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ガン=カタ皇子、夜に踊る――無気力な第十二皇子は影で悪と戦っています――  作者: 2626


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第七話 世界一私が偉いのだ×故に何をしてもOK

 私が『コレ』を賜ったのは、きっと私が本当は誰よりも優れている人間だったからに違いない。




 「アイツ、またかよ……」

雑音。

「ああ、まただ。今度は事もあろうに【東太宮(ヒイズル)】にお仕えする女官相手に暴力沙汰だ。室長が免職覚悟で謝りに行ったが、皇太子殿下がたも事情をご存じだったようで、逆に同情までして下さったらしい」

雑音。

「……うむ。没落したとは言え、彼はニテロド一族の遠い親戚筋だからな……」

鬱陶しいハエの羽音。

「えっ!?だったらどうしてこの資料保管室にいるんですか?」

ハエが五月蠅い。

「ああ、ついこの前配属された君はまだ知らなかったな。ニテロドの縁故(コネ)で官僚になったは良いけれども、仕事が全く出来ない上に女官相手に問題ばかり起こすものだから、ここに左遷されてきたんだ。ここなら女官も滅多に来ないからな」

五月蠅い。

「女官相手に問題って……何をやらかしたんですか」

五月蠅い!

「本人曰く、『挨拶したのに無視したから思い知らせてやった』だそうだが、被害者は皆、挨拶なんて全く聞いてはいないそうだよ」

「……第一アイツ、まともに私達の顔を見て喋れもしないじゃないか」

五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い!

「……っ。だから、お体の悪い第十二皇子殿下の所に行かせる訳にはいかなかったんですね……」

静かにしろ!

限界に達した私が机の脚を蹴飛ばすと、ハエ共はこちらを顔をしかめて見た。


 「……。分かっただろう、君も」

「はい……とても」




 「良かったなあ!本当に良かった!」

五月蠅い!

「中級官僚の昇格試験に受かるだなんて!君、本当に良くやったなあ!」

五月蠅いぞ!

「ここの皆さんが応援して下さったからですよ!この本が試験勉強には向いているとか、残業をしないようにとか、何かと手助けして下さったじゃあないですか!」

五月蠅いと言っている!

「おいおい、努力する若者を応援して何が悪いってんだ?」

黙れ。黙れ黙れ黙れ!!!

「何より、君は私達の助けがあったにせよ、必死に自力で研鑽を重ねた事は間違いない」

静かにしろ!

とうとう私が机の脚を蹴飛ばそうとした時、ハエが言った。

「それで……その。実は婚約者と……そろそろ結婚しようって話になっていまして。僕が昇格したら、挙式しようって、以前から話し合っていまして。出来れば、その……お世話になった皆さんも式にご招待したいんです。もしお嫌で無ければ……」


 ――全身の血が逆流するようだった。

このハエは、私より優れている訳が無いのに、この私に不愉快な思いをさせたのだ!


 「本当に水くさいなあ、誰が断るかって言うんだ。全く腹が立つぜ」

「いやいや何を言っている、冗談でも失礼だ。こう言う気遣いが出来るからこそ、彼は昇格試験にも合格できたんだぞ?」

五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!!

「それもそうか!で、相手は誰なんだ?式は何時なんだ?」

「詳しい日時が決まってからまた改めて正式にお知らせしますが、僕の婚約者は……」


 その名前は、かつて私が思い知らせてやった女官のものだった。




*******************

 家に帰っても、クソババアがギャンギャンと喚き散らす。

「ねえイルンちゃん!貴方何をやっているの!?こんなに遅くに帰ってくるなんて!まさか……まさか、いやらしい場所に行ったんじゃ無いでしょうね!?

気持ち悪い!想像しただけで汚らわしいわ!イルンちゃん貴方はね、あの男みたいになっちゃ駄目なんだから!あの男はね、いやらしい娼婦と浮気をした上に駆け落ちしたのよ!だからイルンちゃんは立派な大人にならなきゃいけないの!誰よりも立派な大人にならなきゃ駄目なのよ!」


 五月蠅い。

五月蠅い。

五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!!!!!


 「――だ、だ、だっ、黙れっ!!!」


私は限界を迎えて、思わず両手をメチャメチャに振り回した。

玄関内の飾り棚にあった花瓶が手に当たって落ちる。

「ぎゃあーっ!?」

クソババアは驚いた顔のまま転倒してそのまま壁に頭を打ち付けたかと思うと――ピクリとも動かなくなった。

「……あ、っ」

その時になって私は気付いた。

知らぬ客人が、家に来ていた事に。

その……いかにも高貴な身なりの客人は応接間からゆっくりと姿を見せると、こう言った。

「ふむ……イルン・デウ。貴様は母親を殺したのかな?」

殺した。

その言葉に頭が真っ白になる。

「ちっ、ちが、違っ……!」

しかし、その客人は優しそうに微笑んだ。

「何、どちらでも構わん。もしもこのまま貴様が【帝国治安省】に囚われ、裁きを受けるのが嫌であれば、私達が手を貸してやろう」

「……え、え、っ?」

予想外。

だが、その声は不思議と――五月蠅くはなかった。

「『コレ』を受け取れ」

言われるがままに私は布に包まれたモノを受け取る。

布を取って確かめてみれば、

「く……くっ、釘、っ?」

こんなモノが、何の役に立つのだ?

「安心しろ」

とても、とても優しそうな声で、客人は言う。

「それを己の体に突き刺せ。心配するな、痛みは無いそうだ。

――一度覚悟を決めて突き刺しさえすれば、貴様の今まで受けてきた不条理すらも覆す絶大な力を得るだろうよ」




 不条理――そうだ。

この私がわざわざ挨拶してやったのに無視ばかりする女官共。

ハエ共の軽蔑の眼差し。

ギャンギャンと五月蠅いクソババア。


 そうだ。

私はもっと評価されるべきだ。

ヤツらよりもっと優れているのだから。


 そうだ。

私はもっと凄い人間なのだ。

だから、この高貴な客人は私にその凄さを実現する機会を賜って下さったのだ。


 私は頷いて、その釘を手に握りしめた。




「貴様の母親の亡骸はこちらで処分しておこう。庭に埋めるくらいは構わぬだろう?そう、何も心配は要らない。ではイルン・デウ、成果を期待しているぞ……」




*******************

 かつて、私の【固有魔法】は何の使い道も無い【曖昧(ヴェイグ)】だけだった。

でも今は、【汚濁(ポリューション)】と言う素晴らしい【固有魔法】も扱える!

何より一気に魔力が増えたからか、【固有魔法】の威力や範囲まで強まっているようだ。


 さて。

この素晴らしい力を使って何をしよう?


 ウキウキしていた私だったが、己の両手を見て驚く。

――獣のように鋭い爪、盛り上がった関節、肌は緑色に近い。

咄嗟に鏡を見れば、そこにいたのは紛れもない私なのに、私では無い『存在』だった。




 ――何て事だ!

 何て事だ。

 ああ、何て素晴らしいんだろう!




 私は人間を超えたのだ。

とうとう、人間を超えた存在になれたのだ。

そうだ、素晴らしい私なのだからそのくらい当たり前だ。


 ……だが、それにしても腹が減った。

食べたい。

人間の魂が食べたくてたまらない。




 私はしばらく考えた。

今の私は旧人間の食物を見てもほぼほぼ食欲が湧かない。

どうにかして人間の魂を喰らわねば、ずっとひもじいままだろう。

しかしだ、それを手に入れようとすれば、流石に【帝国治安省】が邪魔をするに違いない。


 どうすれば良いのだ?

どうすれば安定的に、安全に、人間の魂を手に入れられる?




*******************

 じっと考えている内に、夜明けが来ていた。

一睡もしなかったのに、全く身体に疲れを感じていなかった。

むしろ生まれて初めて感じたくらいに、何もかもから解き放たれたような、自由で爽快な気分だった。


 ――そうだ。

私は気付く。

帝国城には、あんなにも沢山のハエがいた。

かつて私を酷く悩ませ、とても苦しませた五月蠅いハエ。

あのクソ虫共に、報いを与えてやる時が来たのだ。


 私はそのまま【曖昧】を上手く使って、何となく外見がかつての私のように見えるように誤魔化した。

これならば外を歩いても問題ないと判断した後で、台所を探して、あるモノを見つける――。




 「室長、お早うございます!お茶淹れたんで、机の上に置いておきますねー」

「おいおい、君。こんな事しなくて良いって言っているだろう」

「そうそう、ここは飲みたい時に自分で好き勝手に淹れる事になっているんだ」

「いやー、昨日から嬉しくて、じっとしていられないって言うか……」

「仕方ないなあ、君も」

「それじゃ有り難く頂くよ」


 そして一斉に飲み干したハエ共がバタバタと床に倒れた――が、しばらくすると起き上がる。

「も、もう、コイツは、っ、【汚濁】されていたんだからな、っ?」

私は笑った。

腹を抱えて笑った。

涙が出るくらいに笑ってから、落ち着いてハエ共の魂を食べ始めたのだった。




 ――魂の味は、【固有魔法】の味だった。

全部食べきってしまうのも勿体なかったのと、全部食べてしまったら体の方の後始末が厄介になるだろうと思ったので――たっぷり一口ずつ味わう。


 ああ、もっと食べたい。

 もっと色んな味を食べたい!


 私はもっと安全に、もっと数多くの魂を味わうべく、【曖昧】と【汚濁】を如何に駆使しようかと――考えを巡らせるのだった。

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