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二十四話 敵襲

 特等席に座り、オルトの勇ましい姿を心待ちしていたエレシュリーゼは不安げに顔を歪める。


「ふん……所詮は下民だったという事だろ。こわくて逃げ出したに違いない」


 近くに座っていたオスコットの言葉に、エレシュリーゼは目を吊り上げる。


「オルトさんはその様な方ではありませんわ」


 エレシュリーゼに続き、セインとダルマメットも口を開く。


「あたしもそう思うな〜」

「うむ。実力から考えても逃げる道理が無い。何か理由があるのだろう……。オスコットよ。貴様、昨日から妙にオルトを目の敵にしているな」

「ちっ……気に食わないのさ。下層の……これも最下層の屑が、上層で幅を利かせているのがな」


 オスコットは伯爵家の長男として生を受け、勇者として能力を認められてから、若くして家督を継いでいる。

 そんな自分に誇りを持っており、自信もある。故に階級社会の思考に染まっている彼は、オルトという異分子をどうにも認められないでいた。

 エレシュリーゼは溜息を吐き、今だ姿を現さないオルトの身を案じる。

 一方、控室で待機しているモニカとレシアの間には、どこか気不味い雰囲気が流れていた。

 レシアは凛とした姿勢を崩す事なく椅子に座り、目を閉じて瞑想をしている。

 モニカは場の沈黙が妙に重たく感じてしまい、困った笑みを浮かべる。


「ええっと……」


 何か話題を……と、モニカは口を開く。


「オルトくん……どうしたんでしょうね?」

「…………」


 モニカがオルトの話題を出すと、レシアは目を開ける。そして、直ぐに不機嫌を隠す事なく顔を顰める。


「……さあ、彼の考える事はよく分かりませんから。逃げた……というには、対戦相手がお粗末過ぎます」


 レシアは闘技場の方を一瞥する。

 闘技場と控室を繋ぐ連絡通路から、一部ではあるが闘技場が見える。

 その見える範囲で、バルサが震えているのが見えた。

 レシアは嘲笑を浮かべる。


「まあ、対戦相手に呆れて試合を放棄した……というのはあり得なくないでしょうけれど。彼は元々、勇者になる事には、あまり関心が無かったようですし」


 レシアがそう言うと、モニカは瞬く。


「ええっと……そうなんですか?」

「ええ。間違いありません」

「そうですか……。そんなに断言出来る程、仲が良いんですね?」

「え?」


 モニカに言われて、レシアは一瞬だけ呆けてしまう。しかし、直ぐに我に帰り、口をぱくぱくさせる。


「ち、ちがっ……そ、そんな事は……ありません。彼とは全くこれっぽっちも仲良くありませんから。か、勘違いしないで下さい!」

「そ、そうですか……えっと……」


 どう見ても、やはり、仲良しに見える。

 昨日もレシアとオルトの言い争いを見ていたモニカからしたら、あれだけ言い合えるのは……お互いを理解し合っていなければ、中々出来ないだろう。

 そう、この学校で知り合ったにしては、お互いの事を知り過ぎている気がしてならないのだ。

 まあ、オルトとレシアはこの際問題にならないだろう。モニカとしては、オルトが早くレシアに告白して、玉砕してくれる事の方が、都合が良い。

 飽くまで私情だが……。

 とはいえ、ここでオルトの事を貶める様な事を言える程、モニカは悪い女では無かった。

 しかし、実際レシアがオルトの事をどう思っているのかは気になった。


「…………あの、レシアさん。もし、オルトくんに告白されたら……どうしますか?」


 だから、モニカはそんな事を口にした。

 尋ねられたレシアは時間が止まったかの様に動きを止めた。それから暫くして、ほんのりと頬を赤く染める。


「……お断りします。勿論。私には、婚約者が……いますから」

「そうですよね」


 モニカは少しだけ安心し、安堵の息を漏らした。


「それにしても……来ないですね。オルトくん」


 控室の出入り口に目を向けてモニカは言った。

 レシアも釣られる様に視線をそちらへ向ける。


「そうですね」


 レシアは、ただそれだけ口にした。

 それから、数秒後の事だった。突然、階層都市フェルゼン……否。第90階層全域にサイレンの音が鳴り響いた。

 敵襲警報だ。



14



「状況はどうなっていますの?」


 突然の警報ながら、エレシュリーゼは迅速に対応をして見せた。

 闘技場にはエレシュリーゼを含めた勇者が4人居る為、市民を一纏めに集めて防備を固めた。

 更には、作戦本部を闘技場に置き、状況整理を早くから始める事に成功した。

 作戦本部には、勇者や各代表が椅子に座って議論をしている。その中にはレシアの姿もあった。レシアは騎士団代表として出席していた。


「市民の避難誘導は完了致しました! 選抜戦の為、多くの市民が闘技場に集まっていたのが幸いしました」

「そうですわね……それで、敵はどうですの?」

「はっ……敵はモンスターが10万。上層の迷宮を通って移動して来た様で、現在第90階層の迷宮を降下中との事です」


 10万のモンスターが一斉にこちらへ向かっているという報告に、作戦本部に居た勇者達や居合わせた者達がギョッとする。

 エレシュリーゼはその報告を受けて思考を巡らせる。


「……こうなれば、騎士団や評議会の力も借りる必要がありますわ。レシアさん」

「はい」


 エレシュリーゼに呼ばれたレシアは、椅子から立ち上がる。


「これは危機的状況ですわ……。今は、王家や騎士団関係なく、協力をお願い致しますわ」

「当然です。騎士団は……微力ながらお手伝いさせて頂きます」

「感謝致しますわ」


 エレシュリーゼは騎士団から協力を得て、これからも方針を固める為に代表達と早急に意見を合わせる議論を始める。


「モンスター達は迷宮から出た後、フェルゼンに向かっているとの事ですわ」

「ふむ……。流石に、勇者4人がかりであっても10万は厳しい」

「うーん……でも、10万のモンスターってなんか変だよね?」


 セインの言葉に、オスコットが相変わらず不機嫌な表情のまま口を開く。


「……つまり、10万のモンスターを率いてる親玉がらいるって事だな」

「そうそう! ねえ、エレちゃんはどう思う?」

「セインさん……エレちゃんはやめて下さい……。そうですわね。わたくしも、その線が濃厚かと」

「ならば、その親玉さえ倒して仕舞えばなんとかなる……か?」


 ダルマメットの考えに一同は、肯定も否定もしなかった。どちらとも言えないからだ。現状、情報が少なすぎる。

 エレシュリーゼは額に手を当てる。


「とにかく……迎撃の準備を致しましょう。数が数ですわ。わたくし達、勇者が前に立ち、他に戦える者達で戦うしかありませんわ。常備軍は、市民を守って下さいまし……異論は?」


 誰も異を唱える者はいない。

 エレシュリーゼは頷き、早速迎撃準備を始める。


「こんな時、師匠がいらっしゃったら……」


 百人力だというのに……。エレシュリーゼは無い物ねだりをしても仕方ないと、頭を振って自分の頬を叩いた。

 自分がしっかりしなければ……と気合を入れる。

 そんなエレシュリーゼを尻目に、騎士団の指揮を執る事になったレシアも気合を入れる為か深呼吸をしていた。


「すう……はあ……。さあ、では騎士団のみなさん、これより私が指揮を執ります。半分は市民の護衛を。もう半分は、私と一緒にモンスター達と戦って下さい」


 レシアの透き通る声が騎士団各位に伝わる。

 やはり、ここでも異を唱える者はおらず、10万のモンスターと戦う準備は着実に整っていく。

 しかし、敵は10万……それぞれの胸に、拭いきれない不安があった。




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