第五十四話 ロウは何処だ×従兄との再会
オレ達がゲイブンの格好でロウを探して帝都を歩いていたら、テオが懐かしい人影を見つけた。
(カイセールか……?)
(テオの母方の従兄?十年前に処刑されたはずの――?)
(あれはカイセールだ、間違いない!)
(追いかけるぞ!)
「で、殿下!?もう歩けるようになったんですぜ!?」
オレ達がゲイブンの振りをして話し掛けると、旅装姿のカイセールは驚いた顔で振り返った。
「君は……誰だ?」
平民向けの茶店に入って、苦い茶と甘い茶菓子をかじってから。
オレ達がテオに仕えている者だと自己紹介すると、カイセールは納得した顔をする。
「そうか、君はテオ様の……。僕はカイセールと言う。テオ様の母方の従兄だ」
テオと顔立ちがかなり似ているのは、そう言う事情があったからか。
「あれ?おいら、殿下からネロキーア公家は全員殺されたって――」
(そうだ。【赤斧帝】が無謀で愚かな戦争を始めようとしたのを諫めた伯父上達、全員――!)
(落ち着け。偽物だって顔はしていないぜ)
(事情があるのだろうな。だが、どうして今まで名乗り出なかったのだ!?)
(……それこそ、訳があるんだろうぜ。ちゃんと聞いてやろう)
カイセールは悲しそうに微笑んだ。
「――僕は公的には死んだ事になっている。父が僕を急きょ病死した事にして救貧院に棄ててくれたのだ。今の僕は、処刑人だったカイだ」
「そんな……」
処刑人は高給取りだが、差別を受ける事も多い職業だ。
特に貴族からは下賤の者として疎まれている。
だから皇太子の従弟でもあるのに、名乗り出なかったのか……。
「それより、テオ様はご息災であらせられるか。その、何だ、あまり良い噂を聞かなくて――」
気遣わしげにカイセールは訊ねてきた。
(無気力系皇子だもんな、テオ?)
(トオル!茶化すな!)
「えっと、殿下は確かにぼーっとしていますぜ!でもしっかりとお元気ですぜ!」
ほっとカイセールは安心したように微笑んだ。
「そうか、それなら良いんだ。――ところで、君に一つ言伝を頼んでも良いだろうか?」
「……何処かに行っちゃうんですぜ?」
ああ、と彼は頷いた。
「当座の金も貯まったから、副都に行こうと思っているんだ。この帝都には思い出があり過ぎて、少し……少しだけ、辛くてね」
(……カイ。カイ、本当に……)
(それ。言葉で伝えようぜ、テオ)
「きっと殿下なら、『ならば、また生きて会おう』って仰ると思うんですぜ!」
生きていればまた会える?
楽観的で何の根拠も無い、ただの希望的観測だ。
それでも、一度死んだオレ達は生きなければならないのだ。
カイセールは微笑もうとして、一瞬だけ泣き出しそうな顔をした。
「……有難う。
どうしてだろう、君と話しているとテオ様達と親しくさせて頂いていたあの頃を思い出すよ。でも、思い出が愛しすぎて進めなくなる前に――僕も行かなければならない」
――オレ達は帝都の大都門から出発するカイセールを、手を振って見送った。
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丸二日かけても帝都中を探し回ったが何処にもロウはいなかった。
とうとう、今日も夕暮れが訪れた。
何処に連れて行かれたんだ?
オレ達が焦りながら一度【よろず屋アウルガ】に帰ると、【パーシーバー】がある程度原形を取り戻していた。
『「シャドウ」、ロウは、私のロウは何処!?』
半狂乱でオレ達に向かって叫ぶ。
一度切ってしまった魂の繋がりは、お互い直に接触しない限り復活しないらしい。
『……何でも良い、手掛かりは無いか?』
『手掛かり……』
そこで【パーシーバー】は気付いた。
『ロウの杖!ベルニーコキノ樹の杖よ!あの杖の香りを追いかければ――』
『一緒に来られるか、【パーシーバー】!』
『絶対に行くに決まっているじゃない!私の!私のロウの一大事なのよっ!』
オレ達は【パーシーバー】を布で包んでから大きな袋に入れて、背負ったが――あまりの軽さに、思わず歯を食いしばる。
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「ニテロド一族が処刑された?無能な連中は全員処刑されて然るべきだ」
まあ、凄い。
サティジャは内心では驚いた。
彼女の大好きな母親は、いつも欲望が強くて良い男と見れば手を出さずにはいられない。
満足できなければ平気で不義を働くし、それに対して何の躊躇いも無い。
この男がいなければ、ギルガンドだって寝取られていただろう。
明け方。
――そのヌルベカが、死んだように疲れ果て、寝床の中で半裸で眠っているのだ。
さぞや満足したに違いない。
「けれど、これから如何いたしましょう、『陛下』……」
あえて馬鹿な女の振りをしてサティジャが伺うと、【赤斧帝】は酒を飲みながら言う。
「今頃、【奈落蝗王】をヴァンは必死になって起動させているだろう。その前に動く」
「あの、【奈落蝗王】とは……?」
「【始精霊インベンダー】が帝国城に遺した決戦魔導兵器だ。代々の皇帝と皇太子のみがその在処を知っている。帝国城が敵に侵入された際に、その敵のみを完全に消失せしめる未曾有の威力らしい。幸いにして今まで起動する事は無かったが――」
この私と【精霊タイラント】を完全に滅ぼすために、ヤツは手段を選ばなかったらしい。
『ケン、ケン。ころす?』
――ぞうっとサティジャの全身を鳥肌が覆った。
【精霊タイラント】がその巨大な威容を見せたのだ。
「ああ殺そう、【タイラント】。抗う愚者を私達が殺さなければ誰が殺すのだ?」
『ころす。いっぱいころす。たくさんころす。ぼくもころす!ころすのたのしい!』
「そうだよ、【タイラント】。殺すのは実に楽しい事だ。しかし滅ぼす事はもっと楽しい。愚衆の断末魔こそ最高の音楽、まさかもう忘れたのか?」
『ちがうよ、もっとききたい!もっと!もっと!』
「ははははは!そうでなくては【タイラント】。何一つお前らしくないと言うものだ」
……嫌だわ。
サティジャは内心から溢れ出そうな嫌悪を必死に堪えている。
ギルガンド様のあの美しい瞳に比べたら、何て濁っていて汚くて悍ましいのかしら……。
「『おとうさん』!」
【赤斧帝】は抱きついてきた笑顔の幼女を受け止めると、床に降ろした。
「ベリサ。例の男は連れてきたのか?」
「うん!ここは見張られているから、見つからない場所に閉じ込めてあるよ!」
驚いたのはサティジャである。
「この館が、見張られているですって……!?」
「案ずるな。私はこれから帝国城へ行って決着を付けてくる。貴様達はその間だけの囮をやれば良いのだ」
それが終わったら、と【赤斧帝】ケンドリック・ダルダイルス・ガルヴァリーノスは舐め回すような視線でサティジャを見て、告げた。
「――貴様を、新たな皇后として後宮に迎え入れてやろう」
「何て有り難き幸せ!」
答えたのはヌルベカであった。
起き上がって艶めかしい視線を【赤斧帝】に送りつつ、乱れに乱れた髪の毛を整えながら、
「やっとこの娘の美しさに相応しい地位が手に入るのだわ!その時はどうぞ私も愛妾の一人にして下さいまし……」
「構わぬ。どうせ子を孕んでいる間の相手が必要だ」
――ここに。
思わず下腹部に手をやりながらサティジャは生々しく実感する。
ここに、この中に。
私はこんな男の子を宿さねばならないの?
今まで何を見ても何をしても恐怖も嫌悪も全く感じなかった彼女が、初めてそれに該当する感情を抱いたのは、この瞬間である。




