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百合っ子なんかじゃないんだからね!  作者: 芝井流歌


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27/43

◆27◆ファーストアングリー


 結局、ヘタレな私には他人のお金など使う事が出来ず、ただおとなしく仮病の遅刻を演じるだけだった。演じると言っても、お腹が痛くて遅れましたと言う私のいいわけを、先生は疑いの眼差しで見ていたけれど。きっと挙動不審だったんだろう。嘘をつく事に慣れてない訳ではないけど、仮病を使って遅刻したのは初めてだったのだから。


 それでも、生活態度の悪くない私を咎める事はせず、先生は「座っていいぞ」と呆気なく引き下がった。サボろうとしたわりに散々悩んでぐるぐるしてきたくせに、先生の張り合いのない態度が余計に私の罪悪感を煽った。


 授業は一時間目がもうすぐ終わるところだった。中途半端な時間に教室の扉が開けば、どんなに地味で目立たない私でも注目を浴びる訳で。無理もない。どんなに静かに開閉しても、五十分という長い時間集中している人なんていないのだから。「早く終わんないかな」そんな風に考えてる人がほとんどだろうし。


「湖渡子、どした? 今日お休みなのかなぁって心配したんだよ? 先生も誰か連絡もらってる奴いないかって聞いてたし……」


 私がそっと机にバッグを置くと、宇未ちゃんが振り返りながら小声で問いかけてきた。その表情は心から心配してくれてたんだと伝わったが、サボり半分の私としてはその気持ちすらもうっとおしく感じた。


「うん、ごめん。ママが仕事行っちゃってて学校に連絡できなかっただけだよ。今何ページ?」


「あ、待って……えっとね、二十四ページ」


 話を変えて宇未ちゃんの気を逸らした。もっとも、あと十分もない授業を真面目に受けようなんて思ってなかったんだけど。教科書のページ数を確認した後、宇未ちゃんは後ろ髪引かれるように黒板の方へ向き直った。宇未ちゃんの隣の本郷くんも、振り返るまではいかないものの、横目でこちらをちらりと見ていた。こんな時くらいしか存在を見出してもらえない私の影の薄さを痛感した瞬間だった。


「宇未ちゃん、今日も部活……だよね?」


 給食を終え、トイレで二人っきりになった頃を見計らって宇未ちゃんに尋ねた。本当は宇未ちゃんがトイレに行くのが目に入ったからわざとつけてきたんだけど。教室じゃ話せない事ばかりだったから、こんなストーカーのような事をしても仕方ないよね、と自分に言い聞かせる。


「ううん、今日はないよ? 元々緩い部だからねぇ。ただ気になる新刊があるから図書室には寄って行こうかなって思ってる。……湖渡子は? 演劇部、入ったんでしょ?」


「……え、わ、私そんな事言ったっけ? なんで知ってんの?」


「あぁ、昨日氷堂さんに聞いたっていうか、言われたっていうか。『今日は部活ないんでって伝えておいて』ってさ。でももう湖渡子帰っちゃった後だったんだよね。ほら、保健室に本届けてってお願いした後だったんだ。多分帰ったよって言ったら、じゃあいいのって帰ってったよ? それこそ保健室行った方がいいんじゃないかってくらい病人みたいな顔してたけど……んまぁ放課後だったし、それ以上はお節介かなって思って話さなかったんだけどね。あんま話した事ないあたしに言われても迷惑かなぁとも思ったし、保健室寄るより帰った方が手っ取り早い時間だったからさ」


「……そう……」


 永井妹といい、氷堂さんといい、みんな昨日の朝の出来事がそんなに応えたのか……。失恋、と呼んでいいのか分からないけど、本気で好きになるってそんなにもしんどい事なの? それとも女同士だから? なまじ届くところにいるから? 届きそうで届かない、そのもどかしさが辛くさせる、とか……?


 届く、のかなぁ。友達なら男の子より近い存在だけど、女の子同士の恋愛は性という壁が高くて、男女の恋愛よりもしんどいのかもしれない。それは二次元だけの話ではないかもしれない。


 そんな中に巻き込まれた方はたまったもんじゃないけど! 私のせいじゃない。私のせいじゃ……。


「湖渡子が部活ないなら、久しぶりに一緒帰ろ! つっても来週はテスト前ウィークだからどこも部活ないんだよね。来週からはしばらく一緒に帰れるね!」


「う、うん!」


 やっぱり持つべきものは親友だ。一緒に帰れる、それだけで気持ちが軽くなる。今までこんなにホッとした事があっただろうか。こんな些細な一言に安堵した事があっただろうか。


「え、え? 湖渡子? なんで泣いてんの?」


「……ごめん。色々ありすぎてさぁ……宇未ちゃんと話したくてさぁ……うっうぅ……」


「え、え? 色々って何? 分かったからさ、とりあえず場所変えよ? ここにいたら誰か入ってきちゃうしさ。ね、ね?」


「……う、うぐっ……うん……」


 宇未ちゃんがぽんぽんと肩を叩く度に、後から後から涙が溢れてくる。うろたえた宇未ちゃんが「これしかないけど……」と言ってハンカチを貸してくれた。それはさっき用を足して手を洗った時のだった。びしょびしょに濡れていたけど、私はその気持ちだけでも嬉しくて、余計に涙が止まらなかった。


「ここでいっか。お尻冷たいけど、湖渡子も座ったら?」


「う、うん……」


 ずるずると鼻水を啜りながら連れて来られたのは、新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下。少し声が響くけど、お昼休みに通る人がいないからと手を引かれるままついて来た。宇未ちゃんの言う通り廊下の床はひんやりと冷たかったけど、全面ガラス張りの渡り廊下は眩しい程陽だまりになっていた。


「それで? 話したい事ってなぁに? 何があったの?」


「うん、実はね……」


 何があったのかと聞かれても、色々あったと言ったのは私だけど、順を追って話すとなるとまず氷堂さん絡みからだ。そしてそのきっかけは氷堂さんのお父さんが営んでいる古本屋さんから始まる。じゃあなぜそこに行ったかと言うと……。


「湖渡子? 何でも言っていいよ? 小学校からの付き合いじゃん?」


「……う、うん。そうだよ……ね……」


 いやいやいや、小学校からの付き合いだからこそ、大好きな宇未ちゃんだからこそ、百合本マニアで百合本コレクターで百合本フリークで百合本バカな真実を打ち明けられないんだよ……。「今まで変態を隠してたのね!」とか「薄汚い百合ブタめ!よくも騙してくれたわね!」なんて拒絶されたら、それこそ私は天涯孤独の中学生ライフを送らなければならない。


 あと三年間も後ろ指指され、登校時には石を投げられ、靴箱には針山のように大量の画鋲が入れられ、教室に入れば黒板消しが降ってきて、机には枯れた菊の花が置かれ、机の中には生ゴミと腐ったネズミの死骸が入れられ、椅子には『おなら』と綺麗な文字で書かれ、クラスメイトにはクラス委員が作詞作曲した『おかげこねこは変態つるぺたキモ女』という歌を三重唱で朗々とハモられ、入って来た先生には止められるどころか拍手喝采で涙ぐみながらアンコールをされ、授業は一日中『百合ブタ女の処刑法』と『変態を移されない為の百の予防法』を例題解説しながら講義され、下校時には教頭先生に消毒スプレーを撒かれ、校門にある銅像にさえも仰け反って鼻を抓まれ……。


 ダメ! やっぱり言えない! 大好きな宇未ちゃんだからこそ、大好きな百合本の話は出来ない! 氷堂さんにバレた事も、キスされた事も、告白された事も、ふってしまった事も、永井明徒がガチレズだったって事も、ついでに言うとガイちゃん先輩も美空さんも男の子だと勘違いしていた事も、美空さんの好きな人は同性愛者だったって事も、ママが手掛けたティーンズブラの広告モデルが氷堂さんだったって事も……。途中いらないエピソードが混ざってたような気もするけど、とにかくここ数日で、私がどれだけ目まぐるしい出来事が降りかかってきたかを話したかったのに……やっぱりどれもこれも非日常的で言える話じゃない!


 言えない……。


「……ねぇ湖渡子、あそこにいるのって氷堂さんじゃない?」


「ちちちち違うよ! 氷堂さんと私はなんにもないから! 全然そういう関係じゃないから!」


「……何言ってんの? ほら、旧校舎側の階段の上。あんなとこで一人で何してるんだろね?」


「え、え? 上?」


 宇未ちゃんが指指す先を辿ると確かに氷堂さんのつるりとしたオデコが見えた。反射的に私の眉がぴくっと動く。無理もない。生理現象? 拒否反応? 氷堂アレルギー? ……とにかく背中をゲジゲジが這うような嫌悪感が走った。


「氷堂さんていっつも一人でいるイメージなんだけど、昼休みも一人なんだと思ってたら誰かと話してるみたいだね。こっからじゃ顔見えないけど……学ランだし男子か。あの子めちゃ大人っぽくて美人だもんねぇ。そりゃ彼氏の一人や二人いるかぁ」


「……さぁね。どうでもいいよ、氷堂さんなんて。宇未ちゃん、教室戻ろ!」


「えー? でも湖渡子の話、まだ聞いてないよぉ?」


「それはもういいや。宇未ちゃんと久しぶりに一緒に帰るんだもん、後でゆっくり話そ?」


 にっこり微笑んで見せると、納得が出来ていないのか首を傾げながら立ち上がった。私はその宇未ちゃんの手を取り、「行こっ」と歩き出す。


「こここ、湖渡子……! い、今ダメ! 見ちゃダメ!」


「……へ? 何が? どうしたの宇未ちゃ……」


 真っ赤な顔の宇未ちゃんと真っ青な顔の私の視線の先には、真っ白なブラウスをはだけさせて真っ黒なブラを露わにしている氷堂さんの姿……。向かいに立っている男の子の手を取り、自分の胸に引き寄せていた。その姿は妖艶で、まるで中学生ではないような、本物の魔女なんじゃないかと思わせる程艶めかしかった。


 口を押えてもがもがしてる宇未ちゃんの腕を掴んで立ち去ろうとするも、私の足は震えていて言う事を聞かない。それどころかどうにも視線を外せなかった。見たくない、知りたくない、関係ない、そう思う心と、動かない身体は別々の生き物みたいだった。


 やがて男の子の躊躇していた手が残りのボタンを一つずつ外し、小刻みに震えながら谷間を滑って黒ブラの中へ……。氷堂さんの頬は見る見る赤く染まっていき、差し入れられた手が動く度に肩をびくんと震わせている。なにやら耳元で囁いて男の子の頭を胸元へそっと抱き寄せた。


 それがどういう行為なのか、私が知らない訳がない。実際に見るのが初めてでも、それは女の子の神聖な箇所を愛でる行為だというのはペラペラの紙で何度も目にしているのだから。それは好きな人とする行為。大事な人とする行為。


 氷堂さん、あなたの好きな人って……私じゃなかったの……?


 行き場のないファーストアングリーだった。





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