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百合っ子なんかじゃないんだからね!  作者: 芝井流歌


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◆3◆ ファーストルーズ

 何見てるの? 私、何見てるの?

 女の子の体も、下着姿も、百合マンガとか百合小説の挿絵で見慣れてるのに……。

 いやいや、やっぱり女の子は白い下着でしょ? 不倫人妻はともかく、女子中学生が黒い下着って……。

 それに、今まで着替えてたクラスメイトだって、いや、そんなにじろじろ観てたわけじゃないけど、目に留まらなかったってことは、普通に白だったんじゃないかと。

 え? 黒? 黒ブラ?

 ダメダメ! 考えるな私! 動揺でジャージの袖が通らないじゃないか!

 早く着替えて校庭に行かなければ……。教室からジャージ姿のクラスメイトたちが消えていく。

 つるぺたな私の、着けていてもお飾り程度でしかないお粗末な下着を出来るだけ晒さぬよう、万全の注意を払いながら急いだ。ブラウスもスカートも雑に畳み、「早く行かなくては」それだけを考えていた。

「御影さん、落としたよ? 」

 教室の扉に手を掛けようとしたところで呼び止められ振り返ると、そこにはまたにっこり顔の氷堂さんがいた。

 さっきの黒ブラ姿を思い出しそうになって一瞬焦ったが、そんな私の表情とは裏腹に、変わらぬ余裕の笑顔で一枚の紙をぺらりと差し出してきた。

 測定用紙、宇未ちゃんが置いといてくれたんだった。もう色々と焦っていて落としたことはおろか、存在すら忘れていた。

「あ……ありがと……」

 私が受け取ると、一度手放した用紙を覗き込んだ氷堂さんが問いかけてきた。

「湖を渡る子、って書いてことこちゃんなんだね。かわいい……。こねこちゃんみたいじゃない? 」

「そ、そんなこと言われたことないな……。御影さんっておかげさんって読めるよね、とかは言われたことあるけど……」

「あー、なるほどね。そう言われてみるとおかげさんにも見えるね」

「じゃ、じゃあ、私もう校庭行くから……」

 いや、氷堂さんだって目的地は同じなのは分かってる。分かってるけど気まずいのであえて先に行こうとした。

 何が気まずいって、目を合わせてしまったら、「さっき私の黒ブラ見てたよね? 」とか言われそうで……。

 いやいや、「黒ブラを」とは言わないかもしれないけど、観ていたとこを見られたのは確実だし、それより何より、氷堂さんに私の行動や表情を見られていることを思い出したのだ。

 本郷くんを見ていることに気付いているくらいだから、さっきの私がどんな表情だったかを気付いていないわけがない。

「待って、前髪乱れてる……。直してあげようか? 」

「えっ? だ、大丈夫! 」

 急いで体操着を被った時に乱れたのだろう。触ってみると確かにくしゃくしゃになっていた。色々恥ずかしい……。

「ぱっつんしててかわいい。私もぱっつん似合うといいのになー」

 ……前髪なんかを褒められたのは初めてだった。適当に眉毛下で切り揃えてるだけだし。

 でも私から見れば、氷堂さんみたいな美人さんは、どんな髪型でも似合うと思うんだけどな……。

 それに、横に流した前髪を耳に引っ掛ける仕草とか、すごく様になってるのに……。おでこだって美形だし。

 あれ? 何かいつもと違うと思ってたら、今日はヘアピンで前髪を止めてるんだ。体力測定があるからかな。

「あぁっ! い、急がないとっ! 」

惚れてる場合じゃない!

 頭の中が雑念だらけで、脳裏から消えかけていた現実を思い出した私は、誰もいなくなった教室に氷堂さんを一人残して飛び出した。


 そして憂鬱な体力測定の時間が訪れた。

 校庭のトラックには綺麗に引かれた白線が並んでいる。その周りにはワイワイおしゃべりしているクラスメイトたち。そして、やたら張り切って「出席番号順に並びなさいー」と笛を吹く担任の先生。

 しぶしぶと私も重い足を引きずって、宇未ちゃんの後ろへ並んだ。真崎宇未は小学五年生の時から、お決まりで私の前。

「湖渡子、遅かったねー。ギリギリじゃん」

「……うん、間に合ってよかったぁ」

「まぁビリではないみたいね」

 宇未ちゃんの視線を辿ると、悠然と歩いてくる氷堂さんの姿があった。すでに予鈴は鳴っているのに、相変わらず涼しい顔だな……。

 堂々としているから、先生もなんとなく注意しそびれてるし……。

 所詮、美人さんには先生も弱いってことですかね……。人間だもんね。美しい物にはみんな弱いよね。

 しかし、中学生にもなると、教師と生徒との恋愛関係が成立するのかな……。

 うわぁ想像したらおぞましく思えてきたー! 大人って汚い! これだから男の人って……。


「次! 氷堂菜々香っ! 」

「はい」

 そんな軽蔑妄想をしている間に、何人もの計測が終わっていた。や、やばい! もうすぐ私の番なんだけどー!

「よーいっ! 」

 焦る私の耳に、合図の笛が鳴り響く。

 そして、次に耳にしたのはクラスメイトたちのどよめき声だった……。

 そのどよめきが何なのか、確認するまでもなく、目に飛び込んできたのは氷堂さんの姿。

 走るスピードにも驚きだが、フォームも美しい……。

 風も空間も存在してないんじゃないかってくらいの軽快な足の動き、必死さも感じない表情、何課こう……妖精さんが味方に付いてるのかなという想像すら出来た。

 これぞまさに完璧な陸上選手の姿だっ!

「すごー! ちょー速っ! 」

「すげぇなー! 氷堂ってかわいいだけじゃねーのな! 」

「やばっ! これ中学生のタイムじゃなくねっ? マジかっけー! 」

 みんな口ぐちに本音をもらす。当然私だってその素晴らしさに唖然としてるわけだけど……。

 もう一つ、驚いたことがある。

 それは周りの反応。あれだけの速さを見せつけられれば、どう考えても男の子たちに勝ち目なんかないのに、完敗のぼやきなんて全くないのだ。

 何? 何で? 何が違うの?

 何でこんだけ速いのに、しらけたりドン引きしてるどころか、男の子からも女の子からも羨望の眼差しで見られてるの?

 顔? 顔なの? 美人さんなら何でも許せちゃうの?

 私が美人でもないのに足だけ速かったから、異性として見れなかっただけだったの……?


 何かそれって……私の悩みってなんだったの?

 別に私が速かろうが遅かろうが、男の子に意識してもらうのには関係なかったの?

 なーんだ……そっかぁ。

「御影っ! 御影湖渡子っ! 早く位置に着きなさい! 」

「え……あっ、私っ? はい! 」

「よーいっ! 」

 何も考えずに走ったのは二年ぶりくらいだ。すごく久しぶりで気持ちいい……。

 たくさん考えてきたけど、結局何も考えることなんてなかったんだ。

 なーんだ。男の子ってそうなのね。顔が良ければ妬みも何もないのね。

 なのに……なのに私って……。

 バッカみたい!



「湖渡子の走り、久しぶりに見たけど、やっぱ速くてかっこいいねー! あたしはやっぱ下から数えた方が早そうだよー」

「ふぅーん……」

「聞いてないな? 何だよーその態度ぉ。かっこよかったよって褒めてんのにさぁ」

「いいよ、かっこよくなくていいし、褒めてくれなくてもいい……」

 結局あの後、私は全力で走ったし、他の測定にも全力を尽くしたが、周りの声もタイムも聞こえないようにしていた。


 意識されたいとかモテたいとか、そういう煩悩はみっともないんだと、何かが吹っ切れたみたいに。

 例え氷堂さんと同じくらいのタイムだとしても、魅了されるかドン引きされるかは顔次第なのだから。

「湖渡子ぉ、一番じゃなかったのがそんなに悔しかったのー? 」

「違うよ。別に何番でもいいし、競ってないし」

「じゃあ何で不機嫌なのー? 感じ悪いよー! 」

 宇未ちゃんはいいよね。顔だってかわいいし、長いおさげだって似合ってるし、仕草も口調も女の子らしいし、発育だってそれなりだもんね。

 あぁ、こんな僻みを言ってる時点で、心もブスだなぁ私。

「ごめん、宇未ちゃん。私やなやつだね」

「そんなことないよ! 今日のタイムは二番でも、湖渡子はあたしの中の一番の友達だもん! 」

「うーみーちゃーん! 私も大好きだよーぉ! 」

「こーとーこーぉ! 」

 ……まったく、何をしてるんだか。

 でも、ハグした宇未ちゃんの体は柔らかくて暖かかった。

 私を一番だなんて言ってくれて、なんていい友達を持ってるんだ私は。男の子に相手してもらえなくても、充分幸せ者じゃないか……。

「帰ろ、宇未ちゃん」

「え? あー、今日は入部届け出しに行くって言ったじゃん。ごめんけど今日は、ね? 」

 ね? って……一番だよって今言ったばっかりなのに、例の素敵な部長さんですか、顧問ですか!

 やっぱり女の子も顔、男の子も顔なのね……。不条理な世界だなぁ。

 二次元だったらそんな不条理な展開はないのにな。

 まぁ、基本的に登場人物にブスもブサイクも存在しないことが多いけど……。それはそれで羨ましい世界だなぁ。

「じゃーね。また明日ー! 」

「うん、明日ねー」

 図書室に向かう嬉しそうな宇未ちゃんの背中を見送ると、一日の疲れがどっと出た。


 私も、帰ったら本屋さん行こうかな。そうでもしないとこのもやもやはきっと晴れない。

 昨日買った新巻をもう一回読み返すのもいいけど、今日は心機一転して新しい百合小説を買おう! それとも百合マンガがいいかな? 今なら同人誌でもアンソロジーでもいいなー!

 何か、今日はとても肩透かしな一日だった。

 短距離の記録も一番じゃなかったみたいだし、宇未ちゃんの中の一番でもないみたいだし。

 何かの、誰かの一番じゃなくなる、そんなことなら、最初から一番なんていらなかったのに……。



 今日は、中学に入ってからのファーストルーズだった。


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