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百合っ子なんかじゃないんだからね!  作者: 芝井流歌


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34/43

◆34◆ファーストカミングアウト

 またやってしまった……。

「おおおおお、女?」

「そうだよ。だから湖渡子ちゃん、あたしは……」

 そこまで言って、桜色の唇を噛みしめる藍ちゃん。つぶらなお目々には徐々に涙がにじんでいく。

 私は自分のやらかした言動にうんざりする。藍ちゃんを否定することになってしまった言葉を、本人目の前にして何度口にしてしまっただろう……。

 それに、何度同じ過ちを……。

 ガイ先輩、藍ちゃん、そして蒼さん。私の目は節穴過ぎて笑える。いや、笑えないけど笑える。

「気持ち悪いって思ってるんでしょ? 湖渡子ちゃんは女の子同士の恋愛は二次元でしか受け入れられないんでしょ? だったら……」

 震える声でそこまで言って、またも藍ちゃんは唇を噛み俯いた。

「ごめん、違うの。藍ちゃんをキモいなんて思ってない!」

「言ったじゃない! 自分の百合好きは受け入れてほしい、自分は百合っ子じゃないから受け入れてほしいって。あたしは別に、湖渡子ちゃんが百合好きだってなんとも思わない。でも湖渡子ちゃんのほうがあたしを受け入れられないってことじゃない! あたしも、蒼さんも、茜さんのことも」

 あぁ……そうなるのか……。

 何も弁明できず、私は掴んでいた藍ちゃんの腕を離した。悔しさか、切なさか、ぽろぽろと流れ落ちていく涙をただ見つめていることしかできなかった。

 解放されたほうの指の背で涙を拭い続けて数分。藍ちゃんはずずっと鼻をすすると、「はー」とひとつ大きなため息をついた。

「あたしは隠したりしてなかったのになぁ。初めて湖渡子ちゃんちにお邪魔した日、BL好きなことも、好きな人のことも」

 確かに……。

「なのに湖渡子ちゃんは、今まで何も教えてくれなかったよね。……まぁそりゃ偏見の目を畏れて言えなかったんでしょうけど」

「ごめん……」

「謝らなくていいよ。考えたら、友達の中にも腐女子なの隠してる子もいるし。でもさ、1番偏見持ってるのは湖渡子ちゃんなんじゃない?」

 喉がカラカラだった。飲み物なしでタイ焼きを食しただけではない。カミングアウトしたことも、友達を1人なくしかけていることも、緊張状態が続いていることが原因なのだろう。

 今度は私が唇を噛みしめる番だった。公園の柵の向こうから、はしゃぎながら走ってくる小学生たちの声が聞こえてきた。私は再び藍ちゃんの腕を引き「うち来ない?」と見上げた。

 しばらく考えていた藍ちゃんだったが、黙って頷き「一度帰るね。着替えてからでもいい?」と言ってくれた。

 分かれ道までは無言だった。気まずさ半分、それでも隣にいてくれている安心感が半分。

「じゃあ、あとで」

「うん。待ってるね」

 短い挨拶を交わして帰路につく。1人になった途端に大きなため息がひとつ出たが、心は自然と軽かった。

「ただいま」

 ママはいない。テスト期間は下校が早いので当たり前だが。

 バッグを放り投げ、制服をハンガーにかける。4年生の時に買ったTシャツに袖を通すと、いつまでちんちくりんなのだ私は、と高身長で純粋な藍ちゃんと思い比べる。

 中身までおチビのままじゃね……。

 すぐに紅茶を出せるようにと、電気ケトルのスイッチを入れた。ママのお気に入りの高級茶葉だったが、ちょっとくらい拝借しても怒られはしないだろう。

 相変わらずお菓子という物がうちにはない。急いで買ってこようか悩んだが、タイ焼きも食べたし、まぁいっかとダイニングチェアに腰かけた。

 チャイムが鳴ったのは、何分経ってからだっただろうか。計画を脳内シュミレーションしていたため、思わずビクッと背を伸ばしてしまった。

「いらっしゃい」

 とりあえず平然を装う。これから行う儀式への緊張を悟られないように。

「おまたせ。お邪魔しまーす」

 すっかりいつも通りの藍ちゃんは、誰もいないダイニングまで届くように大きな声で挨拶をして靴を脱いだ。

「どうぞどうぞー」

 家庭教師を頼んでいたウィークのおかげで、お客様の到来にはもう慣れた。そそくさとキッチンへ先回りして、ケトルのお湯を沸かし直す。

 座ってて、とダイニングへ促し、まだ空のままのカップを2つ並べる。茶葉はどれくらい入れていただろうか、ともたついていると「あたしやろうか?」と藍ちゃんがテキパキ手伝ってくれた。

「ごめんね、お客さんにやらせて」

「全然ー。あたしこう見えてもお菓子作りが好きでさ、よく紅茶飲みながら食べたりするんだ。これは手作りじゃないんだけど……」

 言いながら、藍ちゃんはごそごそとバッグからマドレーヌを2つ取り出した。さすが藍ちゃん、見た目はあれでも女子力はやはり高い。お茶請けも用意できない私とは違う。そしてマドレーヌというチョイスも、私個人的にはポイント高い。

「やったぁ。私、マドレーヌ大好きなんだよねー」

「なら良かった! さっきタイ焼きごちそうになっちゃったしさ」

 いやいや、あれは宇未ママからの差し入れなので。ちょっと心がチクッとなった。

「ありがとね。いただきまーす」

 私たちはしばし他愛のない話をした。このマドレーヌはどこそこのだの、この前買ったコンビニのスイートポテトがおいしかっただの、数学の点数がやばそうだの、7月から始まる『機動天使ギンガム』のアニメ化が話題になってるらしいねだの。

 とにかく、意識的にか無意識的にか、恋愛話とそれに関わる人物に近付きそうな話にはならなかった。

 いや、前者かもしれない。意識的に私たちは、お互いの仲を裂いてしまう話題に触れないように避けていたかもしれない。

 どこで切り出そうか……。私は空になったティーカップを傾け「もう1杯飲む?」と尋ねた。

「ううん、もう大丈夫。おいしかったよ、この紅茶」

「良かった! 実はママのなんだけどねー」

 私はわざと「お主も悪よのう」とニタリ笑う。同罪をなすりつけられたのを察した藍ちゃんは一瞬驚いたようだったが、すぐ「へっへっへ、そちらこそでござるよぉ」と、なんともキャラのブレブレな台詞で応じてくれた。どうやらアドリブは苦手らしい。どうでもいいけど。

「よし、カップ下げちゃうねー」

 藍ちゃんのカップが空になったタイミングを見て、私はさっさとキッチンへ片付けていく。これから始める儀式には邪魔になるからだ。「手伝うよー」と肩越しに言われたが「座っててー」と言い残し、その足で自室へ向かった。

 洋服ダンスの引き出しを開ける。ちんちくりん湖渡子を包む洋服たちをかき分け、その奥に眠るお宝をかき集める。

 今度は本棚。カモフラージュに並べてある少女マンガを一旦取り出す。その奥に並ぶお宝もかき集める。

 最後にベッドマットをうんしょと持ち上げる。それを頭で支えながら、そこに平積みしたお宝もかき集める。

 これらは私のお宝の氷山の一角でしかない。だが、その中でも選りすぐりの20冊だ。ちょっとエッチなのだってある。それらを重ねて、よっこらしょとダイニングまで運んだ。

 自室の扉を片足で閉める。その音に振り向いた藍ちゃんがギョッと目を見開いた。

「こ、湖渡子ちゃん? それって……」

 私はせっせとダイニングテーブルに百合本を並べていく。驚愕している藍ちゃんを見ていたら、逆に快感を覚えてきた。

「すごい! 初めて見たぁ……」

 全てを並べ終えた私は、1冊を差し出す。『お嬢様はメイドさんと戯れたい』の1巻だ。お破廉恥でワクワクでアーレーなカットもあるが、基本的にはタイトル通り、財閥のお嬢様が資力尽くして集めた美少女メイドさんとわちゃわちゃするだけのコメディマンガ。

「これはタイトルのわりにさらっと読めるから、初心者にはオススメ」

 次に手にしたのは『白銀の薔薇』の1巻。表紙が薔薇だらけでキャラもおフランスをイメージさせる金髪美女と、実はバンパイアでしたーのネタバレ満載な銀髪美女が鮮やかに描かれた大人百合。

「こっちはイラストが素晴らしいのでオススメ。もちろん内容も濃密だよ」

 最後に拾い上げたのは『おねえさまにぜんぶあげます』の1巻。

「これはまぁ……これぞ百合の醍醐味って感じでオススメ」

 開き直った私がドヤ顔を見せると、あっけにとられていた藍ちゃんはようやく口を開いた。

「これ……を、あたしに?」

「そう。貸すから読んでみて?」

 目を丸くしたまま、再び百合本に向く藍ちゃん。初めに紹介した『お嬢様はメイドさんと戯れたい』を手に「すごい……」と呟いた。

「藍ちゃんは私が百合好き女子でも構わないって言ってくれたけど、やっぱ百合というものを知ってから理解してもらいたいなと思って」

 自分の嗜好品をさらけ出すのは、下着姿を見られるのと同程度に恥ずかしい。

「だから、藍ちゃんの恋愛観ももっと教えてほしいの。藍ちゃんのそういうとこもちゃんと知った上でお友達でいたいから」

 百合好き女子をカミングアウトしたのだ。どうせならワンチャン理解者がほしい。

 いや……。

「読んだ上で理解できなかったらそれでもいいの。好みは人それぞれだもん。でも、私がそういうのを好きな人だって知っておいてくれるだけでもいいの」

 こんな私をキモいなんて思わない藍ちゃんだもん。大事な存在だもん。

「友達でいてほしいから……」

 言い終えて顔が火照っていく。見ると藍ちゃんもみるみる赤くなっていく。同時にぽりぽりとこめかみをかいた。

「さっきはごめんね?」

「ううん、あたしこそごめん」

 頬を赤らめたままはにかむ藍ちゃんもかわいかった。

 ママが帰らないうちに、とお宝さんたちを紙袋にそそくさ詰める。もちろん1枚では底が抜けそうなので二重。しかし20冊はさすがに重いので、ひとまず今日はメイドさんシリーズの5巻だけを貸してほしいと言われ、私はまたせっせとご希望の本だけ取り出し、あとは紙袋ごと自室に戻した。

「ごめんねぇ、せっかく詰めてくれたのに」

「いいのいいの。テストも終わったことだし、読んだらまた借りにきて?」

「うん。ありがとう」

 5冊を丁寧にバッグに入れ直してぺこりと頭を下げる藍ちゃん。買ってから一度も外出したことのないお宝さんたちに「かわいがってもらうんですよー?」と私が言うと、藍ちゃんはけたけた笑ってくれた。

 ファーストカミングアウト成功、でいいのかな?

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