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百合っ子なんかじゃないんだからね!  作者: 芝井流歌


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◆6◆ ファーストコンヒュージョン

 交わった視線に耐えきれず、もう固く目を閉じるしかなかった。

「や……やだっ! 」

「おーい、菜々香ぁ、お客さん帰ったら看板閉まっといてくれるかー? 」

 奥からおじさんの声が聞こえた瞬間、掴まれていた右手が弛んだ。

 その一瞬の隙に身を引いた私は、勢い余って後ずさりしながらも氷堂さんから離れた。


 どんな顔をされてたのかなんて、また目を合わせてしまうのが怖くて、見れなかったから分からない……。

 気が付いたら商店街を走っていた。きっと一心不乱で猛ダッシュしてきたのだろう。スタミナのない私はバテバテになっていた。

 座り込みたいくらい足が震えているのは、疲れだけだろうか? 心臓のバクバクは疲れだけだろうか?

 変な汗もかいてるし、顔も熱い。

 何なの? 何だったの?

 氷堂さんにバレて、笑われて、問い詰められて、からかわれて、キス……されそうになって……。

 こんな商店街のど真ん中で座り込むわけにいかないけど、心臓が爆発して倒れそう。全然息が整わない。


 やたら多く感じる人混みをすり抜けて家路にたどり着いたのは、もう八時を過ぎた頃だった。

 案の定、ママはまだ帰っていなかった。

 でも別にいい。ふりかけご飯を食べることがバレたら、五百円返せと言われてしまうし……。

 ん? 五百円?

 ほ、本がないっ! やっと見つけたお宝がー!

 お店に置いて来ちゃったんだ……。どうしよう? もうお店は締まってるだろうし……。

 それより、お店には氷堂さんがいる……。

 どちらにしろ、私に選択肢は一つしかない。こんな状況になってしまった以上、もう諦めるしかないじゃないか……。

 こんなことなら、おとなしく新品を買に行けば良かった。古本屋なんかに立ち寄ったからこんなことになったんだ。

 でも、せっかく見つけたお宝だったのにな……。

 それに、バレ損だった。何一つ収穫がなかったんだから。

 ママは何時に帰ってくるんだか知らないけど、もうご飯は食べずにお風呂だけ入って寝よう……。

 明日も憂鬱だなぁ……。私が逃げ出したこと、氷堂さんは怒ってるだろうし、気まずいし、機嫌を損なわせてバラされたら……私の穏やかな中学生ライフは終わりだ……。

 気まずいけど、明日謝ろう。そして私が百合雑誌を買おうとしていたことも、コレクションしていることも、バラさないでほしいって頭を下げよう。

 最悪の事態を招かない為には、それしかない……。


 起きてすぐ、窓を開ける前に今日が雨だと分かった。

 湿気が多いと私の癖毛が上手くまとまらないからだ。だから毎年この時期になると、梅雨なんて無ければいいのにって思う。

 ただでさえ曇り空みたいな気持ちなのに……。

「ことちゃーん、朝ご飯シリアルでもいいー? 」

「いーよー」

 ママ、結局何時に帰って来たんだろう? 別にいいけど……。聞いたところで「仕事が長引いちゃってねー」とか嘘つかれるんだろうし。

 嘘ついてるのは私も一緒か。夕飯代をもらっておきながら、娯楽代に当てたのだから。

 テーブルには牛乳とシリアルの箱だけ置いてあった。器は? ママの方をちらりと見ると、化粧品たちを無造作にガチャガチャしながら、洗面台の鏡に向かっていた。今日は本当に仕事らしい。

 急いでるところをとやかく言うつもりもないので、黙って器とスプーンを取り出し、シリアルを流し込むと、食器の甲高い音に気が付いたママが尋ねてきた。

「ことちゃん、学校どう? 」

「どうって……どういう意味? 」

「ママあんまり学校の話聞いてあげられてないでしょ? お友達とか、部活とかどうなのかなーって思って」

 何でこのタイミングで友達の話なんて聞いてくるのよ……。

「楽しいよ? これといって困ってることもないし、部活はやってないけど、勉強もついていけてないわけじゃないし」

「そう? ならいいんだけど……。ほら、ことちゃんって学校から帰って来るといつもお家にいるみたいだし、お友達と遊んだり、部活で青春したりしてないのかなーって思ったのよ。エンジョイしてるならいいの」

「あはは。エンジョイとか古いし」

「ことちゃんはママに似てかわいいから、男の子たちが放っておかないでしょー? 彼氏候補が出来たらママに面接させてよねー? 」

「ないない! 心配しなくても面接するような候補すらいないから大丈夫だよ! 先に行くね! ごちそうさまー」

「はーい、いってらっしゃーい! 」

 お化粧タイム、長くて大変だな。お化粧なんかしなくても、ママは美人なのに。

 いつか私もお化粧するのかな……? 口紅持つよりクレヨン持ってる方が似合う私には想像つかないや。

 ブローしたり、パーマかけたり、ママに似て綺麗なストレートだったら色々楽しめたかもしれないけど、パパ似で癖毛の私には無縁な話だし。

 あぁ梅雨がうっとおしい……。このじめじめ、誰かどうにかしてくれないかなぁ。


 雨の日はなんとなく、下駄箱前が混んでる気がする。傘の水滴を落としたり、畳んだりしてるからだろうか?

 それだけじゃない気もするけど、とにかくごちゃごちゃしていて下駄箱までが遠く感じた。

「御影こねこちゃん、だよね? 」

 どこかで聞いたような弄り方で呼び止められたが、声の主に心当たりはなかった。

 その呼び方をしているのは氷堂さんただ一人だけなんだけど……。

 嫌な予感がしながらも振り返ると、そこに立っていたのは見覚えのない女の子だった。

「……こねこじゃないんだけど」

「違った? ごめんねー! 一年三組のショートボブの子だって聞いたからあなただと思ったんだけど……。下駄箱の前で待ってたら会えると思って張り込みしてたの。まだ上履きが入ってるから登校してないみたいだよね。御影さんと同じクラスでしょ? 登校して来たら、二年二組に来てって伝えといてくんない? 」

「あのぅ……」

「あー、心配しないで? 呼び出しとかじゃないからさ! 」

「……じゃなくて……」

「あー、名前? あたし二年二組の志緒(しお)! 教室に来てって言っといてー」

 せ、先輩だったのか! 思いっ切りタメ語使うところだった……。

 人のこと言えないけど、背が低いし、ツインテールがよく似合う童顔だったから、つい同学年だと……。

 勘違いしたまま、早口で話を進めていく先輩の勢いに押されてしまったけど、早く訂正しなければ……。

「あの、私が御影ですけど、こねこじゃなくて……湖渡子です……」

「おっ? そうなん? やっぱりお主が御影こねこちゃんだったのかー! 」

 そうなん? って、私の訂正聞いてなかったの? っていうか「お主」って……。

 先輩は少し後ずさりしながら「うーん」と唸って腕組みをし始めた。改めて私を眺めているようだ。

 それにしても、呼び止められた理由も、眺められてる理由も、なぜ私の名前を知っているのかすら分からない。こっちこそ後ずさりしたい気分なんだけど……。

 全身を一通り眺めて気が済んだのか、先輩は閃いたような顔で口を開いた。

「率直に言うとね、部活の勧誘……じゃなくて、スカウトに来たわけよ! 」

「勧誘、ですか……? 」

「違う違うっ! スカウトだってばっ! うちの部にぴったりの逸材がいるって垂れ込みが入ってねー」

 何部か知らないけど、部活なんてやるつもりないです、と言う暇もなく、目をキラキラさせた先輩の早口トークは続く。

「うんうん、噂通りのイメージ! いやぁいい子を見つけてくれて嬉しいなー! 後で褒めてあげなきゃね!うん、で、これ一応書いといて? 別に書かなくてもいいんだけどさ、形式上、出せって顧問が言ってるのよねー。あ、でも心配しなくていいよ? 顧問って言ってもうるさいやつじゃないし、むしろあんまし顔出さないから」

「せ、先輩……? ちょっとお話が掴めないんですが、私は……」

「あー、先輩とか呼ばなくていいよ! うち、みんなゆるゆるだからさ、ちゃん付けとかあだ名とかで呼び合ってる感じだし、気軽に志緒ちゃんって呼んで? 」

「いえ、そうじゃなくて、私、部活とか……」

「あれ? 入ってないって聞いたけど? 入ってんの? 」

「い、いえ……入ってはいませんけど、部活には入らな……」

「良かったー、 掛け持ちじゃないならオッケーだね! じゃ、これ書けたら二年二組に持ってきてねー」

 先輩は 言いながら小走りで去って行った。もちろん、私の返事なんて聞く暇もなく……。悪気はなさそうだけど、全く割り込む隙間などなく話し続けられると、今のは会話とはいえなかったんじゃないかと思う……。

 渡されたのは見るまでもなく、入部届けだと分かった。

 何の部活なのかも知らされず、返事も聞かず、入部届けを出しに二年の教室まで行けと……?

 いや、無理だから! あんな勢いで言われて断る暇もなかったけど、白紙のまま返しに行こう。上級生の教室を訪ねるのは勇気がいるけど、無視するわけにいかないし……。

 ため息をつきながら広げた入部届け、その部長乱に記されていた名前に目を疑った。

 そこに書いてあったのは、志緒先輩の名前ではなく「部長 氷堂菜々香」だった。



 でも、これはただのファーストコンヒュージョンにすぎなかった……。


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