◆38◆ファーストフィルム
ママは仕事柄、専属モデルを何人も見てきているくせに……かわいい子ならいくらでも知ってるくせに……。
なぜ、よりによって会いたくない人を連れてくるのだー!
茜さんとは中間試験終了から一度も会っていなかったので、約1ヶ月ぶりだった。道ばたでばったり! でもない限り、もう二度と会いたくないし、関わりたくないと思っていたのに……。
しかし、普段お嬢様系な茜さんでも、メイク次第でギャル系にも変身できるものなのか、とママのメイク術に感心。そりゃまぁ元がいいので何にでも化けられるのだろうが。声やしゃべり方のイメージは変わらないとしても、今回はスナップなので問題はないのだろう。
友達を傷つける悪女とは関わりたくない。面倒ごとには巻き込まれたくない。そうは思っていても、やはりその美貌に視線が吸い寄せられてしまう……。
茜さんがスタッフさんと打ち合わせしている間、私はその横顔にずっと見とれていた。キツめのアイライナーもふさふさのマスカラも、ぽってりとしてつややかなリップグロスも魅惑的で罪深い。
明るめの茶髪が滑る肩先から、白くほっそりとした上腕が伸びている。ウィッグなのだろうが、その透けるような肌が安っぽさを感じさせない。艶めかしく露出されたお御足に至っては、組み替えるだけで喉がごくりと鳴ってしまう。
気付けば私だけでなく、スタッフのお兄さんもおっさんも、みんな茜さんにメロメロになっていた。
「じゃあ、2人のショットからいいですかー?」
カメラマンさんがこちらを向いた。ハッと我に返る。私? なぜ一緒に? 心の準備もままならないまま、「はいはい、ことちゃんこっちよー」とママに手を引かれた。
私のファーストフィルムが始まる……。
まずは教室内で撮影らしい。机と椅子は黒板側に寄せられている。私は引かれるまま窓際の広いスペースに立たされた。
「ちょっと顔が赤いわねぇ。お粉はたいておきましょうかぁ」
出がけにファンデーションを塗りたくられた私だが、変な汗もかいていたらしい。赤面だってしょうがないじゃないか。ママが「目ぇ瞑ってぇ」とパウダーをパフパフしてくれた。
「まず向かい合わせからお願いしまーす」
カメラマンさんがこんな感じで、と絵コンテみたいなものを見せてくれた。ギャル夢ちゃんとイモ夢ちゃんが、向かい合って手の平を会わせている。今と昔の自分を照らし合わせているみたいな感じらしい。
心臓のバクバクがピークを迎えてきた。写真を撮るだけでちょっと緊張する私。これが雑誌に掲載されると考えただけで手汗がやばい……!
「緊張しているの?」
ちんちくりんイモ夢ちゃんの前に、イケイケギャル夢ちゃんが立った。覗き込まれて緊張が増す。140センチ前後な私より20センチ以上も高い。実際の女子は中1から高2までこんなに伸びるのか?
「そ、そりゃぁ……」
「ふふっ、かわいいわね」
役作りなのか、いつもの茜スマイルではなかった。それともメイクのせいなのだろうか、至近距離で見下ろされているからだろうか……。妖艶な微笑に背中がゾクゾクする。
「湖渡子ちゃんはあどけない感じで見上げてくださーい。茜ちゃんは懐かしむ感じで、それでいて黒歴史を握りつぶしたい感じでお願いしまーす」
「はーい」
軽く返事した茜さんだが、無茶ぶり極まりないオーダーが伝わったのだろうか? 私なぞ、あどけない表情とは? とパニクりそうなのに……。
茜さんが左手を私のおでこ辺りにかざしてきた。私はおずおず右手を合わせる。目力がすごい。懐かしむ感じよりも、握りつぶした差がだいぶ勝っているようですが? 黒歴史な私、圧迫感で握りつぶされそうですが?
「はーい、オッケーでーす。次は湖渡子ちゃんがグラウンドにいる武蔵くんを眺めているカットね。茜ちゃんは後ろから見守ってる感じでー」
そんなギャル夢ちゃんに怯えていたのが『あどけなさ』に見えたのだろうか……。大丈夫だったのか、こんなんで……。次は後ろ姿らしいのでちょっとだけ安心。
実際には誰もいないのだが、私は窓枠に肘をついてグラウンドを覗き込んだ。ぎこちなかったのか、「首はもうちょい右ね」と注文された。目力お化けの視線が突き刺さっているのを感じる。黒歴史イモ夢ちゃんはギャル夢ちゃんの目力で心臓を一突きされそうです。抹殺されそうです。
何枚かシャッター音がした後、「オッケーでーす」と仲裁の声が入った。ヘビに睨まれたカエルはきっと、こんな気分なのだろう。よかった、仕留められるかと思った。丸呑みされるかと思った。まだ黒歴史イモ娘は生きています。残念ですが。
有り難いことに、私のイモ夢ちゃんはここまでだった。あとは何枚かお色直ししたギャル夢ちゃんのソロショットだけ。原作からのワンシーンを再現するらしく、いちごマカロンおっさん大先生のコミックを片手に、スタッフさんたちが小道具やらセットやらを細かくチェックしていた。
めまぐるしく変わるその光景を、私はイモセーラーのまま傍で眺めているだけだった。帰ってもいい? ママにそう尋ねたいのだが、現場は鼻息荒く常に動いている。みんな真剣だ。当たり前か。私以外はみんなお仕事なのだ。
ギャランティを貰っている以上は、私もお仕事と思わなければいけなかったのだろうが、ついさっきの出来事の記憶がすでに薄れてきている。あれだけ緊張していたのに。ギャル夢ちゃんがではなく、私自身がイモ夢ちゃんを抹消してしまったようだ……。
来月号が、御影湖渡子の黒歴史になりませんように……。
校舎内での撮影が終わり、「移動しまーす」というスタッフさんのかけ声とともに、一行はドヤドヤ校庭に流れていく。ビジュアルに大興奮のママといちご大福先生も私のことなぞお忘れらしく、嬉しそうに談笑しながら靴を履き替えている。
マジで帰っていいですかー? 私消えてもバレませんよねー? 黒湖渡子がにゅっと顔を出す。それをため息で追い出して、私も黙って最後尾について行った。
「藍ちゃんの友達……だよね?」
昇降口で来賓用スリッパを片付けようとしゃがんだ瞬間、急に後ろから声をかけられてビクッと肩をすくめた。土曜日の午前中とあって生徒はまばらだったものの、やはり撮影となるとギャラリーはそれなりにいたわけだが……。
「覚えてない、かな?」
振り返ると、白いワイシャツでスクールバッグを担いだ男性と目が合った。自信なさげに首を傾げている。……いや、違う。この人は男性じゃなくて……。
「蒼さん?」
私はギョッとして半歩下がる。こんなところで顔見知りに遭遇するとは誰が思うだろうか。神様のいたずらか? 運命のいたずらか? それなら藍ちゃんの運命に遭遇してあげてくださらんか?
「茜から聞いてたけど、まさか藍ちゃんの友達とはびっくりしたよ」
「私もびっくりしましたよぉ。あ、あぁ、蒼さんもここの高校でしたっけ?」
「そう。今日は補修でね」
そう言って苦笑いする蒼さん。出席日数だけでなく、お勉強もダメダメらしい。そして相変わらずバッグのファスナーが半開きですよ。
私は背中が小さくなっていく撮影隊御一行をチラッと確認し、改めて蒼さんに向き直った。
「あの、聞きたいことがあるんですけど……」
「うん? なに?」
「藍ちゃん、最近蒼さんちにお邪魔してますか?」
蒼さんはハテナ顔になった。突然何を聞いてくるのだ、このイモコスプレペチャパイ女はと思っているのだろう。そうだろう。
「いや、最近は来てないかな? 元々頻繁に来てたわけじゃないけど……どうして?」
やっぱりそうだ。あの仕組まれた定期入れ事件以来、藍ちゃんはメスギツネが怖くて行けてないのだ。
畜生、私の友達の純情を邪魔しやがって……!
そんなこととも知らずに、蒼さんは片手に握ったペットボトルを呑気にベコベコ鳴らしている。子供か、子供ですかあなたは。
「もうひとつ聞きたいんですけど」
ぐるりと辺りを見渡す。撮影隊が去ったおかげで人は疎らだ。聞くなら今しかない。私は意を決して尋ねた。
「茜さんは? 茜さんはお邪魔してるんですか? 頻繁にお邪魔してるんですか?」
勢い余って一気に聞いてしまった。茜さんよりも更に高身長なので、あちらからは私が睨み上げているようにしか見えないだろう。
しかし、明らかに顔色が変わった。あからさまに動揺している……。
「な、なんで? 茜がなんか言ったの?」
「いえ。え、えっと……」
藍ちゃんがあなたのこと好きなので? あなたのことでもめてるので? あなたの友人に意地悪されたので?
お互いに次の言葉を探している。静まりかえった昇降口に、お昼を告げるチャイムがやたらと響いた。




