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百合っ子なんかじゃないんだからね!  作者: 芝井流歌


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◆2◆ ファーストインプレッション

 その日は朝から憂鬱だった。

 午前中に体力測定と身体測定があるからだ。

 登校中、ずっと考えていた。手を抜くべきか、真面目にやるべきか……。

 なぜなら、今日の結果によっては体育祭のリレーを選抜されるからだ。

 もし選抜されて、またぶっちぎりで走ろうもんなら、小学生の時のように、好きな男の子に意識されるどころか、逆に対抗心のようなものを燃やされたり活発キャラだと認識されたりと、私が築き上げようとしている「守ってあげたくなるような女の子キャラ」のイメージとは色々かけ離れていく。

 そうはいっても、学年の三分の一は同じ小学校出身なので、明らかに手を抜いて走れば、それはそれで「あいつ確か早かったよな? 」という余計な記憶起こしをしてしまう。

 じゃあ全力疾走でもなく、手を抜いているわけでもないように見せる走り方が出来るかというと、そんな器用なことが出来ていれば、こんな悩みを引きずる中学生ライフは送っていないわけで……。

 もう一つの憂鬱、身体測定なんか、体力測定に比べれば、私にとってはもうこの際どうでもいいとすら思える。

 今更どうあがいてもつるぺたが解消されるわけじゃないし、魔法のステッキでも使わない限り、身長だって伸びない。

 他の子と比較して気になってはいるけど、気にしないようにしないと、自分の取り柄が何一つないのかと惨めになるので、しばらく考えないようにしてきた。

 学校に近付くに連れて生との数が多くなっていく通学路は、朝の挨拶に紛れて私のため息がかき消されていった。



湖渡子(ことこ)、どしたん? 」

 机にバッグを置くな否や、宇未ちゃんが覗き込んできた。

 さすがはまぁ小学校からの付き合いで、私の表情が曇っていたのを見逃さなかったのだろう。

「おはよ……。眠気が取れないだけだよ」

「そうなん?そんなんじゃ短距離走の記録、更新出来ないぞ? 」

 悪気がないのも分かってるし、私がその件を憂鬱に思っているのを知らないのも分かってるから、宇未ちゃんには悪いけど嘘をつかせてもらった。

「記録を作る為じゃなくて、あくまで測定だし、勝ち負け決めるわけでもないからね……。タイムとか気にしてないよ」

「ほー! 短距離女王は余裕があるというか、貫禄のある発言するねー! あたしなんか下から数えた方が速いくらいだし、ビリにならないように必死だっつーのにさぁ……。体育の成績がいい人には分かんないだろうなぁこの気持ちーぃ……」

 横目で見ながら口を尖らせる、いじける時の宇未ちゃんの癖だ。無意識だからこそ、こういうとこが女の子のかわいい仕草のお手本だなぁと勉強になる。

「私はスタミナないから、長距離苦手だよ? 体育全部特異な人なんていないでしょ……」

 口を尖らせたいのはこっちの方だよ。女の子はちょっとどんくさいドジっ子の方がかわいいに決まってる!

 そうっ!昨日発売されたばかりの百合小説の主人公もドジっ子だったし!

 かわいかったなぁ……。強引な先輩に迫られて教室から飛び出すんだけど、すぐつまづいて「つっかまーえた! 」って先輩に後ろからハグされて……。あの後どうなるんだろう? 速く続き発売されないかなぁ……。うふふ……。

「湖渡子、今日は機嫌悪いんだかいいんだか分かんないなぁ。何かあったんなら言ってよー? あたしと湖渡子の仲なんだからね? 」

 ……思い出してニヤついてただろうか! いけないいけない、学校でニヤニヤしてたら、それこそ変態呼ばわりされ て、上履きを花壇に隠されて、体操着をぎったんぎったんに切り刻まれて、教科書の名前のとこを黒く塗りつぶされて「変態エロ子」と殴り書きされてしまう!

 そして、それにめげずに登校しようもんなら、石を投げられ「来んじゃねーよ! 変態が移る! バッチイから帰れよー! 」の後、帰れコールが響き渡る……かもしれない!

 油断するな私! いくら体力測定に現実頭皮したいからって、百合本のことを考え出してしまったら、現実逃避というより、学校から逃避しなければならない現実になるかもしれない!

  そんなの、今までひた隠しにしてきた努力が崩れ去ってしまう。学校か百合本か、どっちか取れ的な選択が迫られるのなんて考えたくもない!

「ふ、普通だよ? あー、眠気覚めてきたー」

 もともと眠気より寒気が強いくらいだったけどね……。

 宇未ちゃんはバッグを持つとこちらを向いて座り、中身をごそごそとあさり出した。おかしいなーとか何とかつぶやきながら、何かを探しているようだ。

 私はその中身が何なのか見当がつかなかったけれど、私に関係する物が出てくるのかなと、しばらくその光景を見守った。

 やがて宇未ちゃんは閃いたような顔で「あったあった! 」とシワのついた一枚の紙を取り出して、私に広げて見せた。

「見て観てー! 今日の放課後、出しに行くんだー! 」

「……何? 」

「入部届けだよー。昨日、図書室の受付で見つけたんだ。読書部に入るとね、一週間に何冊でも本借りれるんだってさ! 」

「読書部……?そんな部あるの?宇未ちゃん、そんなに読書家だっけ? 」

「読書家っていうほど本の虫じゃないけどさ、小学校みたいなんじゃなくて、ちゃんとした本が揃ってるからちょこちょこ借りてたんだよー」

 ちゃんとした本……ねぇ……。

 ちゃんとした百合本も置いてあるの?

 あるわけないのは分かってるけど、「ちゃんとした本」の定義が何なのかと考えたら、一瞬頭の中にそのテロップが流れただけです……。

「でも一週間に三冊までしか持ち替えれなくて、ケチだなーって思ってたら貸出受付で入部届け見つけたわけよー。放課後に図書室通ってもさ、結局下校時刻までしか読めないじゃん?」

「まぁ……そうだね。いいんじゃない? めんどくさい部活じゃなさそうだし」

「そうそう! 運動部も文化部も、何かしら大会とか出なきゃいけないかもしれないのはめんどくさそうだけど、読書部はせいぜい任意で読書感想文コンクールに応募するくらいなんだってさ。それにねー……」

「うん? 」

 宇未ちゃんはシワのついた入部届けを私の眼前まで押し付けると、「入部届け」と書いてある上の方に人差し指を当て、何度か往復させてなぞった。

  そこには顧問の先生と部長さんらしき名前が書いてある。

 そういうこと? 部長さんがかっこいいとか、素敵なんだとか、口に出す代わりに指の動きで察しろと……。

 入部届けを下にずらして見えた宇未ちゃんは、今まで見たことないくらいの輝かしいドヤ顔だった。

「青春だねぇ宇未ちゃん……。早くその素敵な部長さんと仲良くなれるといいね」

「部長だけじゃないよ! 顧問も素敵な先生なんだって! ねぇ、湖渡子も一緒に入部しよーよ! 」

「私はいいよ。図書室とは無縁だし」

 百合本の置いてない本屋も無縁ですがね。

  それに、目の保養なら本郷くんで間に合ってるよ。宇未ちゃんてば、隣にかわいい系男子がいるというのに、それだけでは空き足りないのかな。それとも、もともとかわいい系には興味なかったのかな。

 どちらにしても、私からしたら贅沢な立場だなぁとか思ってしまう。

「うー……そっかぁ。湖渡子が本読んでるとこ見たことないしねー。興味ないんじゃしょうがないかー」

「うん、まぁがんばって」

「湖渡子はやっぱ運動部入るんでしょ?陸上とかバスケとか」

 今日の体力測定ですらこんなに憂鬱なのに、ガッツリ運動部なんか入れるわけないでしょ! と、いうのは心の中だけの叫び声。

 いいなぁ宇未ちゃん、これから青春しか待ってないって感じ……。私の青春はどこへやら……。というより来るのかすら不安になるけど……。

「入らないよ。スタミナないって言ってんじゃん。走り込みとか言われたら血ぃ吐いちゃうよ」

「あはは! 血吐くような病弱キャラじゃないじゃーん! 」

「あはははは……」

 やっぱり? そう見えるよねー……。「守ってあげたくなるような女の子キャラ」とは似ても似つかないもんね……。

 苦笑する遠い目の先には始業の時間を示す時計。それに気付くとほぼ同時に予鈴が鳴り響いた。


 着慣れない真新しいジャージに着替えてはいるけど、どうにも気が重くて袖に腕が通らない。

 体力測定なんてやだやだとか言ってるわりにテンションが高い女の子たち。顔は嬉しそうに見えるんだけど……?

 恥じらいながら着替えているように見えるが、よくよく見ていると、彼女たちの視線はお互いの胸元を行ったり来たりしている。口にはしなくても、無意識に比較してしまうものなのは分かる気がするな……。

「湖渡子、まだ着替えてないのー? 先に行くよ? 測定用紙、ここ置いとくからねー」

「分かった……」

 年相応な発育の宇未ちゃんは、さっさと着替えて教室を後にした。いつもはのんびりしてるくせに、妙なとこで速さを感じる。

 いいよね……宇未ちゃんはつるぺたでもないし、私みたいに男の子からドン引きされるようなダッシュするわけじゃないし……。

 その背中をため息交じりで見送ると、ふと視界に入った女の子と目が合った。

 氷堂さんだ。

 半分ボタンを外したブラウスから、黒い何かが覗いている。

 く、黒のブラっ!

 氷堂さんすごい……! どこかフェロモンを感じる容姿だとは思っていたけれど、その色気は下着から醸し出してたのか!

 私の百合本コレクションだと、女の子はみんな上下とも白い下着なんだけど……。黒い下着なんて、不倫してる人妻しか付けていないもんだと思っていたのに……。

思わず固まってしまった視線に動ずることなく、氷堂さんのボタンは丁寧に外され、ブラウスがはだけていく。

 釘づけになっている間、キャッキャと盛り上がっている女の子たちの声も耳に入って来なかった。

 それだけ、私の中の黒下着革命は大きかったのだ。

 垂れ目を更に細ませながら笑顔を向けられた私がハッと我に返ると、氷堂さんはこちらへ小さく手を振った。……ように見えた。

 すぐに目を逸らしてしまったから分からないけど、多分、何か余裕な笑顔だったと思う。

 余裕で、何でも知っているような……そんな笑顔。

 一瞬だったけど交わったその目には、何でも見透かされている、そんな気分にさえなる魅惑を感じた。


 それが彼女のファーストインプレッションだった。


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