第六話 認知歪曲邪悪皇子×反逆反抗不憫皇子
「可哀想にね……」
クラスメートや通りがかりの生徒達が人垣を作って、小声で会話している。
「中間試験で一位なんて取ってしまったからだよ」
「ただでさえ彼らには後ろ盾が少ないのに」
「目立つ行動は控えるべきだった」
目立つ行動?
国から奨学金を賜って生活している特待生は、常に優秀な成績を維持しなければならない。
赤点なんて取ろうものなら、講師達からも厳しく叱責される。
身を削るようにして努力して、何年も苦労して学業を修めて、やっと未来が拓けるのだ。
試験で一位を取る事の何が悪いって言うんだ!
「君達」
テオが人垣に声をかけると、彼らはさっとこちらを振り向いた。
「こ、これは第十二皇子殿下!」
ほんの少しの安堵を顔に浮かべる彼ら。
……彼らにだって分かっているんだ。
理不尽な問題行動をやらかしているのはアルドリックの方で、暴行されている特待生は純粋な被害者だと言う事くらい。
「そこを開けてくれないか」
「……はっ、承りました」
裏庭で、アルドリックの取り巻き達は特待生の少年を羽交い締めにさせた上で、笑いながらサンドバッグにしていた。
お止め下さい、お許し下さい、と少年は小さな声で哀願している。
殴る蹴るの暴力は当たり前だったらしい。
鼻血まみれの彼をついに土下座させ、その頭を踏みにじりながらアルドリックは恫喝する。
「なあ?どうして薄汚い平民の分際でさ!俺様より上を取るなんて不敬な事をやらかしたんだ?」
……今までも散々に悪事を働いてきたが、今日のコレは流石に酷すぎる。
道理で特待生達が不敬と知っていても、堪りかねてテオに泣きついてきた訳だ。
(テメエが赤点しか取った事無えからだろうが!)
(講義にもまともに出席せずに遊び歩いているからだ!)
「アルドリック、止めろ」
オレ達は車椅子を自力で動かして移動しながら、固唾を呑んで見守る人垣や、その後ろで震えているユルルアちゃん達にも聞こえるように言った。
「それが皇族の振る舞いか」
「あぁん?」
アルドリックはオレ達を睨み付けた。
「誰かと思えば!俺様の『捨てた残飯』を食ってる可哀想なテオドリックじゃねえかよ」
(殺す!この無礼者だけは!僕のユルルアを侮辱した!)
(落ち着けテオ!今は何より特待生を助けるのが先だ!)
(……分かった、トオル)
『これはこれは。学院の裏庭で暴れている無法者がいると聞いて物見に駆けつければ、まさか我らが偉大なるガルヴァリナ帝国の、それも臣民の規範となるべき皇族だったとはちっとも思わなかった。さぞやご立派な皇族の教育を受けてこられたのだろう。ああ、一度母君のご尊顔を是非に拝謁してみたいものだ。きっと驚くほど似ていらっしゃるに違いない。少なくとも気に入らぬ者をすぐさま害する気性は、見事に受け継がれたと思うが?』
テオは嫌味がてら、アルドリックとその取り巻き達には理解できないように、隣国マーロウスントの第一公用語で喋った。
人垣の中の数名と、すぐさま意味を理解できた特待生達が吹き出しそうな顔になって、慌てて頭を伏せたり明後日の方向を向いたりした。
「……は?」
アルドリックはポカンとしたが、見る間に頭に血が上ったようだ。
「テオドリック、この野郎!」
『おや、マーロウスントの第一公用語が分からなかったか?では隣国トラセルチアの第一公用語でかの国の有名な諺を教えよう。「真珠貝開けもせずに捨つる愚者」――これは真珠が貝から採れる事を知らず、食べ物だと侮って捨てたトラセルチアの愚王の逸話に由来する』
……ユルルアちゃんは確かにアルドリックに一度捨てられた。
でも、アルドリックがユルルアちゃんの良さを理解していたなんて事はあり得ない。
コイツは他人が大事に持っている宝物を奪って支配して、見せびらかすのが好きなだけだ。
見せびらかした後は興味が失せてもう要らないと捨ててしまう。
ユルルアちゃんの心を何度も蹂躙したコイツを、テオもオレも許さない。
「ば、馬鹿にしやがって!あの『鳥喰い女』の息子の分際で!」
激高したアルドリックはオレ達に駆け寄ってきたと思ったら、車椅子ごと蹴り倒した。
――テオの視界がひっくり返って体が地面に投げ出される。
人垣からも特待生達からも大きな悲鳴が上がった。
「俺様が!本来ならば!皇太子になっていたんだぞ!!!!!」
「っ……!」
そのまま何度も足蹴にされるオレ達だったが、特待生が呼んでくれたらしい近衛兵がアルドリックを止めた。
「第十一皇子殿下、どうかご冷静に」
近衛兵とあって体格が良いので、アルドリックは一瞬だけ怯む。
「う、うるせえ!黙れ!俺様が!一番偉いんだ!」
「第十二皇子殿下は皇太子殿下の同母弟であらせられまする」
「たかが近衛兵の分際で態度がデカいぞ!母上に処刑されたいのか!!!」
――が、今回は『たかが近衛兵』でも相手が悪かった。
「私めはモルド公家の者でござりまする」
この近衛兵はニテロド一族にとっては宿敵でもある、モルド公家出身のミマナ皇太子妃の派閥に所属する者なのだから。
「……チッ!」
アルドリックは舌打ちすると、狼狽える取り巻きを引き連れて去って行った。
「殿下、どうか気を落とされないで……!」
アルドリックのお気に入り――学院一の美少女のサティジャ・ブラデガルディースがご機嫌取りをしている声も、あっと言う間に遠ざかっていった。
*******************
「殿下、危ういところをお助け下さり感謝の言葉もございません……ですが、その、お体は……」
暴行を受けていた特待生と仲良く(?)保健室で手当を受けている最中。
特待生は泣きながらお礼を言ってくれたが、こちらとしては逆に申し訳ないだけだった。
「気にしなくて良い。それより異父兄が済まない事をした。にしても、アレは日増しに悪化していくな……」
ユルルアちゃんはさっきから何も喋らないで、オレ達の側で俯いて震えている。
ゲイブンはぎゅっと唇を噛みしめながら、曲がってしまった車椅子の取っ手を修理していた。
特待生はいっそう激しく泣いてから、
「ぼ、僕はまだ良いのです。まだ、『男』ですので……」
「それはどう言う意味だ!」
思わず問い詰めたテオの剣幕に、ビクッと一瞬だけ特待生は震えたものの、ずっと睨み付けていたら、ついに白状した。
「……第十一皇子殿下は、見目良い女子生徒をご寵愛なさるのがお好きな様でして……」
(あのゴミ、じっくりとぶちのめしたいんだけど)
(ああトオル、僕もヤツには極限まで拷問を受けさせたい所だ)
「その、今まではどうやって回避してきたのだ?」
「ご無礼と知ってはおりましたが、講師の方々が急ぎの用事を僕達に申しつけたと嘘を吐きまして、平民同士庇い合っておりました。ですがそれも何時まで続くやら……」
ついに今日のような事が起きてしまった訳ですので、と彼は震えながら言った。
しばらくテオは考えこんでから――、
「つまり、君達にとっては何よりも優先すべき『急ぎの用事』があれば良い訳だな?」
「殿下?」
不思議そうな顔をした特待生に、テオは話を切り出した。
「僕の従者は、実は【黒葉宮】の方でもやるべき仕事があってだな」
「へっ?おいら?」
ゲイブンが目をぱちくりさせるが、オレ達が意味深に瞬きして合図すると、理解したユルルアちゃんがそっと耳打ちしてくれた。
「テオ様は彼らにテオ様の学院内での介助を『急ぎの用事』として申しつける事で、第十一皇子殿下から庇いたいのよ」
「なーるほど!ですぜ!ロウさんのお手伝いしているんで、おいらの事なら気にしないで下さいですぜ!」
「それで、代わりに僕の介助を手伝ってくれる者がいると助かるのだ」
「――っ!」
特待生は大声を上げて泣き出してしまった。
「お有り難うございます!これで皆が助かります!殿下、本当に有り難うございます……!」




