◆1◆ ファーストコンタクト
何ていうか……。
別にそっちの気があるわけじゃなかったのに……。
私はただ、ひっそりと百合本を愛読していただけなのだ。
百合本を愛読しているのは男の子だけだと、誰が言った? 誰が決めた?
断言してもいい! 私はビアンでも変態でもない、ただの百合本好きな女子中学生だ!
……だった。……が、正解だけど……。
「本当は、女の子同士でこういうことしたいって思ってたんでしょ……? 」
あの子に、あんな風に言われるまでは……。
女の子が好きというより、むしろ初恋は同じ幼稚園の男の子だったし、小学校の時だって好きな男の子は何人もいた。「何人も」というと数え切れない程いたのかと誤解されるかもしれないが、小学生のドキドキなんて、どこからどこまでが「好き」なのかなんて分からないから、あえて線引きせずに「何人も」という言葉で表現してみる。
だから、そういう気があったわけではないと断言してもいい。
ノンケな女の子が百合本を愛読して何が悪い!
何がおかしい!
……とは思いつつ、どこか秘め事を抱えているようで、ひた隠しにしていたのは事実で……。
それに、声を大にして「変態ではない! 」と開き直れる程、自分を保てるキャラでもなかった。
小学生の男の子はよく、運動神経のいい子が人気だというが、私もまたしかり、そういう括りで選別する女の子の中の一人であった。当然、周りの女の子たちと共通の話題といえば、男の子の中で誰が足が速いだとか、誰がドッジボールが上手いだとか、今思えば些細なことでもキャッキャしていた。
だが、高学年になるに連れて、それらしき話題になる時、必ずと言っても過言ではない程、私の名前が上がるようになってきた。
理由は単純明確、私が男の子に負けないくらい足が速くなったからだ。スタートダッシュ、たったそれだけだけど、短距離走はほとんどの確立でぶっちぎり一位になった。
短距離覇者になるに連れて、女の子からはキャッキャされるようになったが、その反面、男の子たちの見る目は異性を意識するそれとは縁遠くなっていくのを感じていた。
分かってる。意識出来そうにない容姿なのも分かってる。
六年生になっても、私の発育は音沙汰がなかったし、私を囲っている子たちの胸が丸く膨らんでいたから、余計につるペタ度が際だったのだ。
周りの子は身長も伸びて、それまで「前へならえ! 」で腰に手を当てていた子でさえ、私より少し目線が高くなっていった。
それでも、特にこの発育のない体を恨めしく思うことはなかった。
中学生になるまでは……。
「髪を結べってゆーのは百歩譲ってもさぁ、黒か茶色のゴムじゃなきゃダメって校則、意味分かんないよねぇー……」
「ねー……」
ぶつくさ言ってるわりに、綺麗に編まれたおさげをいじる、クラスメイトの宇未ちゃん。
その愚痴に相槌を打ってはいるが、ショートボブの私には今のところ関係のない同意だ。逆に言わせてもらえば、おさげが編める程の長い髪を持つ宇未ちゃんが羨ましい。
長い髪に憧れがあるものの、私がショートボブにこだわっているのには、それなりの理由がある。
入学式の後、出席番号順に並べられた机で、私の斜め前に座っていた本郷くん……。まだ学ランの似合わない、あどけない笑顔がかわいかった。うちの小学校にはいなかったタイプで新鮮だったのかもしれない。
何より、別の小学校から来た男の子たちは、私が短距離覇者なのを知らないので、それなりに異性として接してくれていたのだ。それはとても些細なことかもしれないけど、いいなと思っている相手に異性として意識されていなかった小学生時代を過ごしてきた私にとっては、自分が女の子であるという当たり前の実感を持てたことが嬉しかった。
本郷くんは、隣の席になった宇未ちゃんによく話しかけていて、その人懐っこい性格もまた魅力的だった。それを私は後ろから眺めていて、時々見える笑顔にキュンキュンして満足していた。
ただし、見ているだけで満足とは言っても、聞こえてくる会話には、ついついダンボになる。そういうのも、気になる相手がどんな人なのかを知る手がかりになるから……という言い訳の盗聴だけど。
聞こえてきたのは宇未ちゃんの髪型についてだった。両脇で綺麗に編まれた宇未ちゃんのおさげをぶらぶら振りながら、本郷くんは尋ねた。
「これって真崎さんが自分で編んでんの? 」
「そうだけど……馴れ馴れしく触んないでくんない? ほどけるし……」
「あー、ごめんごめん! 三つ編みなんて触ったことないからどんなのかなぁって思ってつい……。中学に入ったら女子がみんな髪結んでんじゃん? めんどくさくないの? 」
「めんどくさいけど校則だからしょうがないでしょ。ほんと、何で結ばなきゃいけないのか意味分かんないよ」
「じゃあ切っちゃえば? 短ければ結ばなくてすむじゃん」
「簡単に言わないでよねー! 延ばすのにどんだけ時間かかると思ってんの? 」
「そっか。俺は短い方がタイプなんだよね。ボブとかさ、かわいいと思うんだけどなぁ」
……本郷くん、短い方が好きなんだ……。
それを聞いて、私はその日に美容院へ行った。女の子らしく……と思って伸ばしていたけれど、「短い方がタイプ」その言葉一つで大きく世界が変わったのだ。今まではずっと、「女の子らしく=長い髪」と思い込んでいたけど、短い方が好きな男の子もいるのだと。
実際のところ、自分では長い髪に違和感があった。憧れて伸ばしてはいたものの、つるぺたでチビの私を鏡に映しても、ロリコンのおっさんにしか需要がない姿だったからだ。
それも含めて「短い方がいい」という目からうろこな真実に、迷わず断髪出来た。
そんなわけで、入学してから一か月が経つが、今のところショートボブを保つつもりでいる。
だからと言って本郷くんとの距離が縮まったわけではないし、むしろ意識してしまって宇未ちゃんのようにたやすく話しかけられないでいるチキンな私……。あぁ、本郷くんの隣に座っていられる宇未ちゃんが羨ましい……。
そんな私の視線を全く感じていないんだろう二人は、休み時間で移動教室だというのにおしゃべりに夢中……。
本郷くんとお近づきになるどころか、小学校から仲良しだった宇未ちゃんとも距離が空いてしまっていくようで……。
自分の寂しさから来る嫉妬みたいなものに嫌気が刺した私は勢いよく席を立った。
「宇未ちゃん、先行ってるよー! 」
「あっ、待ってよー! 」
一応、「気分を害してるわけじゃないオーラ」を醸し出しつつ、前置きを兼ねて声を掛けたけど、先に行くという気持ちは変わらないわけで……。待ってと言われて足を止めるつもりもない。
中学生になったら何かが変わると思っていたのに、結局は今のところ、変わったのは私の髪型だけ。友達がいないわけじゃないけど、入学して一か月も経てば、女の子の間では仲良しグループが発足している。活発系・おとなし目系・ギャル系・オタク系……。多くは趣味や好みが意気投合して築き上げられたグループなんだろう。
決して派手ではない容姿の私はギャル系でもないし、髪型のせいもあって一見活発そうに思われがちだが、短距離覇者伝説をひた隠しにしている手前、目立つポジションにいないようにしている。
問題は中身。オタク系の子たちの話題に入りたいけど、聞こえてくるのは大半は「BL」について。嫌いではないし、偏見もないけれど、私が話したいのは……。
今現在、「百合」というフレーズすら聞こえてこない教室で、私の愛読書の話が出来る相手はいないわけで……。
そんなこんなしている間に、どこのグループにも属せていない私は、誰とでも話すが、誰とも深い話が出来ない上っ面のクラスメイトだ。唯一親友と言っても大げさではない宇未ちゃんにでさえ、自分の百合本好きを明かすつもりはないが、そういう告白が出来たら、もっと楽な学校生活なんだろうなというのも分かっている。
それでも、私の百合本好きを暴露したら引かれるんじゃないか、嫌われるんじゃないか、変態扱いされるんじゃないか、汚物を見るような目で見られるんじゃないか、好きな男の子に異性として意識してもらえるどころか、友達すら出来ず、話す相手すらおらず、あげくの果てには石を投げられ「バッチイなー! 学校来んじゃねーよ! 」とか言われ、三年間を自宅で過ごすはめになるんじゃないか……などとネガティブ妄想がグルグル駆け巡って、ひた隠しの深みへとどんどん落ちて行くのであった。
なぜひた隠しにする必要があるのかと考えることもあったけれど、変態なんじゃないかと一番偏見を持っているのは、私なのかもしれないな……。
「音楽室、一緒に行かない? 」
やたら追いつくのが速いなと思いながら振り向くと、そこにいたのは宇未ちゃんではなく、つるんとしたおでこが印象的な女の子だった。このおでこ…じゃなくて、この女の子には見覚えがある。
というより、話したことはないが、クラスメイトの氷堂さんだ。とろんとおっとりした垂れ目と、斜めに右耳へかけられた長い前髪から覗くおでこが愛らしい。
「……うん」
「良かった。今日は真崎さんと一緒じゃないんだね」
「宇未ちゃん? うん、話し中だったから先に行こうと思って……」
「そうなんだ。いつも二人一緒だなと思ってたんだけど……」
意外と知られてるんだなと思った。目だたないようにひっそりとしていたつもりなんだけど、返って浮いてる方が目立つのかな、と。
一瞬目が合うと、氷堂さんは教科書を胸の前でクロスするように抱え直して、私の耳元で囁くように言った。
「妬いてる自分にやきもきしてるとか? 」
「……え? 」
「御影さん、本郷くんのこといつも見てるよね」
「えっ、私? そんなことないよっ! 」
「ふふふ、慌ててるところを見ると図星なんだね。いいんじゃない? 嫉妬の一つや二つ、別に恥ずかしいことじゃないと思うけど? 」
明らかに動揺している私は、思わず目を逸らした。
何? 何で? 何で知ってんの? 私、本郷くんのことそんなにじろじろ見てるの?
囁かれた耳が熱い……。多分、きっと、いや絶対、真っ赤になっているんだろう。
「ひょ……氷堂さん? あの……」
「あ、私の名前知ってるんだ? 」
「まぁそりゃ……クラスメイトの名前くらいは……」
「嬉しいなー! じゃあ菜々香って呼んで? 」
それが、氷堂菜々香とのファーストコンタクトだった。
主人公の名前が名字しか出てきてないのは気のせいではありません(^^;)
次回ちゃんと明かされますのでお楽しみに!(?)




