角が生えていた。
「ああ、地下に行く。私の友人も一緒にねえ」
「畏まりました」
キュスターはそれだけ伝え、グローテと共に地下へと足を進める。
地下に降りると、いくつもの牢屋があり、中には人間が閉じ込められていた。
「ホーホホー! ここは実に良いデス!」
「ふふ……ここで力を蓄えよう」
キュスターはグローテは気味の悪い笑みを浮かべる。
牢の中に捕らえられている人間達は、壊されていた。表現するも悍しい程に。
薬漬け、火炙り、水攻め等々。四肢を切断されたり、腑を引きづり出された者も居る様だった。殴られたのか、顔が晴れ上がり、もはや誰か判別すら出来ない者まで……この地下にいる人間達はみな、ありとりあらゆる苦しみを与えられ、その上で生かされていた。
何故生きているのか分からない程の苦痛を与えられているにも関わらず。
「ホーホホー! 我々、魔族は人間の苦しみを糧としているデス! これだけ苦しんでいるのなら、さぞ美味デスな!」
グローテはそう言った。
17
俺は上級悪魔――ガルメラを倒した後、不意に感じた気配に眉を顰める。
「ん……? 今の……」
「おい! 聞いているのか貴様! 街の大事な外壁を壊して! 反省しろ!」
少し余所見した所、ラッセルが詰め寄って声を荒げる。
俺は苦虫を噛み潰した顔で、
「わあったっての……。悪かったって」
「貴様のそれは信用できないのだ! 全く……貴様、このまま引っ捕らえるぞ!」
「そりゃあ勘弁して欲しいな」
こうなったらラッセルは面倒だな……と、俺はうんざりする。
そこへエレシュリーゼとレシアが現れた。
「あ、の……お疲れ様ですわ。オルトさん」
「ん、ああ、ちっと時間が掛かって悪かったな」
「い、いえ……」
エレシュリーゼの歯切れが悪い。
目も泳いでいる。
「どうかしたかよ?」
「その……何から話して良いか混乱しているのですわ。とにかく、まずは、街を救って下さったお二人に感謝をと……」
エレシュリーゼは、とにかくそれだけ言って頭を下げた。
俺とラッセルは顔を見合わせた。
「いや、まあ、別に礼はいらねえよ。それより街に被害はねえか?」
「そうですわね……この外壁以外は」
エレシュリーゼは壊れた外壁を見上げて言う。
ラッセルは徐に俺の肩に手を置いた。
「……自首するか」
「おい待て。ちょっと待て。いや、分かった。修繕費は払うから……」
「街を守る為……ですし、大丈夫ですわよ。それに、修繕費も安くありませんわ。軽く金貨1万枚必要ですわよ……」
「まあ、それくらいなら……」
「それくらいなら!?」
俺が言うと、エレシュリーゼが驚愕した。
「……上級悪魔を圧倒する戦闘力に加えて、財力まであるとは……。わたくしと出会った、6年前から今日まで何があったんですの……?」
「そいつは、気が向いたらいつか話してやるよ」
俺は肩を竦める。
一瞬、レシアを一瞥したが、レシアは俺と目を合わせようとしなかった。
少しだけ悲しい気持ちになりつつ、振り返ってガルメラに目を向けた。
地面から頭だけ出ている状態のガルメラは、ジッと俺を見ていた。もう、殆ど魔力が残っていないのか、地面から抜け出せないらしい。
「さて、そろそろてめえの話を聞かせてもらおうかね……。ガルメラつったか?」
「……ふん。人間に話す事など無い」
「今、てめえの上司がこっち来たよな?」
「っ……!? キュスター様が!? はっ!?」
ガルメラはしまったというのを顔に出す。
やはり、ガルメラの上司――魔人が異変を察知してこっちに来た様だ。
「え――」
レシアから息を呑む声が聞こえたが、俺はそちらを振り向く事なかった。
「上司というのは……魔人の事ですわよね」
エレシュリーゼの問いに頷く。
「まあ、魔人はてめえらじゃ無理だ。俺に任せろよ」
「は、はい……。まさかオルトさん、魔人に……あの魔人にすら勝てますの……?」
「さあ? 立ち合った事がねえからなんとも言えねえけど。負けるつもりはねえよ」
「そ、そうですの……」
俺は神妙な面持ちのエレシュリーゼから視線を外し、ガルメラを睨む。
「てめえ、今、気になる事を言ったよな……キュスターとかなんとか」
「…………」
ガルメラは口を閉ざしている。
死んでも口を開かないという気迫を感じる。
「キュスター……というと、まさかアルテーゼ侯爵の事で?」
「は?」
エレシュリーゼが聞き捨てならない事を口走ったので、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
俺は反射的に、レシアに目を向ける。
レシアは顔を俯かせ、自分の腕を抱いていた。
「レシア……」
「…………私は」
レシアは唇を震えさせ、目を見開き、体を揺する。
「ま、さか……あいつが……ま……じん? そんな……じゃあ、あたしは何の為に……」
「レシアさん……」
「ふむ……」
エレシュリーゼは何と言っていいのか分からない様で、開いた口を閉ざした。
ラッセルは顎に手を当てて考える素振りを見せる。
だが、俺はそれを気にする余裕が無かった。
「ちっ……まさか、キュスターが魔人だったなんてなあ……」
驚いた。
キュスターは魔人。そして、俺にとっては8年前、レシアを攫った仇の様な相手。更には、レシアの婚約者……?
三拍子揃ってしまった。
「よし、斬るか……」
俺は額に青筋を立て、刀の柄に手を置く。
ただでさえ、キュスターは今の今まで斬りたかった相手だというのに、よりにもよってレシアの婚約者?
もしも、レシアの婚約者が良い奴なら血の涙を流して諦めようと思っていた。
だが、その婚約者が? まさかのキュスター?
腑が煮えくり返る思いだ……。
俺が今からキュスターの所へ行こうとすると、
「オルト。貴様は、ここに残って置くのだ」
「はあ!? んな事できる訳ねえだろ! 俺は直ぐにでもキュスターぶった斬る!」
「冷静になるのだ! キュスターとやらがここに来たというなら、用があるのは貴様だろう。放っておいても、向こうから来る」
「そりゃあ……そうだけど……」
「うむ。そもそも、貴様の目的はキュスターをぶった斬る事ではない筈だ……そうであろう?」
ラッセルは顎で、呆然と立ち尽くしてしまっているレシアを示す。
「彼女の力に……今はなってやると良い。こういう時、側に居てやるだけでポイントアップ間違いしだ!」
「いや、ポイントとかそんな気分じゃねえだろ……」
しかし、ラッセルの言う通りだ。
会えば喧嘩ばかりだが、俺の目的はそもそもレシアに告白する事――。好きな女が落ち込んでるというのに、放って置くのは男が廃る。
「分かった……残る。だが、てめえはどうする気だ?」
「む、貴様も気付いているだろうが、こっちに現れた魔人は2人……だ。俺は奴らの根城に乗り込む」
「魔人……いねえかもしれねえじゃねえか」
「それなら、貴様が1人で相手すれば良いだろう? 俺は……少し気になる事があるからな」
それが何であるかは、敢えて聞かなかった。
俺は一息吐いて、
「……んじゃまあ、気を付けて行けよ」
「はっはっはっ! ライバルに心配されるのは、気分が悪いな!」
「言ってろ」
ラッセルは軽口を叩いた後、直ぐに走り去って行った。方角的に、今2人の魔人が居る筈だ。
「さて……」
俺は自分の役目を全うする為、レシアに目を向けた。
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