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ガン=カタ皇子、夜に踊る――無気力な第十二皇子は影で悪と戦っています――  作者: 2626


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第九話 驕慢なる閃翔×胡散臭いお薬

 皇太子ヴァンドリックに忠誠を誓う、高名な臣下が十三人いる。

彼らをいつしか【帝国十三神将(サーティーン)】と呼ぶようになった。


 その中でも【閃翔】は、【峻霜(アブソリュート)】と双璧を成す帝国最強の武人の一人であった。

しかし、その強さと同じくらいに、驕慢で我が儘で気性が捻くれている事でも有名だった。




 【閃翔】――ギルガンド・アニグトラーンと言う名前である。

名門アニグトラーン家の最後の一人でもあった。




*******************

 ギルガンドは三年前、【赤斧帝】に従って戦争に赴いた事がある。

これが彼の初陣であったが、己の【固有魔法】の【飛翔(ソアリング)】とその強さを存分に駆使して、めざましい戦果を上げた。

最初は六等武官であった彼が、短期間の間に第二等武官にまで一気に出世したのだから、異例の――そして無類の強さである。


 だが、不幸にもこの男は徹底的に強くて、かつ己の強さに絶対的な自信があった。

余りにも自信があったので、弱者を虐げる事に愉悦を感じる【赤斧帝】と相容れなかったのみならず、正々堂々と面罵して【赤斧帝】の元を去って行った。


 反抗的だからと言う名目で何の罪も無い農村を焼き払い、美女を拉致してこい。

この命令をギルガンドだけは真正面から蹴った上に、「それが皇帝の振る舞いか!凶賊と同じでは無いか!」と怒鳴りつけたのである。




 そのまま彼は、以前より密かに誘いがあった第一皇子ヴァンドリックの元へ参じた。

「よくぞ来てくれた」

ヴァンドリックは彼を歓迎したが、ギルガンドは激高したまま床を殴りつけた。

拳の形に穴が空いた。

「ただの農村が!三つも焼かれたのです!」

礼範(ノームス)】がギルガンドの肩に手を置いて、冷静に告げる。

「【赤斧帝】を止めねば根こそぎに焼かれるであろう。貴公もどうか殿下に力を貸してはくれぬか」

ギルガンドはしばらく座り込んで激情を押さえ込んでいたが、

「一つだけ条件がある、【礼範】卿」

と意味深に口を開いた。

「何だろうか?」

「私はいずれにせよ三年以上は生きられない。好きにやらせて欲しい。殿下に忠誠を誓えるかは分からないが、私は無辜の農村を己の欲望故に焼き払う者だけは、決して主として仰ぐ事は出来ぬ!」

流石に度が過ぎると言おうとした【礼範】を制して、満足そうにヴァンドリックは口を開いた。

「人の頭を押さえつけて屈従させたとしても心服はして貰えぬものだ。何、後は私次第。心配は要らぬよ」




*******************

 ある日、皇太子ヴァンドリックに呼び出されたギルガンドは、報告書を手渡された。

素早く全部を読んだギルガンドから報告書を受け取ったヴァンドリックは、それを隣のミマナ皇太子妃に渡して、全てその場で燃やさせた。

灰をかき混ぜさせた後で、彼はギルガンドに命じる。

「【昏魔】から『シャドウ』について最新の報告が上がった。果たしてこの者は敵か味方か突き止め、可能であれば身柄を確保せよ」

「生死は?」

「極力、生きたままでだ。貴殿の力量ならば容易かろう?」

ギルガンドの目が猛禽のごとく光った。

「御意に、殿下!」




 「ヴァン様、あれでは『シャドウ』と激突しかねませんわ」

ギルガンドが退出した後、ミマナは思わずヴァンドリックに囁いた。

「今までの報告では『シャドウ』はこちら寄りだと聞いていますのに。この今になって、どうして……?」

ヴァンドリックはとても重苦しい顔をする。

「彼奴の死の刻限が間近に迫っている。しかしだ、もしも『シャドウ』について私達の予感が当たっていたならば、もしかすれば……」

「その、ご予感とは?」

「私の祖父、いや、【乱詛帝】が大変な好色家だったのは知っているだろう、ミマナ。後宮内外見境無く、美しい女人には魔手を伸ばしたと……」

「はい」と彼女は頷いてから、直ちに気付いた。「まさか――新たなる、【精霊】を従える者だと!?」

分からぬとは答えつつも、半ばは祈るようにヴァンドリックは小声で言う。

「祖父の【パペティアー】が振りまいたアレは、父の【タイラント】にも、私の【ロード】、君の【オラクル】でも……どうにもならなかっただろう?

だが、もしもだ。確率としてはあり得ないと言い切っても良いだろう。それでも、もしも――その者の【精霊】の【スキル】がアレを打ち払うものであったならば……その可能性が皆無でない限りは……」




*******************

 「頭が良くなると言う薬をご存じですか?」

アルドリックと揉めた翌日、クノハルが真剣な顔をして話を切り出した。

オユアーヴが口をへの字に曲げて、

「一般の麻薬では無さそうだな」

ええ、とクノハルは頷く。

「事の始まりは……資料保管室に所属していたある下級官僚と破談になりそうだ、と言うある女官の雑談を聞いた事でした」

帝国城のお手洗いで、小耳に挟んだのだそうだ。

「いきなりその下級官僚が、人が変わったようになってしまった、と。……何となく気になって資料保管室に行ってみたのです」

クノハルの【固有魔法】はとても有益な、【記憶(メモリー)】だ。

何でも一瞬で完璧に記憶できるし、その記憶を自由に閲覧できる。

クノハル本人がとにかく難しい書籍を読む事が大好きで、資料保管室の保有する資料を全て読破するまでは入り浸っていたし、そこの室長ともそれなりに親しくしていた――と聞いている。

「……ところが、これを室長から密かに渡されました。特別だ、と」

そうっと懐から――クノハルは紙の小さな包みを取り出した。

「何だ、これは?」

オレ達は机の上に置かれたソレを思わず凝視した。

「頭が良くなる薬……だそうです」

かすかにクノハルの声が震えている。

それなりに親しかった相手が麻薬なんてモノに手を出したのだ、無理も無い。

「室長の様子に異変はあったか?」

――思い出そうとしたクノハルの顔色が変わった。

「思い……出せない!?」




 「自慢ではありませんが、私は全部を覚えています。それこそ相手が呼吸と瞬きをした数までいつでも【記憶】の引き出しから思い出せます。なのに、資料保管室の全員……記憶の中の姿形が【曖昧】なのです」

おかしい、あり得ないと頭を抱えて震えているクノハルをユルルアちゃんが抱き起こして、オユアーヴも手伝って椅子に座らせた。

「ユルルア、頼めるか」

オレ達が頼むと、

「ええ、テオ様」

ユルルアちゃんが紙包みを開けて中に入っていた粉状の物質を左の掌に落とす。

それはやがて、ユルルアちゃんの手汗と混じって、変色を始めた。

「……現在、主に流通している麻薬のどれでもありませんわ。成分的には……オユアーヴさん、塩を持ってきて下さるかしら?」

「ああ」とオユアーヴは台所に駆け込んで、塩の入った瓶を手に戻ってきた。

その瓶から塩を右の掌に受けて握りしめると、ユルルアちゃんは頷いた。

「……。塩ですわ、成分としては」

ユルルアちゃんの【固有魔法】は、【劇毒(トキシン)】である。

一般に毒とされる成分も彼女には全く通用しないし、体の分泌物に毒(の成分)を混ぜて試験薬の真似事も自由に出来るのだ。

「塩だと?」オレ達も面食らったものの、「……室長からのクノハルに対する悪質な冗談としたいところだが、【曖昧】なのが引っかかる……」

少し落ち着いたらしいクノハルが、顔を上げた。

「資料保管室に所属する官僚の中で、ロウ兄さんに調べて貰いたい人物がいます」

「誰だ?」

「イルン・デウ。……この【黒葉宮】に追いやる事さえ拒まれた要注意人物です。記憶が【曖昧】なのにも関わらず、その。……いえ、これは私の主観なので……」

と言い淀んだクノハルに、オレ達はきっぱりと告げる。

「構わない。感じたままの事を言え」

「……視線が。イルン・デウからの舐めるような視線だけは……はっきりと」




*******************

 ――半日後。

【精霊】の魔力でやり取りする【無音通信機(トランシーバー)】を通じて、【よろず屋アウルガ】にいるロウから報告が来た。

『イルン・デウは没落貴族の出身だ。母親と二人暮らしだが、つい先日から母親が病で伏せっているらしい。ここまでなら別に奇妙でも無いが……明らかな異常があった』

「兄さん、何それ……!じゃあ、アレは……」

イルン・デウからの舐めるような視線を思い出したのかクノハルが僅かに身震いしたのを、ユルルアちゃんが慰める。

「クノハル、怖かったわね」

ロウは少し沈黙してから、

『家の周りに潜んでいたんだ、高位貴族の手の者らしき数人の見張りが』

「……どう言う事だ?」

思わずオレ達も身を乗り出す。

『なあ、「シャドウ」。帝国城でイルン・デウは問題ばかり起こしていたんだろう?』

「そうだ、女官ばかり相手に身勝手な暴力事件を。だからとうとう……滅多に女官の来ない、資料保管室に左遷されたのだ。しかし、被害者達の報復……にしては奇妙だな」

『実は、【スキル:センサー】で俺の存在を知覚できない様にして、見張りに近づいたんだが……変な愚痴をこぼしていた』

オユアーヴが首をかしげた。

「愚痴だと……?」

『「穴を掘るのが面倒だった」「こんな危険な仕事をやらされるなんて冗談じゃ無い」「巻き添えにされたら堪らない」とか……』

「穴はともかく……没落貴族を見張る仕事が、どうして危険なんだ?」

『まあ最後まで聞いてくれ、オユアーヴ。しばらく俺が隠れていたら、とうとう連中は言ったんだ――「幾らキアラカに【虚魂獣】をけしかけるための実験とは言え、ヤツは明らかに不合格だろう」ってな』


 ――事態がやっと把握できた。


 「ロウ。キアラカ皇太子妃殿下は……実は、兄上の子を身ごもっていらっしゃると密かに噂になっているのだ。もしもその子が無事に産まれ、男児であったならば。……皇位継承権の順序が一気に変動する」

テオは額を抑えつつ、そう説明した。


 ガルヴァリナ帝国の皇位継承権を持つ者は基本的に男子のみで、皇帝→皇太子→皇太子の子→皇太子の兄弟→皇帝の兄弟→その他の順番となっている。

長い歴史上、女帝が君臨した事もないでは無いが、あくまでも扱いとしては中継ぎだ。


 【善良帝】に子供はいるにはいるが、女児である上に、ママエナ皇后と揃って「もう皇帝なんて嫌だ」「早く一家揃って隠居したい」「陰謀と暗殺に怯えて暮らすのに疲れた」「頼むから田舎に引退させてくれ」を連呼しているから、その子が『皇太子の次の皇位継承権所持者』と目される事は今までは無かった。

とことん無欲でお人好し、徹底的に臆病(ビビリ)だからこそ【善良帝】一家は殺されず、傀儡(お人形)として無事に今も存在できているのだ。


 ただし。

皇太子ヴァンドリックに男児が生まれたら、現状は一変する。

今までの皇位継承権の序列に大変動が起きるだろうから。

まだ皇帝の兄弟やその他は諦めが付くが――皇太子の兄弟の内、野心がある者については、何をしでかすか分かったものでは無い。


 『なるほど、それでか。「シャドウ」、もう予想は出来ているだろうが……交代した見張りを追ったら、ニテロド一族の館に入っていったぞ』


 別に驚く程の事じゃなかった。

アルドリックの母親である【緑毒の悪女(ベノムグリーン)】アーリヤカ皇太后、その弟アーゼルトなら、所持するだけで重罪となる【神の血】を用いる事にも全く躊躇しないだろう。


 「……だろうさ。ここまで悪辣な事を考えつくのはニテロドの連中くらいなものだからな」

『で、どうするつもりだ?』

「先に帝国城に侵入した【虚魂獣】を討伐する。後は兄上達にお任せしよう」

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