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二十一話 決勝のカード

「オルトさんは……わたくしと会ったあの時から、ずっとレシアさんに会う為に上層を目指していらっしゃったのでしょうか?」

「ああ、まあ、そうだな。8年……いや、もっとかねえ。もう10年以上の片想いだわな」


 我ながら女々しいなと付け足す。

 エレシュリーゼから歯軋りの音が聞こえた。


「そ、そうですの……ふ、ふーん……。しかし、レシアさんには婚約者がいらっしゃいましてよ? 告白などした所で無駄ではありませんこと?」

「いや、そりゃあ、そうなんだけどさ。面と向かって言わないでくれ。死にたくなる……」


 離れ離れになってから8年。レシアにそういう相手が出来る事を全く考えていなかった訳ではない。

 しかし、その様な相手が居るかもしれないと想像するだけで――胸が締め付けられる様に痛む。


「オルトさんは、本気でレシアさんの事が好き……なのですわね」

「ああ、まあな。だっつーのに、俺は何やってんだか。告白もままならないまま、顔を合わせれば喧嘩ばっかだ」

「わたくしには堂々と好きだと言えるのに、本人を目の前にすると言葉が出ない……という事ですの?」

「そういう事だな」

「意外ですわね。オルトさんなら、ガツガツというか……もっと積極的に動きそうですけれど」


 俺もそう思っていた。

 実際、他人にははっきりと、「レシアが好きだ」と言える。この気持ちを恥じる事は無い。だから、堂々と言える。

 しかし、本人を前にすると……。


「まあ、あんまし長い時間掛けてもらんねえし。早い内にけりは付けるつもりだ」


 肩を竦めて言うと、エレシュリーゼは夕焼けの空を仰ぐ。そろそろ、太陽の光が消えて夜が来る。


「……そうですわね。早く自分の気持ちを伝えて玉砕して下さいな」

「ひでえ……」

「そしたら、傷付いたオルトさんを、わたくしが慰めて差し上げますわよ。それから……」

「それから?」

「っ……い、いえ! なんでもありませんわ……。とにかく、さっさと次の恋を探す事ですわね!」

「おいちょっと待て。俺はもう振られる事が前提なのか?」

「わたくしとしては、そちらの方が好都合ですので」


 エレシュリーゼは言いながら立ち上がる。


「さあ、オルトさん。そろそろ戻りましょう。決勝進出者の発表があるでしょうから」

「そうだなあ……。ぼちぼち、戻るかねえ」


 俺も立ち上がり、2人で懐古談をしながらフェルゼンの闘技場へ戻った。



11



 闘技場へ戻ると、控室に決勝カードが張り出されていた。

 決勝の出場者は、殆ど読み通りだった。

 Aブロックは俺――オルト。

 Bブロック――レシア・アルテーゼ。

 Cブロック――モニカ。

 Dブロック――バルサ・キボンヌ。


「まあ、やっぱり、こんな感じか……っと。1回戦は俺とバルサって野郎だなあ」


 俺は決勝の対戦相手を確認する。

 ふと、視線を感じた俺は周囲に目を配る。控室には予選を終えた選手達が、明日行われる対戦カードが気になっているのか、わらわらと集まっていた。

 その選手達の視線が俺に注がれている。


「なんか妙に視線が集まってんな」


 呟くと、それに答えるかの様に、


「それはそうだろうね。君は今、優勝候補筆頭だからね。いやいや、全く……予選の戦いっぷりは見させて貰ったよ。いや、天晴れだったね」

「んあ? 誰だあんた」


 声を掛けて来たのは、妙な身なりの良い膨よかな体をした男だった。見た所、制服を着ており、控室に居るという事は選手なのだろう。

 俺がそう言うと、男は顔を引きつらせ、その横に控えていた従者が声を荒げる。


「き、貴様! このお方がどなた知らないだと!? 無礼な! このお方は、ノブリス騎士団第90階層の団長殿のご子息であらせられるバルサ・キボンヌ様だぞ!」

「あ……? 騎士団だあ?」

「ひっ……」


 つい、騎士団の名前が出て従者を威圧してしまう。

 周囲の空気も一瞬で変わってしまい、俺は慌てて殺気を抑え込む。


「悪いな……。昔、騎士団と揉めてな。以来、あんまし良い思い出がねえんだ」


 表面上だけ詫びると、バルサは取って付けた様な笑顔を浮かべる。そして、震え声で応答する。


「そ、そそそそそうかい……? あは、あははは……そ、そうだ。次は、君と僕で戦うんだったね」

「ああ」

「そ、それで……どどどとどうだろうか?」


 バルサは周囲から見えない様に、しかし、俺には見える様に懐にある金貨をチラつかせる。


「ふうん? それで負けて欲しいってか?」

「は、話が早くて助かるねえ……あはは……はは……」

「悪いけど金に興味は無くてな」

「な、なら、女とかどうかな?」


 バルサは俺の顔色を伺いながら尋ねる。

 もはや、俺がバルサに対して高圧的な態度を取っていても、従者から咎められる事が無くなった。


「女ねえ……それもいらねえ」

「そ、そっか! な、なら何がいいかな!? な、なんでも君の望むものを用意す、すすすすするよ!?」


 賄賂。

 このバルサは見るからに戦闘の出来る男じゃない。どうやって予選を勝ち抜いたのかと思ったら、賄賂……。

 呆れた。


「……てめえが騎士団の人間じゃなけりゃあ、ちっとばかし譲歩はしたかもしれねえな。残念だったな。交渉の余地はねえよ」

「なっ……ぼ、ぼぼ僕に逆らったらゆ、勇者だって黙ってないんだぞ!? き、今日は来てた旋風の勇者は騎士団の勇者で――」

「だからどうした?」

「ひいいいい!?」


 再び威圧すると、バルサは尻餅を付いて倒れた。

 俺はそんなバルサを置いて、控室を後にした。後ろからはバルサの声が聞こえる。


『ち、ちくしょう! 最下層の屑が! 金貨を見せればイチコロだと思ったのに! 話が違うじゃないかあああ!!』


 悪いけど。俺は金じゃあ釣れない。俺を釣るなら、レシアを連れて来な。

 俺はそのまま足を止めず、闘技場を後にする。

 暫く歩いた先で、例の勇者達が待ち構えていた。


「貴殿が、オルト……であるな?」


 初めに口を開いたのは無精髭が渋いおっさんである。


「少しだけ話しを聞いてもいいかな〜?」


 後に続いたのは、レシアよりも色の薄い金髪をツインテールに結んだ女だった。

 それぞれ、『鉄壁の勇者』『剛拳の勇者』だったか。

 最後に俺を遠目から睨んでいるのは、『旋風の勇者』だろう。オールバックにした茶髪の髪で、厳つい顔付きをしている。表情から俺が気に食わないというのが、ひしひしと伝わって来る。


「なんか用か?」


 俺が普段の調子で聞くと、『旋風の勇者』が顔を顰めた。




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